最終話:普遍の影
私はその墓にそっと花束を捧げた。
後悔してる? ふとそう問いかけてみる。冷たい石が返答を寄越すはずもない。
雨の匂いがする。もうすぐ降ってくるだろう。太陽が少し陰る。
「……生きる、……わ」
声に出して伝えた。幽霊なんて信じちゃいないし、墓に魂が宿るなんて思ってない。正直葬式なんてお金をドブに捨てる行為だと思っている私でも、伝わる気がした。
「……行こうか」
いつもの無表情で、だけどどこかいつもより陰りのある三島 太陽が静かに言った。
「もう少しだけ」
黄空 夜月の墓に私は両手を合わせて祈りを捧げる。
結局、僕らは生き残ったらしい。高藤のナイフは僕の胸にぽっかりと大穴を開けてたけどショック死するような致命傷ではなかった。だけど僕も高藤も失血死をまのがれない状態だった。またその病院にはA型の血が足りていなかった。 (神代 葉月の殺傷事件のせいらしいことをあとで聴いた)
……なのに、夜月が自殺してその血液が僕らを救った。
夜月はメスを取り上げて無菌室に駆け込み自分の首にあててこう言ったそうだ。
「私の血を使ってください」
そのまま頸動脈にズブリと深くまでメスが食い込んだ。5cm以上切断されていたらしい。
意識があるうちは処置を拒み続けた夜月はそのまま息を引き取った。唯一の常識人だとか言われてる夜月だけど僕の罪を肩代わりして警察に行くあたりやっぱり普通じゃなかったようだ。壊れたやつばっかりだ。
「それから滅菌してその血をあなた達に使ったわ」
意識を回復した僕らに望月という女医さんが詳細を語ってくれた。
「ったく 心中するような連中のためになんで死ぬかな」
望月さんは泣きそうなしかめっ面で僕を睨み付ける。僕はどんな表情をしていいか迷った末に「そうですね」と無表情のまま適当に相槌を打った。
「……って あの娘の意識が切れる前に訊いたの
なんて答えたと思う?」
「わかりません」
なぜなら僕はエスパー (スペシャルパーマの略) ではないからな。
「“太陽は私を助けてくれた、太陽は生きなきゃいけない” って譫言みたいに繰り返すの」
……っていうかそれを譫言って言うんじゃないだろうか? 思ってから文中に“い”が何回使われているか数えてみた。3回だった。意外と少ないな。
あ、夜月の譫言にある“い”の回数と同じだ。
「……思ったけど、自分で気付いてるの?」
? 何にですか
「泣いてるよ、あんた」
言われて初めて頬から目に手のひらを這わせた。冗談みたいな量の雫が手のひらに溜まった。
「別にあたしゃ患者さん苛めるのが趣味なわけじゃないから、このへんにしとくけどさ」
女医さんは涙目で言った。
「そこまでされて生かされたんだから、生きなきゃダメだよ」
本人は大人を気取ったつもりらしいのにどこか童女っぽい口調に聴こえたのが不思議だった。
はい、回想終わり。
僕と高藤は手を繋いで墓地を出た。別に変な意味合いはない。病状が悪化してる高藤は手を引かれないと歩けないのだ。
途中変に目付きの鋭い「携帯電話とノートパソコンが友達です」とか自己紹介しそうな男とすれ違った。振り返ってこちらを見ていた。なんだろ、あの人。ごめんな ってその人の唇が動いた気がした。
西村さんの待つ駐車場に戻って来た。この人、現役高校生の癖に免許持ってるんだよな。車は親から拝借したらしいけど。
「もういいのか?」 西村さんが言い「はいありがとうございました」「お前に訊いてんじゃねーよ」僕を睨んだ。
そして高藤にはたかれていた。
……説明が要る、かな? 夜月が死んでから僕に対する西村さんの態度が硬化と降下の一途を辿っていた。恋仲、だったみたいだ。思い出したけどこの人、今井とも付き合ってたんだよな。それから妹みたいに思ってた高藤の自殺未遂。相当神経が磨り減ってるだろうなぁと推察。あとで一言かけとくか。
車はゆっくりと走った。墓地は町から離れたところにあるけどこの町自体が大きくはないから僕の家につくまでそんなに時間はかからなかった。
「ほら 降りろ」 忌々しいとばかりにシッシッ と手を振る。僕と高藤がほぼ同時にドアを開いた。
「美咲……?」
咄嗟に西村さんが彼女の手を掴む。
「離して」
高藤は短く、冷たく言い放った。
「なんでだ?」
悲痛な表情の西村さん。高藤は淡々と言う。
「好きにしろって言われてるから、私は彼と暮らすわ あぁ、安心して
もう自殺はしないから 絶対」
「ッ……」
表情が悲痛から沈痛に変わる。差異が微妙だけど。
八つ当たりに僕を睨んできた。目線は合わせずに頬を掻いた。
「美咲になんかあったら俺がお前を殺してやる」
……低い声だった。
「若い2人が1つ屋根の下で過ごすんですよ? 間違いが起こらない保証がどこに「誓え」
僕の虚言を彼は許さなかった。……やっぱり僕より彼のが主人公に向いてるんじゃないだろうか? (字数的な作者の都合を除けば)
「美咲を守ってくれ 頼む……」
具体的な何かを西村さんは示さない。病魔、という僕が守りようのないものを知っているからだろうか。
「……わかりました」
西村さんは高藤の手を離した。よろめいた高藤が僕にしがみつく。
「……じゃあな」
あくまで気丈に振る舞う彼を僕はかっこいいなと思った。そして彼には生きていて欲しかった。
「あなたのせいじゃないですよ そういう運命だったんです、きっと」
今井 薫も黄空 夜月も。
「そうだといいな」
僕の虚言に今度は耳を貸したらしい。情報を取捨選択できるのは果たして人間の美点なのか欠点なのか。
泣き出しそうな笑顔で呟いて西村さんはドアを閉めてアクセルを踏んだ。エンジン音が時間と共に遠ざかる。
「これからどうする?」
「普通に生きるわ 朝に起きて歯を磨いて昼はだらだら過ごして夜になったらお風呂に入って、それから眠る
いつ死ぬか怯える毎日の繰り返しは私にとって辛いけど、それが夜月さんに対する償いだと思うから」
身体はいまにも膝を折って倒れてしまいそうなのに、高藤の目は力強かった。きっと彼女が折れることはもうない。
「……僕はどうしたらいいかな」
三島 白夜が、三島 日和が、今井 薫が、今井 加奈子が、小島 寿郎が、今井 敏夫が、神代 葉月が、……黄空 夜月が死んだ。
僕と僅かでも関わった人間ばかりが死ぬ。名探偵と関わった人間級の死亡率だ。そして高藤 美咲も死ぬ。彼女の命の刻限は常人よりも遥かに早い速度で近付いている。
これから先もそうなのか?
不意に高藤が僕の頬に手をやった。どうやらまた泣いてたみたいだ。
「私にはわからないわ」
そのまま手を伸ばして、高藤は緩く僕を抱き締めた。
「きっとあなたはそれを探さなきゃいけないの」
……生まれた意味を教えてください、って訊ねて それを探すことです、と返された気分だった。じゃあ生まれた意味なんてないと思ってしまった人はどうすればいい? 見つけた答えがそれじゃあどうしようもないじゃないか。答えは1つじゃない。それは大多数の人間が信奉する理論だけど0には何をかけても0のままなんだ。
雨が降ってきた。周囲が薄暗い灰色に染められて行く。
今日は雨だ。日が悪い。だから明日考えよう。僕はそう思った。
かけ算にする必要はないのだ。足し算にして、少しずつ積み重ねて先ずは1を目指そう。なんだかんだ理由をつけて答えを出すのを先伸ばしにしてしまおう。明日見つからなかったらまた次の明日に、それでも見つからなかったら一週間後にでも。
探すことを目的にするのではなく、探すことを言い訳に生かされよう。
僕の手には何もないけど
心にさえ何もないけど
0のままで終わるかも知れないけど
僕の未来に、
時間だけは溢れているから
・あとがき
ややこしいことしてスイマセンf^_^;
これでほんとに完結ですm(_ _)m
というか10話のラストとこの最終話から「普遍」から独立してちゃってますね……
最初から普遍は10話のラストみたいなオチをつける予定でした。実は短編6を投稿した段階で10話は既に書き上がってました。
で、連載のほうで細かいとこ直してるあいだにこれで終わりでいいのかずっと考えてたんです。「普遍」の設定全部投げてますからね。
兎に角、これ以外の落とし方は思いつかなかったためにこうなりました。
ハッピーエンドを期待していた方、どうぞ ラストはなかったことに (ぁ
それと、「異端の影」を読まずに「普遍の影」だけを読んでた方。配慮が至らずに申し訳ありませんm(_ _)m
最後に、「なろう」から退会なされたようなのでもう見てないとは思いますが「異端の影」「普遍の影」両作には緒方 瀕死様の作品の影響が少なからずあったと思います。
瀕死様ありがとうございましたm(_ _)m




