希望の船 その⑤
ドブラは一瞬で俺との距離を詰めてきた。
そして、俺は顔面に凄まじい衝撃を受けた。
殴られた―――甲板の上に叩きつけられ、転がりながら、俺はそれを自覚した。
親父にもぶたれたことないのに……。
脳が揺れている。上下の感覚が不明瞭だ。
俺はふらつきながら起き上がり、魔石を胸の孔にはめ込んだ。
「少しはこの間ぼくが受けた痛みを分かってもらえたかな?」
「仕返しってわけか。意外と根に持つタイプなんだな」
「君に対してだけだよ、クルシュ」
「悪いけど男のヤンデレはNG」
少し遅れて、全身に軽い痛みが走った。
魔石接続完了。
「人体と魔石の融合は禁忌―――元特級錬金術師の君ならもちろん知っているだろう?」
「……………」
「最初に魔石を発見した人間は偉かったね。多くの錬金術師たちが魔石の莫大なエネルギーを人体に取り込み、意のままに操ることを夢見るだろうってことを理解していたんだ。そして、それが成功するまでの過程で数多の犠牲がでるということもね。だからこそ、人体と魔石の融合を禁忌としたんだ。しかし君は―――成功させてしまった。これが何を意味するか分かるかい?」
「さあね。難しい話と自動車の運転は苦手なんだ」
「君は想定外の存在だったということだよ。魔石という究極の動力源を生み出した錬金術師さえも予測できなかった――ね」
「……仮にお前の言う通りだったとして、俺の脳をどうするつもりなんだ」
「ああ、簡単さ。世の中には色々な趣味を持っている人がいるからね。天才の脳というだけで高値がつく」
うえー。
俺は培養液に浸された自分の脳がショーケースに飾られている様子を想像してみた。
うーん、キモい。
「できれば遠慮したいけど」
「いやいや、もちろんそれだけじゃないよ。一部はぼくが貰おうと思ってる」
「そ、それはもっと嫌だ!」
「生体技術はぼくが最も得意とする分野でね。この薬品――身体強化薬もぼくの発明さ。畜生どもの遺伝子から人間の身体強化に役立つ部分を抽出し、直接体内に打ち込むことで爆発的に能力を向上させることができる」
「……ちなみに俺の脳はどういう風に使うんだ?」
「そうだなあ。解剖して解析して最適解を導こうと思っているよ。何せ歴代最高峰の錬金術師だ。きっと研究の甲斐があるだろうな。今から楽しみだよ」
訊かなきゃよかった。