幻覚が囁くのよ その①
※※※
「クルシュさん、どうするつもりなんですか?」
「え?」
随分南まで来た。
空は明るく、道沿いに植えられた木々も青々としていた。
道路も随分舗装されていて、そこを走るバイクや車の数も増えている。
「いや、ですから、いつまでこうするつもりなんですか」
「どうするって……このまま歩いて首都を迂回するに決まってるだろ」
俺とキナはバイクを押しながら、並んで歩道を歩いていた。
フィラは俺のバイクの後部座席に座って、ぼんやりした様子で空を眺めている。
日差しが暖かい。
このままどこまでも歩いて行けそうだ――――。
と、そのとき。
視界が急にふらつき、俺は足を止めた。
……ふう、危ない危ない。落ち着いてきた。
「クルシュさん」
「なんだ、キナ」
「やっぱり疲れてるんじゃないですか?」
「いや全然? 余裕だし。王都に寄りたくないから意地張って歩いてるわけじゃないし」
キナのインテレストも俺のバイクも、ターキの街からぶっ飛ばしてきたせいで部品がぶっ壊れてしまった。
今は押せば前に進むだけの鉄の塊に成り下がってしまっている。
「……王都で整備してもらえれば、また走れますよ。ね、インテレスト」
そう言ってキナはインテレストのヘッドライト部を撫でる。もちろん返事は返って来ない。
「でもな、キナ。俺は王都を追放された挙句、北の工場から脱走して来た身なんだぜ。もし王都に入った瞬間捕まっちゃったりしたらどうするんだ」
「でも、このまま歩いて異種族の楽園へ向かうのは大変すぎませんか?」
「王都以外の街に辿り着くまでの我慢だ。……我慢だって言ってるだろ!」
隣に向かって怒鳴ったが、そこには誰も居なかった。
俺は戦慄した。
「……まさか幻覚が見えたんですか、クルシュさん」
「い、いやいやまさか。俺は至って健康だよ。その気になれば全力でダッシュしながら二郎系ラーメンを一気食いできるから」
「カロリーを消費しつつカロリーを摂取する。永久機関の完成ですね。人類の未来は二郎系ラーメンが切り開いてくれるってことですよね!」
キナの方を見ると、その目は焦点が合っていなかった。
ヤバい。
俺も含め全員が限界だ。
バイクを押しながらの旅がここまで過酷だったとは……。
俺は立ち止まり、額の汗を拭いながら後部座席に顔を向けた。
「……フィラ、さっきからずっと黙ってるけど大丈夫か?」
「あ……? ああ、あたりまえだ。妾をだれだと思っている。気高き妖狐族の末裔……だぞ……」
言いながら、フィラは気だるそうに背もたれへ体を預けた。
嫌な予感がしてその額に触れると、尋常じゃないほど発熱していた。
「まさかエキノコックス症!?」
「バカ、妖狐族が寄生虫に感染しているわけがないだろう!」
口の端から涎を垂らしながら、息も絶え絶えな様子でフィラが怒鳴る。
「命を賭してのツッコミとは、やるな……」
「クルシュさん、余計なボケを挟んでる場合じゃないですよ!」
フィラの様子を見たキナが、俺の襟首を引っ張る。
脳が揺さぶられ、ようやく冷静さが戻って来る。
お帰り、クールな俺。