ターキの街に その⑦
「ジャイロ枕だ!」
「ジャ――ジャイロ枕!?」
「投擲される枕は通常であれば縦回転のために空気抵抗で速度を落としてしまうが、妾の投げる枕は横回転。空気抵抗をほとんど受けないため初速と終速の差がなく、手元で伸びたように見えるのだ」
「それ本当? 嘘ついてない?」
「己の目で確かめるのだな!」
二発目の枕が飛んでくる―――が。
「ふんっ!」
「何!? 受け止めた……だと!?」
「来ると分かっていれば覚悟はできるさ。次はこっちの番だ! 成人男子の本気を見せてやるぜえええええ!!!」
「だ、だめですよクルシュさん! 相手はこどもなんだから手加減してあげなきゃ!」
隣でキナが言うが、俺は止まる気はなかった。
「枕投げに子供も大人も関係あるか! 獅子が兎を捕らえるのにも全力を尽くすように、ロリを仕留めるのにも俺は全力だ!」
「それはちょっとどうかと思いますが!」
「う、うるさいな、とにかくフィラ、喰らええええええ!!!」
俺は枕を拾い上げ、右腕を振りかざした。
―――が、突然そんなモーションをしたせいで右肩に激痛が走った。
まさか……これは……四十肩的なアレか……!?
俺の身体はそんなにも老化していたのか……!?
研究室で過ごした不健康な日々を思い出す。
まあ……仕方ないかも。
しかし激痛に反して俺の身体は既に枕を投擲する体勢に入っていた。
そのタイミングで中途半端に上半身のバランスが崩れたせいで俺の足は縺れ、そのまま畳の上で足を滑らせた。
マズい、枕を投げようとして転ぶなんてダサすぎる……っ!
「クルシュさん!」
キナがこちらに手を伸ばしたのが見えた。
俺は咄嗟の判断でその手を取った。
が、俺の体重を支え切れなかったのか、キナの身体が揺らいだ。
「ちょ、ちょっと待てキナ、それは―――」
キナがこちらに傾いてくる。
俺たちは慣性に従うままに、縺れ合うようにして畳の上に倒れこんだ。
「あ……」
キナの灰色の瞳がすぐ目の前にあった。
垂れた銀髪が俺の頬を撫でている。
身体が密着している――――俺での腕にキナの腕が、俺の胸にキナの胸が、俺の足にキナの太ももが触れているのを感じる。
肌を通してキナの体温を感じる。
キナの吐息が耳にかかるのを感じる。
キナの心臓が高鳴っているのを感じる。
俺たちはお互いに動くこともできず、ただ二人で見つめ合っていた。
「ふわあ……」
沈黙を破ったのは、フィラの緊張感のないあくびだった。
「なんか疲れたな。妾、寝る」
「あ―――ああ、そうだな! 寝るか! 明日のこともあるしな!」
「そ―――そうですね! 寝ましょう!」
と言って、俺たちは二人同時に布団の方を見て―――それが二組しか用意されていないのを思い出し、顔を見合わせた。
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