ターキの街に その⑥
「クルシュさんの方のお風呂はどうでした?」
キナが俺の顔を覗き込む。
「ああ、俺一人だったよ。おかげでゆっくりできた」
「それは何よりです。クルシュさん、採掘場を出たときからずっと戦ってばかりでしたから」
言われてみれば確かに。
王都でのインドア生活からは想像できない。
「まさか殴りダコが出来るなんてな……」
「あ、それはちょっとヤバいですね」
「俺の人生、どうなっちゃうんだろう」
「大丈夫ですよ、きっと幸せです」
「何を根拠に」
「そんな気がするんです。エルフの勘は当たりますよ?」
微笑むキナ。
温泉で温まったからか、血色のよい唇が目についた。
「……当たってくれるといいんだけどな」
そんな風に他愛もないことを話しながら歩いていると、部屋まで戻って来た。
そこで俺たちが目にしたもの、それは―――。
「ベッドのクッションが床に敷いてありますね……?」
キナが不思議そうな声を上げる。
「これは布団というのだ。妖狐族の里では当たり前だ」
「いやそれより、2つしか用意されてないみたいなんだが」
部屋ではちゃぶ台が片付けられていて、畳の上に布団が二組用意してあった。
対して俺達は3人。
つまり誰かひとり余ってしまうということだ。
「もしかすると、親子連れと勘違いされてしまったのかもしれんな」
「親子連れ?」俺はキナとフィラを見た。「ああなるほど、つまりキナが母親、フィラが娘、そして俺は―――」
「間男と言ったところか」
「なんでだよそこは普通に父親でいいだろ……ややこしい関係にするなよ……」
「えっ、クルシュさんがお父さんということは私とクルシュさんは……ま、待ってください、心の準備がっ」
隣でキナが顔を赤くしながら慌てたように両手をバタバタさせる。
「いや、例えばの話だからね? 例えば」
「えっと、あの、初めてなので、どうか優しくしてくださいっ!」
「つまり妾は処女懐胎ということか」
「だから例えばの話だって言ってるだろ!」
「しかし二組の布団に三人というのは狭いな。仕方ない、妾がフロントに言って新聞紙か何かを用意してもらおう」
「そこは普通に布団を用意してもらってくれ!!」
「べ、別に私は、クルシュさんと一緒のお布団でもいいんですからねっ!」
「頼むからキナも落ち着いてくれ! 間違ったツンデレみたいになってるしいい加減俺もツッコミ切れないっ!」
「しかし何かやり残したことがある気がする……」
「どうした? 不安があるのか、キナ?」
「そうだ、枕投げしよう」
「いやいや必要ないだろ! 俺も良い大人だからな? 枕投げではしゃぐ成人男性なんて二次元でも厳しい存在だろ」
「チッ、つまらん男だな」
「何をう! そこまで言うなら受けて立つ! 特級錬金術師の力を見せつけてやろうじゃないか!」
「よろしい、ならば戦争だな!」
いうが早いかフィラは布団の方に駆け寄ると枕を拾い上げ、無駄のないモーションでこちらに放った。
が、所詮はガキの投げた枕だ。
初速こそあれど空気抵抗によって減速し放物線を描いた枕は俺の手元に来るまでには大した威力も無くなって―――――。
「ぐはあっ!?」
気づけば枕は俺の顔面に直撃していた。
な、なぜだ!?
手元で速度を増した―――だと!?