希望の船 その④
「……しかしクルシュ君、君は人間だろう。どうして我々の味方を?」
「え?」
頭に手をやると、いつの間にか耳は無くなっていた。
隣でフィラがまるで無関係みたいな顔をしているけれど、きっと妖力不足で俺のケモミミを維持できなくなったのだろう。
「航海士をしていた頃、私に回って来るのはいつも誰もやりたがらないような仕事――例えば遭難しやすい地域への積み荷の運搬などばかりだった。一緒に組む船長や船員も獣人ばかりだ。挙句の果てに、少しでも働きが落ちたものは会社から【上流階級ギルド】に売られ、奴隷として酷い労働施設へ送られてしまうのだよ。人間と異種族は相容れないものだと思っていたが、君は信頼できそうだね」
「……まあ、俺も似たような経験をしましたからね。獣人の味方というよりは、権力とか富とか、ああいうものの敵なんですよ」
甲板へ上がる。
穏やかな海と晴れた空。
船のある手すりに凭れるようにして―――その男は、いた。
「やあクルシュ、久しぶりだね。そろそろ会えるんじゃないかと思ってた」
オレンジ色の髪に白いスーツ。
以前シャポルの街で会ったあの男。
「ドブラ……だったっけ?」
「覚えていてくれて嬉しいよ。いや、話題に事欠かない男だねえ君は。ウチから妖狐族の娘を奪ったあとは、ウチの大事な輸送船がターゲットというわけだ」
「俺たちが乗ろうとした船がたまたまあんたたちの船だった。それだけだ」
「だとしたらますますイイね。こうしてぼくが君と再会できたのは運命というわけだろう?」
「嬉しくない運命だな」
「……クルシュ君、あの男は?」
イオンさんが俺を見る。
「【上流階級ギルド】の人間です。……キナ、フィラ、ここは俺に任せて先に行け」
「大丈夫なんですか、クルシュさん?」
「一度は倒した相手だからな」
とはいえ、以前の戦闘からそう時間が経ったわけじゃないにもかかわらず、ドブラの顔には傷ひとつついていない。
それだけが妙だ。
「ではすまん、クルシュくん。我々は船の進路が見える場所へ移動する!」
「頼みます! ……さてドブラ、どうする?」
「ぼくがあの畜生どもを追っても君に止められるだろう? 無駄な労力は使わない主義なんだ、ぼくは」
「じゃあこのまま二人でお喋りを続けるか?」
「それも良いアイデアだと思うけど、今日のぼくには別の目的があるんだよ」
「別の目的?」
「エルフ族や妖狐族は、希少と言っても数年に一度は入手するチャンスがある。ぼくが欲しいのはそんなものじゃない。もっと貴重なものだよ」
「貴重なものだって? エルフや妖狐族よりも珍しい種族がいるってことか?」
ドブラは嬉しそうに首を振った。
「残念、違うよ。どうしても分からないようなら教えてあげよう。ぼくが欲しいもの、それはね」
どこから取り出したのか、ドブラは注射器を持っていた。
それを躊躇なく自分の首筋に打ち込む。
透明な液体が彼の体内に注入されていくのが見えた。
「それは――――特級錬金術師である君の『脳』だよ」
「―――――ッ!?」