純粋な悪意 その①
※
「いやあ、来るんじゃないかと思っていたよ」
魔導院の豪華な広間。
普段であれば会議で使われる円卓の最奥の席に、ドブラは座っていた。
オレンジの髪と白いスーツの姿は、以前遭遇したときと全く変わっていなかった。
さらにその奥、魔導院の紋章が編み込まれた巨大なタペストリーの裾の辺りには―――。
「っ!?」
キナが小さく悲鳴を上げた。
そこには夥しい量の血だまりと―――両手を重ねた形で杭を打たれ、壁に貼りつけにされたナクファの姿があった。
豪奢な衣服は引きちぎられ、全身には拷問の跡のような生々しい傷があった。
ナクファはどこを見ているか分からない虚ろな目をしたまま、微動だにしない。
その周囲には顔面や腹部に銃を撃ち込まれて絶命したらしい兵士たちの死体が散らばっていた。
「ドブラ……お前は……」
「そう怒るなよ、クルシュ。エルフは頑丈だ。このくらいの傷はすぐに治癒するさ。傷跡も残らない。商品として売るのには何の不都合もないわけだよ。次のオークションの目玉になる。何せ、人間の国の中枢に潜り込んでいたエルフだからね」
「異種族の売買によって利益を上げる国家づくり、か」
「おや、もうそんな話も知っているのかい。いやあ、さすがだね。でもぼくの気持ちも分かってくれるかい? 国の中枢にエルフがいたんだよ。人間様の国家において、それは許されないよね。一番優先すべきことはエルフの排除、二番目に理想郷作りのためのクーデター。このままいけばどちらもうまくいく。ラッキーだったよ、ぼくは」
「異種族を売買するのが理想郷だと? そんなものがうまくいくとでも思っているのか?」
「最初は苦労するだろうね。でも諦めずに頑張ればきっと何とかなるさ。もしそれでもうまくいかなければ……そのときは仕方ない。この国は暇そうな誰かにお返しするよ」
「そんな―――」
身勝手なと言いかけて、相手は当たり前の倫理観が通用しない人物だったと思い至る。
「どちらにせよ、ぼくら程度に王宮を占拠されちゃうようじゃこの国も長くなかっただろうね。腐敗した王族と腐敗した政治。まあ、果物なんかも腐りかけが一番美味しいっていう人もいるから……」
そう言ってドブラは愉快そうに、ふふ、と喉を鳴らした。
「このクーデター、首謀者はお前で間違いないらしいな」
「だとしたら?」
「この国を救ってやる義理はないが、かといって奴隷貿易なんて馬鹿げたことを始めさせる気もない」