北の工場から その①
「うぅ……寒っ……!」
容赦なく吹きつける風を拒むため、着ていたコートの襟を立てその中に首を沈める。
目の前に広がっているのは一面の雪原。
ここは、そんな白い大地にポツンと存在している小さな街――更にその街に建造されている魔石採掘場の第二管理室だ。
俺は急いで室内に入りドアを閉め、凍てつくような外気をカットする。
ただ。
「……あんまり変わらないな。まあここ暖房とかないし当たり前か」
王宮での一件から数日。追放された俺は王都から列車に揺られて丸二日かけ、この北の大地に連れてこられた。
体裁上、魔石を生成するための貴金属採掘場の管理者を任されたということになっているが……。
「前の管理者が異動するわけでもないし、これじゃ軟禁と変わらないよ……」
俺に与えられた「管理者」という肩書きは名ばかりであり、実際は既にここで働いている職員から申し訳程度の雑用を任されるだけだ。
王都にいることは許さない。しかし機密の漏洩は怖い。そんな風に考えた権力者たちが「最低限、国の監視が届く場所に置いておくことにした」――そんなところだろう。
当然、ここに私物を持ち込めるはずもなく、持っていた魔石は連行の際に全て没収され、衣服は国から支給された薄いコートだけだ。
「魔石があれば色々とできることは増えるけど……ここで加工してるわけじゃないしな。街で買うしかな――」
と、そこで。
「ようクルシュ、次の仕事を頼むぜ。詳細はこの資料に書いてあるからよ」
ドアを乱暴に開けて室内に入って来たのは、この採掘場の管理者であるマガイだった。
一応、役職だけ見れば立場は同じだが、実際には以前からここにいる彼が全権を握っている。
それを顕著に表しているのはマガイのこの横柄な態度と、滞在している管理室の待遇差だ。
俺は外と気温が変わらないような「第二管理室」に一人だけで、マガイは他の職員と共に「第一管理室」で仕事をしている。
あっちには室温を保つ空調機器が設置されているらしい。
まあ、それを動かしている魔石は俺が作ったんだけど。
「マガイ、いい加減部屋を変えてくれないか。ここはどう見たって「管理室」と呼べるような空間じゃない。ただの空き部屋を幽閉用に使っているだけだろう?」
「なんだ、ちゃんと理由は分かってんじゃねえか。俺は上から『大罪人の更生を見守るように』って命令を受けてるんでね」
「大罪人って……」
「何をやったか知らねえけどよ、そういう触れ込みの奴が一緒の部屋にいると集中できないんだ。つーわけだから頼むぜ。この資料通りに作業して来週までには終わらせてくれ」
「ちょ、頼むから話を聞い――ああもう、まったく。はぁ……」
俺の言葉に耳を貸すことなく、マガイはそそくさと部屋を出ていく。
自分のつくため息が白いことにももう慣れた。
仕方なく、マガイが残していった資料に目を通そうとしていると――
コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「どうしたマガイ、まだなにか用が――――って、君は……?」
「あっ、すいません……お仕事中でしたか?」
開いたドアから申し訳なさそうに首だけを覗かせたのは、銀髪の美少女だった。
ここに連れてこられてからというもの、俺は横暴な人間たちしか見ていなかった。丁寧に「ノック」をされた時点でマガイではない誰かだと気付くべきだったな。