過労の錬金術師 その①
ニュルタム王国、王都ウォレト。
街の中心にそびえ立つ王宮の一室に、俺――クルシュ・ピアストルは居た。
「もう、朝か……」
窓の向こうに見える地平線からは太陽が昇り始めていた。
この一週間はほとんど眠っていない。
魔石の研究とクレーム対応で忙しかったからだ。
そう、魔石――あらゆる物のエネルギー源として使われる手のひらサイズの球体で、その研究、生産を統括しているのが特級錬金術師である俺だった。
魔石の組成や素材をメモした書類の山を押しのけながら、俺は席を立った。
全身がだるく、重たい。
ニュルタム王国は魔石を輸出することで莫大な富を築いている。
富は王族やその周囲の貴族たちのものとなり、俺を含めた平民には微塵も回ってこない。
しかし、王族や貴族はさらなる富を求めて俺たちに実現不可能な生産ノルマを課してくる。
そのせいで、俺がどんなに魔石の生産工程や販売ルートを効率化させても全く間に合っていない。
というか、効率化したという手柄は国王の側近たちのものとなり、生産が遅れている責任だけが俺に押し付けられている。
理不尽な話だ、と、俺は背伸びをしながら考える。
この状況を改善するためには魔石の製法そのものを簡略化させて、さらに大量生産するしかないんだけど……。
「粗悪品になっちゃうんだよな……」
机の上にある書類の山から、一枚の紙を引っ張り出す。
俺が国に一人しかいない特級錬金術師になってからずっと研究を続けて来た、魔石の新製法をメモした紙だ。
この通りに魔石を精製すれば、現在の10分の1のコストしかかからない。つまり、10倍速く魔石を生産できるということだ。
だけどその代わり、魔石の強度も10分の1程度になってしまう。
なんとか質を落とさずにすむ方法がないか研究を続けているのだけれど、まだまだ答えは見つかりそうになかった。
と、その時、机上の電話が鳴った。
受話器を取ると、魔石工場の責任者の疲れ果てた声が聞こえた。
『クルシュさん、原材料の到着はまだですか? このままではノルマが達成できず、またペナルティで給与が減らされます。先日も過労で従業員が倒れたばかりなんですよ』
この手の文句は今まで幾度となく聞いてきた。
俺の口からは言い慣れた言葉が流れ出す。
「分かってます。手配はしていますから。今日の午前中には届くはずです。こちらからも連絡して催促しておきます」
『はぁ……お願いします』
電話が切れ、俺はすぐに原材料の発注担当を呼び出した。
「……ああ、クルシュだけど。昨日頼んでおいた原材料の運搬はどうなってるかな? ……え、機械が故障して動かないから2日はかかる? ……了解。出来るだけ早く復旧して。貴族の連中には俺の方から説明しておくから。じゃあ、頼むよ」
受話器を置き、再び固い椅子に座り直す。
機械の故障による運び出しの遅れ。
魔石の原材料は地下深くの鉱脈から採れる貴金属だ。それを特殊な機械と魔力を利用して精製し、完成させる。
貴金属の採取には人手と大型の掘削機械が、精製の工程にも精密機械と、練度の高い職人が必要だ。
本来であれば時間をかけて精製しなければならない魔石を、急造の機械と人海戦術をフル活用して無理やり大量生産しているのが現状だ。
だから、当たり前のようにどこかでガタが来る。一方的にノルマを課す貴族たちはそれを分かっていないようだ。
ちなみに一日のノルマは魔石100万個。
ニュルタム王国に10箇所ある工場で一日に生産できる魔石が、一か所につき最大1万個だ。
100万個なんて、どう考えても生産できるわけがない。
貴族たちは簡単な掛け算もできないのだろうか。
もちろん俺は、一日100万個という数字がいかに非現実的な数字かということを何度も説明してきた。
しかしそんな俺の説明は自分たちの利益のことしか考えない貴族たちには理解されず、それどころか俺が楽をするためにそんなことを言っているのだと思っている。
俺はかすむ目を擦り、天井を見上げた。
王宮のどこかから貴族たちが騒ぐ声が聞こえて来た。
ちょうど、夜通し行われていたパーティが終わる時間帯だ。
一晩中かかって来る工場からのクレームの電話に俺が追われている間も、パーティの騒々しさは続いていた。
朝早く王宮の廊下を歩くと、二日酔いになった貴族の吐瀉物がまき散らされていることも珍しくない。
何のために俺はこんな仕事をやっているのだろう。
国に一人しかいない特級錬金術師の資格を取得したときは、もっと平民たちのためになることが出来ると思っていた。
しかし王宮に入って俺に与えられた仕事はひたすら魔石の工場に生産を急がせる連絡をし続けること。
貴族たちからは毎日のように生産が遅れていると苦情が入って来るし、工場からはノルマが厳しすぎるというクレームが入って来る。
それぞれに応対する合間を縫って魔石の研究も進めて来たけれど、はっきり言ってもう限界かもしれない。
睡眠不足でぼんやりしていると、部屋のドアをノックする音がして、俺は我に返った。
立ち上がり、よろめきながらドアまで辿り着くと、ドアは向こう側から開けられ、王の近衛兵が姿を見せた。
「……何か用ですか」
「国王陛下がお呼びだ。ついてこい、錬金術師」
あの怠け者の王がこんな朝早くから起きているなんて、一体どういうことだろう。
珍しいこともあるものだと思いつつ、同時に嫌な予感もしていた。
だけど国王からの呼び出しを無視するわけにもいかない。それに、この部屋に残っても工場からのクレームが掛かって来るだけだ。
「分かりました、行きますよ」
答えた瞬間、俺の鳩尾に激痛が走った。
近衛兵が持っていた剣の柄で俺の腹を突いたからだ。
身体を九の字に折って倒れこむ俺に、近衛兵は高圧的な声音で言う。
「国王陛下直々のお呼び出しだというのに、その返事は何だ。研究室に籠り切りで王国の役にも立たない貴様のような無能に、陛下はお会いくださるというのだ。その慈悲にもっと感謝するんだな」
「……!」
その国王が偉そうにしていられるのも、俺が魔石の増産に取り組んで来たから……そのはずなのに。
一瞬沸いた怒りを理性で抑制する。
「さっさと立て、無能。国王陛下がお待ちなのだ」
「分かってますよ」
俺は込み上げる胃液をなんとか堪え立ち上がり、歩き出した。
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