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EP1-1 Mr.アーノルド

「はあ。どうしてこうなっちゃったんだろう。俺は悪いことなんてなんにもしてない筈なのに。どうして世界は俺に優しくないんだろう。神様に嫌われてるのかな?」


「さあね。恨むんなら神様を恨みな。いるかどうかは知らないけどね」


「シスターがそれ言っちゃあおしまいなんじゃないかなあ」


「生憎神様とやらに助けてもらったことが一度もないもんでね。祈っても助けてくれない奴に祈っても無駄だろ? だったら、自分でなんとかするしかないじゃないか」


「それってシスターも神に祈った経験があるってこと?」


「おいおい、私はシスターだぜ? あるに決まってるじゃないか。なあ小僧?」


「悪かった悪かった。浅慮だったのは認めるから、そんな怖い顔をしないでほしいな。ほら、俺ってば無邪気な子供だからさ。大人にそんな顔されると怖くて泣いちゃうよ」


「ハッ! あんたみたいな子供が無邪気なもんかね」


壊留腐組のヤクザエルフどものせいでヤクザと憲兵の両方から目を付けられてしまい、とてもじゃないが日の当たる真っ当な道を歩けなくなってしまったがために、必然的に俺は裏社会の闇に潜り込むしかなくなった。さすがは異世界。裏社会の闇が現代日本よりずっと身近だ。嬉しくないけど助かる。


壊留腐組の経営するカジノから勝ち逃げして持ち逃げしてきた大金を抱えて別の国に逃げればいいじゃんとも考えたが、今は戦争中で国境を越えるのがとても難しい。国外逃亡などしようものならスパイ疑惑をかけられて拷問されるかもしれないが、だからといってこの国にいつまでも滞在するのもなあ。


どこへ行っても絵留腐組の連中や憲兵が目を光らせているから、オチオチ宿に泊まることもできないし買い物をすることもできないし、こんな幼稚園児ぐらいの年齢の子供が独りで酒場や大衆食堂や高級レストランに入ったところでまともに接客してもらえるとも思えん。


何故だ! 何故か人間を見下している差別主義者のエルフどもで構成され、なおかつ違法カジノから大金をせしめた俺が気に食わないであろう壊留腐組のエルフたちはともかく、何故憲兵まで俺の敵に回るんだ! それはヤクザエルフと憲兵どもが裏でズブズブの癒着関係にあるかららしい。うーん、理不尽だ! と嘆きながら、俺はシスターのお姉さんに分厚い紙幣の札束を出す。


「毎度」


ここは貧民街にあるオンボロ教会。金さえ払えばなんでもやってくれる便利屋を営んでいる、悪徳シスターの住処。シスター・ハイキングと名乗る、いかにも清楚で清廉そうな外見とは裏腹に、平然と人をぶっ殺せる物騒な美人シスターが根城にしている廃教会だ。


「当面の生活資金は分捕ってこれたけど、使える場所が少なすぎる! どこの店にも行けないんじゃあ幾ら札束があっても宝の持ち腐れじゃないか!」


「ガキの分際でギャンブルなんかに手を染めるからその罰を受けるのさ。神様は全てをお見通しなんだよ。これに懲りたら次はエルフの違法カジノなんかには手を出さないこったね」


「だってそうでもしなきゃ生きていけなかったんだもん! 不可抗力だもん! 俺は悪くないもん!」


実際薄汚い浮浪児を救ってくれる人間なんていない。この世界の孤児院だって慈善事業じゃないんだ。あそこは子供を捨てたい親が金を払って『預ける』場所。無一文の浮浪児は路上で野垂れ死ぬよりない。そんな酷い世界に転生してしまった俺が生きていくためには、手段なんて選んでられないでしょ? ああもう本当に最低最悪の世界だよ。これなら現代日本の方がよっぽどマシだったんじゃないか、なんて思ったりもしたけれど、転生チート能力と魔法めいたARTSが使える分こっちの世界のがずっとマシだったわ。


「大体その歳でどうやって違法カジノなんかに忍び込んだんだい?」


「そこは盗んだ高そうな子供服着て、いかにも夜遊びに興味津々で親に内緒でコッソリ抜け出してきた世間知らずの貴族のお坊ちゃんのフリして――ってそんなのどうでもいいだろ?」


「どうでもよかないね。あんたを庇ってやってるだけで、こちとら危険なんだ。少しぐらいはあんたについて知る権利があってもいいんじゃないかい?」


「金さえ払えばなんでもやってくれるシスター・ハイキングの名が泣くよ。そもそも情報だって対価だろう。俺のことが知りたいなら情報量請求しますよ?」


「ククク! 言うねえあんた。ま、あたしに裏切られたくなけりゃ、精々信用してもらえるように努めな。さもないと、明日にはエルフどもがやってきてズドン! なんてことになっちまうかもだぜ?」


「よく言うよ。そんなことするぐらいなら最初っからそうするだろ、あんた」


短い付き合いだがなんとなく彼女がそういう人物でないことは察している。『拝金グ』なんて名前ばかりで、彼女にとって本当は金などどうでもいいのだろう。金だけじゃない。命もだ。知り合ってまだ十日も経っていないが、彼女が重度のスリルジャンキーなのはなんとなく察せられる。そうでなければ俺みたいな厄介者の依頼を受けたりはしないだろう。まともな人間であればまず間違いなく。


何か危険が欲しい。なんでもいいからスリルが欲しい。退屈が嫌いで、肌がヒリ付くような楽しいことがしたい。そのために、便利屋稼業なんかに手を出している。俺の見立てではそんなところか。勿論それが彼女の全てだろう、なんて傲慢なことは言わないが、あながち的外れでもない気がする。


だから俺の依頼を受けた。壊留腐組がデカい面してるこの国で、『ヤクザエルフどもが血眼になって探してる人間のガキをバレないように隠す』なんてゲーム感覚で。バレたら殺されるかもしれないリスクも承知で、或いはだからこそ。下手すりゃ退屈になったらわざとバラすぐらいのことはやりかねない。暇潰しに度数の高すぎる酒をガバガバ飲みながら、ロシアンルーレットなんかやってるような危険な女だが、今のところ頼れるあてはここだけだ。ここを追い出されたら次に行くあてがなさすぎる。


「ところで、あんたにお客さんだよ」


「俺を売るの早すぎない?」


「人聞きが悪いね。あたしはまだ売ってないよ。あっちの方からあんたの存在を突き止めて、わざわざ会いに来たのさ」


「お前が『銀髪』か」


教会の奥へ続く半分壊れかけの扉からのっそりと姿を現したそいつは、いかにも高級そうなスーツを着た隻眼のミノタウロスだった。この世界は銃と魔法の世界だからね。獣人だけでなくオークにゴブリン、オーガにコボルト、エルフにドワーフ、ミノタウロスなんかも普通にいる。エルフが徒党を組んでヤクザなんかやってるぐらいなんだから、エルフ以外の魔物や亜人がそれに倣っていてもおかしくはない。けれど実際にミノタウロスが服を着て理知的に喋っているところを見ると、なんだか脳がバグるな。


「誰?」


「壊留腐組の違法カジノを荒らし、追っ手を返り討ちにし、今なお逃走を続けている連続殺人鬼」


「違うんです。俺が殺したくて殺してるんじゃないんです。あっちが襲ってくるから悪いんです」


「本当にこんなガキが話題の『銀髪』なのかと疑わしかったが、ああも鮮やかに連中を屠るとは」


「あ、昼間の逃走劇見てたんですね。鑑賞料金でも請求してやろうかこの野郎」


「俺はアーノルド。Rと呼んでくれ」


「どうもRさん、名無しです。別にふざけてるわけではなく、物心付いた時には既に親に捨てられていたせいで、名前がない可哀想な子供なんです。憐れでしょ?」


「ではナナシ。お前に商談がある」


「あらスルー。俺に商談?」


「ああそうだ。お前、俺に雇われるつもりはないか?」


壊留腐(エルフ)組とこの国の裏社会を二分する巨大ヤクザクラン、『獲堕怒羅魂(エルダードラゴン)会』。彼はその幹部だと名乗った。

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