希望の船 その①
「え……じゃあ異種族の楽園というのは」
「そう言っておけば異種族が集まって来ると思ったんだろう。少なくともこの船の行き先はそんなところじゃない。奴隷市場か、もしくは強制労働所か……」
「だったら早く逃げ出さなきゃ」
「分かってるさ。まずはこの鍵をどうにかしなきゃな」
何度もドアノブを回してみるが、微塵も動く気配はない。
仕方ない、ここは魔石を使って――。
「おいクルシュ、煙が出てきたが……?」
フィラに言われ部屋の方を振り返ると、壁に開けられた通気口から白い煙が噴き出していた。
どこかで火災が……いやそんなはずはない。
「恐らく有毒ガスだ。二人とも吸っちゃだめだぞ!」
「で、でも、もうすぐそこまで来てますよ!」
ガスの勢いは強く、みるみるうちに室内へ充満しようとしていた。
「……キナ! 照明の魔石を外して俺にくれ!」
「わ、分かりました!」
キナはガスの届かない地点で深呼吸をすると息を止め、船室のテーブルを足場にして天井の照明から魔石を取り外し、俺に放り投げた。
よし、これが一個あれば!
「……全設定を初期化。動力パターンはそのままにシナプス配線の対象を変更。システムの制御権限を大脳新皮質のコントロール下へ委譲。神経野に魔石を直結。伝達信号とアリアドネ・ネットを運動ルーチンに接続、全システムに対しA10神経を介した有線接続状態に移行」
魔石が発光し、そのサイズを変える。
光を放ち続けるそれを、俺は自分の胸の孔に押し込んだ。
全身に痛みが走り、魔石と神経が接続された感覚があった。
「離れてろ二人とも!」
勢いをつけてドアを蹴り破る。
部屋の外には、ガスマスクを装着した黒服たちがいた。
恐らくはガスを吸い込んで意識を失った俺たちを回収するためのスタッフだろう。
黒服たちの間に動揺が走る。
「俺はもう、騙されるのには飽きてるんだよ!」
銃を取り出そうとする黒服たちに、俺の愛と怒りと悲しみの拳が炸裂する。
周囲の敵を一掃した後で、俺は胸から魔石を取り外した。
あまり使いすぎると魔石の劣化が急激に進み、破損してしまうからだ。
「キナ、フィラ、この黒服たちは船室の鍵を持っているはずだ。他の乗客たちを出してやってくれ」
「分かりました、クルシュさん!」
キナとフィラはそれぞれ近くに倒れていた黒服たちの上着から鍵を取り出し、船室のドアに駆け寄った。
ドアが開くと、もうもうと立ち上る煙と共に乗客たちが飛び出してきた。




