失われる光 その④
「あなたの錬金術師としての手腕を、私はとても高く評価しているの。今の特級錬金術師よりあなたの方が数段優れているわ。そんな人物を大罪人扱いしているのは国にとっての損失よ。だからあなたの身分を魔導院で預かろうと思っているの。そうすればあなたも無意味な逃亡生活を続ける必要はなくなる。もちろん錬金術の研究も支援してあげるわ。どう? 良い提案だと思うのだけれど」
言われるまでもなく良い提案だ。
魔導院の保護のもとで錬金術の研究を続ける。
特級錬金術師だった頃のように中間管理職みたいな仕事はなく、ただ純粋に錬金術の研究が出来る。もちろん国から追われる心配もない。
「…………」
「クルシュさん……」
俺が黙っていると、キナが不安そうな瞳をこちらに向けた。
そちらの方は見ずに、俺はナクファに向かって口を開いた。
「悪くない提案だけど――断らせてもらう」
「……あら、意外ね。どうして?」
「すまないな、先約があるんだ。こいつらを異種族の楽園へ連れていくっていう約束が。それが終わってからで良ければあんたの提案を受けられるが、どうだ?」
「それはつまり、魔導院の保護を受けない選択をするということね? あなたは変わらず追われる身になるのだけれど、それで良いのかしら?」
「どちらにせよ、目先の利益だけを追求し続けるこの王国の体質にはうんざりしていたところだったのさ」
「あらそう。残念だわ」
ナクファは特に感情的な様子もなく、そう呟いた―――瞬間。
「伏せろ、クルシュ!」
フィラに背後から体当たりされ、俺は地面に身体をぶつけた。
てめえ何しやがる、と言いかけたとき、俺の頭上を火球が通りすぎていくのが見えた。
火球はそのまま路地裏の壁にぶつかり散っていった。
「な――」
「魔導院の保護下に入らないのであれば、あなたは国を裏切った大罪人。ここで処分するという選択肢もあるのよ」
ナクファは牽制するように片手をこちらへ向けたまま言う。
いきなり攻撃されるとは思わなかった――いや、違う。それだけじゃない。何か大きな違和感が―――。
「ま、待ってください! クルシュさんは国を裏切ったわけじゃありません!」
キナが両手を広げ、俺とナクファの間に立つ。
「裏切りが真実かそうでないかは些細な問題よ。重要なのは、クルシュ君ほどの才能が野放しにされていること。並大抵の戦力じゃ排除しきれないでしょうから、私が直接手を下してあげるわ。退きなさい。巻き添えになるわよ」
「何と言われても、クルシュさんはクルシュさんです! 殺させません!」
「警告はしたわ」
ナクファが再び火球を放つ。
それは夜の闇を切り裂くように火の粉を振りまきながら、キナの頭部を掠め飛んで行った。
その余波でキナが被っていた帽子が宙を舞い、彼女の長い耳が露わになる。
エルフの象徴でもある耳が。
そしてその瞬間、動揺したように目を見開くナクファの表情が、キナの背中越しに見えた。