北の工場から その⑤
それから数時間、俺とキナは魔石の点検をして回り、日がすっかり暮れて辺りが暗闇に包まれる頃――第二管理室へ戻ってきた。
「あー……疲れた……」
「お疲れさまです。早速マガイさんに今日の報告を出してきますね。あっ、その前に…………んしょ、これでいいかな。どうです? ちゃんと隠れてます?」
「ああ、バッチリだ」
「良かった。それじゃあ行ってきまーす」
キナは手ぐしで髪を整え、耳が露出していないことを俺に確認して部屋を出ていく。
「…………」
かわいい。
……じゃなくて、うーん、やっぱあれじゃそのうちバレるよな。なんでエルフが人間の街にいるんだろう。使命がどうとか言ってたけど、わざわざ危険を冒して来るってことは余程の……って。
「キナの奴、肝心の書類を一枚忘れて行ってるし」
俺は机に置いてあった書類を届けるべく、部屋を出て彼女の後を追う。
寒空の下を少し歩いて本館に入ると、ちょうど第一管理室前の廊下でキナとマガイが話していた。
「お疲れさまですマガイさん、報告に来ました」
「報告だぁ? もう皆帰っちまったぞ。明日にしてくれ」
「ですが、それだと報告の意味が……」
「いいんだよ別に。あの錬金術師が大人しくしてるかを見張っているのがお前の仕事だ。お前が生きてるってことは何も事件は起きなかった。それだけだ」
「クルシュさんはそんな人じゃありません。キチンとお仕事をこなされています」
「ほぉ、そこまで言うなら報告を聞いてやろうじゃねえか。ただし俺の家でな。はは、ちゃんと聞いてやるぜ?」
距離を詰めるマガイを避けるように、キナは一歩後ろに下がる。
「こ、困ります、そういうのは……」
「そういうのってなんだ? 変な想像をしてるのはキナちゃんの方じゃないのか?」
「……やめてください」
会話の内容が不穏だったので、俺は思わず廊下の陰に隠れていた。
うわぁ……この世の闇だ。
なんていうか、自分がバカにされるより人が虐げられてるのを見る方がムカつくなぁ。
いやまあ、キナが我慢してるんだから割って入ったりはしないけどさ。
「失礼しました。次回以降はマガイさんの都合の合う時間帯に報告に参りますので」
「ふん、行く当てがないお前を雇ってやってるんだから少しぐらい誠意を見せてもいいと思うんだがな。まあいい、誘いに乗らないなら話は明日だ」
マガイは不機嫌さを隠そうとはせず、荒い足音を立てて去って行った。