第七話:文化祭・前編
そして、文化祭当日。
私服が許可されているのでどれがいいか鏡の前で少し悩んだけど、結局夜月が「たまにはこーゆーのも着んしゃい」と僕に押し付けた雑誌を元に決めた。
たまには役に立つじゃないか、あの穀潰し (死語?)
帰ったら好物の餅チーズ明太子入りのたこ焼きでも作ってやるか。どうでもいいけどなんにでもチーズと明太子入れればいいと思うなよ、食品業界。
それからかなり早めに家を出て北川をこきつかって仕込みを終わらせた。時計を見ると短針が9で長針は6に少し届いていないぐらい。午前から開いている店は既にやっているだろう。
僕は高藤と一緒に家庭科室と繋がっている家庭科準備室を出た。
お互い片手にはパンフレット。
かき氷、やきそば、フランクフルト、焼き鳥。
頭の中で食べ物類を抜き出して羅列する。
演劇、ダンス、漫才、軽音、“スリラー”
それからそれ以外を羅列。……スリラー? ってなんだ? ワ○ピースのスリラーバーグはお化け屋敷みたいなあれだったよな? その類例……?
しばらく見てから僕はパンフレットを閉じた。
(体育館を使うやつは1時間交代か……、軽音は11時から25分で休憩を挟んで2回
最初の分なら間に合うかな?)
とりあえず何か食べようと思って、歩き出す。すると高藤が並行して踏み出した。
「……何か用事?」
しばらく歩いても離れる気配がないので、歩きながら訊いてみた。
「……」
返事はない。ただの屍じゃないはずだ。こんな暴力的な屍がいれば…… 高藤とどっちが恐いか見物 (みもの) だな。
悠長に見物 (けんぶつ) してたら両方が僕に襲い掛かって来そうだ。
「……」
返答する気がない人に一方的に話しかけるのもあれなので僕も黙った。代わりに思考をトリップさせて高藤としかばねさんの掴み合いの現場を想定する。しかばね役に抜擢されたのは僕の叔母さんで今井の母親である選挙活動中の加奈子さん。
……え? 秋ならとっくに選挙なんか終わってるって? 文化祭が秋だと……決まってるよなだいたいの学校では。
いや、落選した叔母が「現実を見たくないぃー」って自宅警備員と化してるだけなんだけどさ。こないだ僕の携帯に電話があって「ゲーム貸しとくれー え? むしろ薫引き取れ? 育て屋さんよー育ったレベル+100円も叔母さんお金持ってないのー」なんてほざいてたからな、しかばね役でも文句はないだろう。
ではバトル、スター「あの、さ」
……どうやら沈黙への耐性は高藤のほうが低いらしく高藤が俯いたまま言う。まあ僕は時間の浪費手段を自分で制作できる電波少年だからな。高藤が僕の目をじっと見る。な、なんだよ いくら電波少年でもNHKは受信してないぞ?
「い、一緒に行かない? ほら、あたし他のどーでもいいやつに誘われまくってさ そういうのウザいから
あんたと一緒ならそんなのないかな、って」
高藤は早口で一気に喋る。
……ふむ、たしかに女子にも男子にも高藤と一緒に居たがるやつは多い。一重に容姿が類い希だからな。けどそんなの別に僕と一緒にいなくても回し蹴りの一発で……、それをやればその後の人間関係に凄まじい亀裂を生むか。そういえば回し蹴りはグループ攻撃だったっけ。6、7の序~中盤はよくあの技のお世話になったなぁ…… ←何の話だとか訊くなよ。
じゃあなんで僕を蹴るのは高藤の中でありなんだ……?
「別にいいよ」
特に表情は変えずに目だけパンフレットから外して高藤の方を見た。……なんだか頬が赤いのは気のせいか?
「あり、がと」
高藤はぎこちなく微笑む。……普遍の影 1で美少女に自称をつけたけどあれは間違いだった。訂正する。高藤は間違いなく美少女である。それもとびきりの。花丸級。
そうしているうちに中庭に出た。家庭科室を確保することに成功したうちのクラスと違いここでは屋台形式で焼き鳥やらフランクフルトを出している。
パッと見ではどこもそこそこ盛況している。校門を入って直ぐに目に止まるからだろう。
「高藤、なんか食べたい物ある?」
「あ、え? えっと……」
……なんだかいつもと様子が違う。いつもなら僕を文字通り引き摺って目的のために邁進するのに。
「な、なんでもいい、かな?」
慌てているのかあきらかにパンフレットにさえ目を通せていない。やる気あるのか? 仕方なく僕はざっとあたりを見渡す。
「あ クレープやってる
これから行こうか」
歩き出した。高藤が自分の左足に右足を引っ掻けて転びそうになった。僕は思わず肩を掴んでそれを止めてみる。
「大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」
顔、真っ赤だし。
「大丈夫 全然……余裕」
全然余裕、がなくて大丈夫そうじゃない高藤は僕の手を払った。まるでそこに元凶があるかのように。
不安定な足取りの高藤に注意を払いながら僕は歩き出す。
クレープ (ちなみに210円、なぜ税を取る?) を買って二人でベンチに座った。黙々と生地を噛む高藤 ……僕から話し掛けるべきなんだろうな。
「その服かわいいね」
黒を基調にした少し年不相応の大人びた格好だけど、素がいいからなに着ても似合うんだろうなぁ
「んっ……!?」
何気なく僕が言うと高藤がクレープを喉に詰まらせた。自分の胸をどんどん叩いてなんとか呑み込む。
「大丈夫?」
僕は背中を擦ってみようかと思ったけど、下着の線が浮かんでいて躊躇った。
それからかき氷とジュースでも似たようなことが起こった。かき氷のときは「それ好きなの?」とポケットから吊っているクマのストラップを指したら氷を一気に口に入れすぎて頭痛がしてきたらしい。ジュースは単純にベンチに置いたら自分のと間違えた高藤が僕のに口をつけて奇声を挙げた。
そんなこんなで一通り周り終えたのが10時50分だった。
……いまのところ高藤、一回も僕を殴ってないんだよな。そういえば。別に殴られるのが好きなわけじゃないけど正直驚いたというか拍子抜けしたというか。
「あ…… ちょっと行くとこあるんだけどいいかな?」
「ん……どこ?」
高藤はなんかポ〜っとしてる。何故か薫を連想する。
「体育館、僕の先輩が軽音やってるんだ」
で、体育館に移動する。地図に合わせてボタンを押すだけ…… なんてお手軽だったらいいなぁ。
……しっかり人並みを掻き分けて頑張って体育館に辿り着きました、まる。
しかも体育館の中にも結構人は入っていた。
「これじゃはぐれそうだね……」
あ、あそこ空いてる。でも結構人垣を潜り抜けないと…… 高藤を見る。空いてる席には気付いてる? っぽい。
僕は左手を高藤に差し出した。
「……いい、かな?」
おそるおそる、という感じで高藤は僕の手を取った。ピクンと少し肩が動く。高藤は強めに僕の手を掴んでいて、握られた左手が少し痛い。僕はそのまま高藤の手を引いて歩き出した。人の波に揉みくちゃにされながらも手は離れなかった。僕らはなんとか前の方の席を取ることに成功した。
丁度そのへんでギターの音が大きく鳴り響いた。
幕が上がる。スポットライトが中央の女子を照らす。茶色味がかった髪が一ヶ所だけのライトに照らされて凛と映える。
そして、演奏が始まった。
“大キラいだったソバカスをちょっとひとなでして溜め息を1つ ヘビィ級の恋は見事に角砂糖と一緒に溶けた
前よりもちょっと痩せた胸にもっとチクッと刺さるトゲが痛い
星占いもあてにならないわぁ”
本人曰くプロ顔負けを誇る高く伸びる声が体育館の反響し、残響する。
「すご……」
高藤が思わず、といった感じで溢す。
「あのボーカルの人が僕の先輩」
僕が右手を指をさした。お互いの声が届いているかどうかも怪しい大音響の体育館が、もう繋いでいる理由のないお互いの手を許してくれる。相変わらず少し痛いけど。
“思い出はいつもキレイだけどそれだけじゃお腹が空くわ
ほんとうは切ない夜なのにどうしてかしら? あの人の笑顔も思い出せないの”
決して甘くない失恋の歌が逆に、繋いだ僕らの手を強くした。
……それから少し話を挟んで3曲が終わって、11時30分。少し早いけど僕らは体育館を出て家庭科室に戻る途中だった。
「よかっただろ?」
ちなみに当たり前だがもう手は離している。
高藤は頷いた。なんだか泣きそうな顔をしてる。感情移入、したのかな?
先輩、基本的に明るい曲キライだったから失恋ソングオンパレードだったもんなぁ 一曲変なの入ってたけど。
1曲目はJudy And Maryの『そばかす』、2曲目は何を思ったのか『もってけ! セーラー服』だったけど、3曲目はRAD WIMPSの『有心論』
流石に3曲目は男性の歌だからキツそうだった。先輩、あの曲が好きなんだろうな。
……2曲目は高藤がきょとんとした顔をしてた。僕は「あのオタク…… 趣味全開じゃねーか」と思わず苦い顔で額を押さえた。
しかしそんな2曲目でも意外と盛り上がってたのであった。




