過労の錬金術師 その③
「そ、そんな馬鹿な! 俺は何度も試算したんだ! 魔石の性能は魔力で精製したときの結合率で変わる。あの製法ではどうやっても結合率が一定以上に上がらないから、同時に魔石の性能も――」
「黙れ、裏切り者め!」
国王の怒声と同時に、俺は顔面に強い衝撃を受けて床に転がった。
王の側近の兵が槍の柄で俺を殴ったからだ。
「し……しかし!」
顔面の痛みをこらえながら俺は顔を上げた。
口の中は血の味がした。
「クルシュ、お前の素性は既にゴートから聞いておる。お前はわざと魔石の生産を遅らせ、我が国の利益を損なっていたそうではないか。その他にも研究費の横領や部下であるゴートへの暴行、魔石製法の他国への漏洩、ありとあらゆる罪を犯している。本来であれば死刑も免れん」
な、なんだそれは!?
研究費の横領なんて俺はやってないし、研究室にさえ姿を見せないゴートにどうやって暴力を振るうっていうんだ!?
「だが、ゴートから助命の嘆願を受けておる。よってお前には北方地域への異動を命ずる。当然、特級錬金術師の資格は返して貰おう。お前の財産もすべて王国へ返還してもらう」
ウォレト王国の北方は荒れ地が広がる未開発の土地だ。
当然、魔石の普及率も低い。
俺はそんなところで何をすればいいんだ?
現実を受け入れられない頭で必死に思考する。
ついさっきまで俺は王国に一人しかいない特級錬金術師だった――はずだ。
その俺が錬金術師の資格を奪われ、ゴートが特級錬金術師に昇格する?
じゃあ今日の工場のノルマはどうなる? 遅れている原材料の運搬は? 誰が指示を出すんだ? 現場は混乱し、魔石の生産はさらに遅れる。仮に生産が回復するとすれば、10分の1のコストで済む新製法が導入されたとき――しかし、それは同時に魔石の性能が大幅に劣化することを意味する。
最初のうちは今まで通りに魔石は売れるだろう。でもいずれは劣化していることが明るみに出て、そのうち買い手はつかなくなる。そうなると、魔石が生み出す利益で維持されているこの王国は滅びてしまうだろう。
「国王陛下、もう一度お考え直しください。魔石の質の低下は、この国に大きな不利益を――っ」
近衛兵の槍が再び俺を襲った。
その衝撃で俺はそのまま床に叩きつけられた。
目に映るものすべてがぐるぐると回っていた。
何もかもが現実でないように思えた。
「もうよい。近衛兵よ、その役立たずを連れて行け」
兵士が二人、俺を両脇から抱え王の間から引きずり出そうとする。
俺にはもう抵抗する気力も無かった。
ただ、すれ違いざま、ゴートが俺に何かを呟いたのが聞こえた。
「……大事な製法なら、鍵も掛けない部屋に置き去りにしないことですよ、元特級錬金術師さん」
「!」
振り返ると、ゴートは薄い笑みを浮かべたまま、冷たい目で俺を見下していた。
やはりそうか。
ゴートは俺の研究室からあの製法を盗み出したのだ。
全身から力が抜けた。
俺が今までやってきたことは一体何だったんだ?
特級錬金術師として魔石の増産や作業工程の効率化に励んできた。それなのにあらぬ罪を着せられ、未完成の研究さえ他人の出世に利用されてしまった。
どうすれば良い?
俺の正当性を証明する――これは不可能に近い。国王を始め、ここにいる全員が敵だ。
ここでひと暴れする――魔石が2、3個あればこの王宮を火の海にすることだってできるだろう。だけど、そんなことをしても無意味に国を混乱させてしまうだけだ。
今出来るすべての方法を考えたあとで、今俺に出来ることは何もないということに気が付いた。
俺は何もしないことに決めた。
背後で王の間の扉が大きな音を立てて閉まった。
顔の痛みだけが鈍く、いつまでも残っていた。
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