第八話:文化祭・後編
11時45分、「着替えがあるから」と更衣室へ行く高藤と別れて家庭科室に戻るとそこには行列が出来ていた。
「……は?」
まだ店を開けてもないのに、なんだこれ? 不意に中庭を見下ろす。ガラッガラだった。大半のクラスが既に店を閉めている。
もしかしてここと体育館に人がほとんど集まってるのか?
調理なんて引き受けるんじゃなかったと僕はいまさらながら後悔した。
「みっしー……ぃ?!」
女子更衣室から出てきた高藤が僕を見つけて、行列に驚く。そして僕もメイド服姿の高藤に驚いた。普段の3割り増しで……かわいい。
……男なんて所詮そんなもんである。
「……これ どういうこと?」
「さぁ……」
とりあえず、準備室に入るのさえ手間取りそうだ。
関係者であることを主張しても人垣を通り抜けるのにたっぷり5分はかかった。メイド服の高藤が人目を惹きすぎた。
僕はさりげなく「フリーにしたらこいつら暴徒と化すんじゃねーか?」と思うような人目から高藤の壁になるように動いて、視線による批難を浴びまくったのだった。人に押されてなんかいろいろ触った気がするが気にしないことにする。気にしたら互いの羞恥心が暴発しそうだ。
「ふぅ……」
僕らはようやく家庭科室に入った。
……高藤は気付かなかったけど家庭科室の前に拡大された高藤のメイド服姿の全身写真が立て掛けてあったよな? 多分。それでかあれだけ人目を惹いたのは。
……僕には関係ないと思考を切り換える。僕は家庭科室の奥の準備室に向かった。残り10分のあいだに出来るだけ仕込みの終わった材料を増やして置こうと思ったのだ。
「遅いよ、三島っち!」
どうやら僕の心配は杞憂らしくいまある材料は既に垣内さんと北川が下拵えを終えていた。……意外と真面目に働くよなぁ、北川。
「びっくりしたよ まだ開いてもないのにあれだけお客さん押し寄せるんだもん……」
「いま体育館でライブやってるけどそれが終わったら多分もっと増えるよ」
12時になって、開店した。
店内に見知った声で「いらっしゃいませ! ご主人様」が飛び交う。思わず北川と顔を見合わせてニヤついてしまった。垣内さんから視線で刺された。
言うまでもないけど直ぐに満席になる。僕の提案で店に入って20分たった客には出ていって貰うことにした。食べかけでも容赦なく追い出す。こういうときの高藤は偉大である。口調は柔くてもどこか威圧感がある。そのせいか粘る客は居なかった。……リピーターはめちゃくちゃ居たけど。
「高藤、これ3番にお願い」
隣の高藤に盛り付けたカレーの皿を滑らせる。高藤は何回かに一度皿を持とうとして僕の指まで掴んでちょっと固まってたりするけどまあ一先ず順調である。
ちなみにメニューはオムライスだとか定番のそんなに難しくない物ばかりだ。カレーは前日から大量に作り置きしたものを温めている。このほうがレトルトより安くつくからな。
一応手を抜いたつもりはないけど、味の保証はしかねる。作り置きしたカレーはともかくその他は出るスピードが速過ぎるのだ。四人で回すのはかなりツラい。
ってかメイド喫茶なんて来るのは男ばっかりかと思ったら女性がかなりいるのはなんでだ? そんなに腐女子率が高いのか、この学校は。 ←のちのち単に料理が評判らしくて昼食を取りに来ただけなことが判明。
そうして開店から2時間が経った午後2時、バカみたいな量があった材料があっさりと切れてメイド喫茶は閉店となった。
「殺せ……いっそ俺を殺せ……」←北川
「死ぬ……」←垣内さん
「………」←高藤
疲労困憊の僕らは準備室で燃え尽きようとしていた。どうやらメイド喫茶で冥土に行くのは裏方の僕らのほうらしい。
大盛況で「儲けた!」と家庭科室のほうで喜んでいるのはメイド&買い出し班。
調理班の中で一番平気そうなのは僕、かなぁ? 多分ある程度は慣れがあるからだろう。夜月は家事出来ないからな……
一番キツそうなのは高藤だ。接客と配膳と調理のあいだで飛び回ってたから無理もないか。
「ふぅ……」
……文化祭の前半を楽しんだことの (作者から与えられた) 罰かなんかかなぁ これ。僕は1人苦笑する。
ま これはこれで悪い気分じゃないけど、さ。
「三島っち…… 文化祭あと一時間残ってるけど、どーする?」
垣内さんが言う。僕は明日のジョーのラストシーンみたいな体勢に椅子に預けていた身体を無理矢理に起こした。
「高藤と北川になんか買って来ようか」
僕と似たような満身創痍っぷりだった垣内さんが頑張って立ち上る。いま僕らのHPを数値化したら赤い文字が出るんだろうな。
高藤と北川に関しては「返事はない、ただのしかばねのようだ」といったところか。果たして残り少ないMP (マネーパワー) で蘇生は成功するのだろうか。
僕と垣内さんは準備室を出て校舎内を散策する。
途中の自販機で高藤の好きなミルクティーを確保しておいた。北川は…… 僕と一緒でいいか。
「三島っちってさぁ いつも高藤さんに蹴られたり殴られたりしてるけど、平気…… ってかMなの?」
僕はいままで飲んでいた焦げ茶色の炭酸飲料を吹き出した。やべぇ これ、炭酸が鼻に来る。
「MはドMだけで充分でしょ…… 僕は違うよ」
「じゃあなんで高藤さんといるの?」
毎回毎回ボッコボコにされてるのに? そんなの作者に訊いてくれよ。
「美少女万歳だから」
と、適当に言っておいた。言ってから流石に引かれるかと思ったけど垣内さんは笑みを崩さなかった。
「三島っちってどこまで本気かわかんないよねぇー」
垣内さんの目が真面目に答えろと語ってる、……気がした。僕はリクエストにお答えして真面目スイッチを入れてみた。
「嫌いじゃないから それだけだよ」
嫌いじゃないから
夜月も薫も高藤も北川も垣内さんもドMも葉月も白夜も日和も加奈子さんも、嫌いじゃないから僕は関わりを絶たない。ただそれだけの話。
僕はどうやらあまり人を嫌いになれないみたいだ。容姿のメリットがあるとはいえあれだけボッコボコにされているにも関わらず高藤を嫌いにならないのだから。そこが僕と“彼”の違いなんだろう。“彼”は自分に害をもたらす人間には容赦しなかったから。
「だったらさ」
垣内さんは然 (さ) り気無く周囲に視線を這わせる。まるで人が居ないのを確認してるように。
「あたしと高藤さんなら、どっちが好き?」
僕らは今井 薫に気付かなかった。薫は背が低いから丁度自販機と扉が死角になって垣内さんも僕も薫が見えなかったのだ。
「はっきり言うけど、僕は好きになれるほど垣内さんを知らないんだ」
……僕は彼女を拒絶する。高藤フラグも薫フラグも残ってるのに別に誰でもいいなんてルートを選ぶ必要がどこにあるのだろう。……言うまでもなく理由は嘘だ。
「そっ、か……」
一度、目を伏せた。それから羽化したての蝶のように鮮やかに笑った。
「いやぁ ゴメンね、なんか」
「わざわざ調理係まで押し付けちゃって?」
「あ わかられてた」
苦笑して頬を掻く。彼女の癖なのだろう。
「あー、えっと……これからも友達でいましょう?」
握手を求めてきたので僕はその手を握り返した。
「うん よろしく」
それから垣内さんは少し1人で居たいと言ったので僕は自販機の前から退出して薫とスレ違っ「ぐぇっ」襟を掴まれて気道が詰まった。
「……おめで、とう?」
微妙におめでたそうじゃない表情で薫が祝辞に疑問符をつける。察するにだいたいの雰囲気は理解してたけど声までは聴こえてなかったってところか。
「……断ったよ」
特に取り繕う必要もなく僕はあっさりと言う。
「理由」
「タイプじゃないから」
僕はもっとおしとやかで物静かな女性が好みなのですよ。あれ? 薫が当てはまってしまったぞ?
修正、お喋りで物静かな…… 今度は矛盾が出た。面倒くさくなって放り出す。
「だいたい僕なんかよりもっといい人がいるよ きっと」
適当に切り上げて歩き出す。ツカツカツカツカ、ツカツカツカツカ。僕は四足歩行じゃないのに足音は四つ。
振り返ってみると薫が仲間に加わっていた。このへんではド〇クエごっこでも流行ってるのか? 9は一週間ほどやっていま転生なしでLv95だが正直そんなにだったぞ。ちゃんとしたプレイをしてたらボスが弱すぎる。そして強いボスまで行くのが面倒臭すぎる。
あ〇ぶる光の地図 Lv86にはお世話になったなぁ。
「買い出し?」
僕は、貴様なぜそれを見抜いた?! とか少年誌っぽく目を血走らせたりはしなかった。
「うん」 肯定と共に疑問符を伴う視線を向けてみた。
「タイヨーはミルクティー飲まないから」
視線を受けた薫は僕の抱える袋を指差す。中には高藤の好きな午○の紅茶。
僕が紅茶が嫌いなこと、なんで知ってるんだろ。……まあ同棲してるんだから知る機会がないわけじゃないか。
「一緒に行く?」
丁度1人減ってBOSSに挑むには心細かったところだ。まあ毎度高藤に“ぜんめつ”させられている僕にはボスの一匹や二匹ぱっちこいだけどな!
財布の中身が半減しないのが唯一の救いだ。
薫はコクンと頷く。
会話は省いて店の前へ。……相手が薫なら会話もクソもないことは察してくれ。
高藤や北川の好物なんて飲み物以外はわからないから焼きそばなりなんなりを見掛けた端から数撃ち理論でいろいろ買ってみる。MP (マジックパワーに非ず) は多くはないけどそんなに高くないし、労いの意を込めて奮発。
「ねぇ」
英世を1枚使い切ったところで薫が僕の袖を引いた。僕が反応するより早く薫が声を発する。
「デートしてたって、ほんと?」
僕は鼻に入った炭酸がもう一度弾けたような錯覚に囚われた。
薫はニヤニヤと野次馬な笑みを浮かべている。
「あれはデート…… なのかな?」
言葉を濁して家庭科室のほうへ帰ろうと僕は少し早足になる。どさくさ紛れに手を繋いだりした羞恥心が心の奥でざわめく。……そういえば心の奥って心がどういう形かもわかってないのにどうして奥があるってわかるんだろう?
薄皮一枚先に全く違う物があるから? 偽るのは思考と感情と表情であって心ってもっと薄っぺらで奥行きのない純粋なモノな気がする。
「……詳細、帰ったらでいいよ」
思考だけで冒険に出掛けた僕を薫が引き戻す。
つまり時間はたっぷりあるんだから帰ったら吐くまでいろいろ訊いてやる。ってことだよな……
家庭科室のドアを開ける。相変わらず屍っぷりを披露している高藤と北川にペットボトルを差し入れて「これ食べていいから二人で分けて」と袋に入ったいろいろを机に置いておいた。
残り40分、どうしようか。パンフレットを開こうとした僕の袖を薫がまた引く。……こいつもしかして僕の服の袖だけダメにするつもりじゃないだろうか?
「スリラー って、何?」
「マイケル・ジャクソンだろ」
そういえばそんなのあったなぁと口にしてから気づいた。
「見に行きたい」
……パンフレットを見るとたしかにスリラーは2:30から3:00までの文化祭終了間際でやっていた。
やることもなかったし薫と一緒に体育館に移動した。今度は空いていた。
「……ほんとにマイケル・ジャクソンかよ」
僕は呆れ交じりに頭を掻いた。BGM (ふと思ったけどBack MusicならBMだよな? Gってなんだ?) に『Thriller』をかけてマイケル・ジャクソンに扮装した男がステージの上でムーンウォークやらなんやらを披露している。悲しいのはその客入りかな……
それも暇潰しに喋りに集まったといった客らしい。軽音学部やうちに比べれば遥かに少ない。こういうのはもう少し (もうかなり?) 上の世代のほうがウケるんじゃないだろうか。少なくとも今時の高校生にウケる内容ではないらしい。父兄や先生は結構いるみたいだけど。
「行こうか 薫」
体育館から出ようとした僕の袖をまたもや薫が掴む。振り返ると目を輝いやかせていた。……そうだよな。高校生の下手なマイケル・ジャクソンの真似なんか“本には書いてない”もんな……
……あぁ そういえばBGMはBack Ground Musicだったっけ、僕は脈絡もなくそんなことを思い出した。
結局最後まで薫に付き合わされてから家庭科室に戻った。
一般公開している文化祭の日程はこれでほぼ終わり。ここからは片付けと、時間を置いてからキャンプファイアーをやるらしい。
ちなみに調理係は片付けを免除された。誰の目から見ても僕らの疲労っぷりが異様なのはあきらかだったのだろう。特に冥土服のまま着替えもせずに机に突っ伏してる高藤。
「……楽しかった、かな」
口に出してみた。たしかに疲れたけど、悪くはなかったと思う。
冥土服の高藤を見られただけでも青春ポイント (?) は+だろう。
「ひでりん」
北川が僕の前に座る。
「飲み物サンキュ」
コト とペットボトルを置く。でも中身は減ってない。
「もしかして炭酸ダメだった?」
「ああ スマン」
謝るのはこっちなんだけど。まあお金貰ったわけじゃないからいいか。
「っていうか、前から思ってたけどひでりんって何?」
僕はコーラを北川に向けて開けた。北川が机の下に消える。ブシュッ! 炭酸が派手に噴き出した。……やっぱり振ってたな。北川め。
「……ん ああ」
1つ隣にズレた北川は改めて、何事もなかったように机に頬杖をついた。珍しく真面目っぽい表情を作る。弁明もなしで流す気かよ、こいつ。
「お前の視線には当然あるべきものがない それが湿気」
北川はなるべくあっさりとした口調で言い切ろうとする。全力で誤魔化しにかかってやがる……
「具体的に言うとまあ嫉妬やら羨望やら、その他諸々 お前のそれは渇いてる だから日照り」
「なるほど」
どうでもいいからとりあえず頷いておいた。嘆息して流されておいてやることに決めた。炭酸の抜けたコーラに口をつける。
「それと、お前に客」
クイッ と親指でドアのほうを指した。……こいつ、なんでそっちを先に言わなかったんだろ。
「なんでそっちを先に言わなかった?」
立ち上がりながら思わず口に出た。
「それが女で悔しかったからに決まってるだろ」
……至極まっとうな北川であった。
「おーっス ライブ見たかい?」
客は、先輩だった。一文字変えるだけで惨敗になったら乾杯になったりするのであった。意味不明である。
「はい 前半分だけですけど」
よくあの場でアニソンなんて歌えましたね? 相変わらず神経太いですねー
……口には出さない。それが人付き合いを円滑に進めるコツであることを17年間の人生で僕は悟っている。というか僕がもし考えていることを全部口に出したら…… 想像の結果は読者の諸君に委ねる次第である。諸君と読者ってなんか似てるな。
「ありゃ 残念、チミに聴いて欲しかったのは後半なんだけど」
「午後からはクラスの出し物の準備があったので」
「あーそっか キミのことだからそんなのサボるとばっかり思ってたよ」
「……まあ否定はしません」
途中まではその意向だった訳だし。
「メイド喫茶だっけ? よくやるよねぇ あたしだったら恥ずか死にするわ〜」
先輩は妙な造語を作り出して、笑む。
「先輩のもってけセーラー服もなかなかでしたよ」
「うむ 自信作じゃ」
……あれは平気でメイド喫茶はダメなんだなぁ この人。相変わらず羞恥心の基準がよくわからない。海の時はビキニだったし……
「みっしー 何やってんの?」
僕の背後からひょっこり高藤が顔を出す。まだ疲労感いっぱいだけど少しは落ち着いたみたいだ。
「あ 軽音の……」
「そ、僕の先輩」
「どもォ、神代 梓と申しますですハイ ……って看板の娘? 激マブ」
先輩は目を細めて口をωみたいな形にする (どうやってるんだ? これ) 。
具体的には(=ω= ) ←こんな感じの顔。他機種やPCで変に表示されたらごめんなさい。……ってこれ言ったの僕じゃないぞ。誰の声だ、これ。
「神……代?」
その名字、どっかで聴いたことあるなぁ みたいな表情の高藤。
「神代 葉月先生の妹さんだよ」
「……へ?」
「へぇ キミの組って兄貴が担任だったんだ」
と、フリーズしてる高藤を他所に先輩が剣呑に言う。
「葉月っていったい年いくつなの……?」
高藤が僕を見る。まあ、あの人の外見は「歳? ハタチですよ」で通じるからな…… 僕らと一緒に学生証を出せば騙される映画館はきっとある。
「おい 神代」
横から先輩にお声がかかった。3年の有名人、イケメソな生徒会副会長の西村さんだった。
「あちゃぁ…… 見つかったか」
と、先輩。
「準備忙しいんだ サボってんなよ」
僕を無視して西村さんが先輩の襟を引っ付かんだ。そういえば先輩って生徒会書記だったっけ? 先輩はズリズリと廊下を引き摺られて「またねー」と呑気な声を出しながらこっちに手を振って去って行った。なんだろ、既視感のある光景だなぁ。
違うのは、男女が逆なことかな。さほど重要な問題でも…… ある気がしてきた。




