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第八十話

今年もありがとうございます。来年はもっと高頻度に投稿できるよう頑張るぞ!

 揺れる護衛艦の艦橋で、俺の心底はそれ以上の衝撃を受けていた。


 まったく驚きが抑えきれない。


「君が裏切るとは。とても意外だよ、ヴィンセント」


 戦場や、準軍事的シーンで何度も見た射撃姿勢だ。


 両手で握った拳銃を肩の高さに。標的、つまり俺に真っすぐと向けて構える。半身ではないのは回避ではなく必中を優先しているからだ。


 銃口に一切のブレがない。五キロ先だろうが当てる男だ。この距離なら一万回撃っても外さない。


「とても意外だ。君は祖国に忠実な軍人だと思っていたよ」

「ああ、俺もそのつもりだ」

「いつから裏切りを? アメリカに何ドルで買われた?」

「……?」


 不思議な間が流れた。


 ヴィンセントの眉があがり、数拍の後に自分の意図が伝わっていないのだと彼は気付いた。


「別にアメリカに買われてなんかいない」

「あい?」

「後ろを見ろ、隊長」

「それは難しい相談だ。最高品質の兵士に銃を向けられて、目を逸らすほどバカじゃない」

「いいから見ろバカ。ダンジョンボスがあがってくる」


 目の端で確かめると、なるほど超強そうなモンスターが海面からせり出してくるところだった。


 灰色、いや銀色のデカい爬虫類だ。キラキラと全身が鏡面に輝いている。


 ワニやトカゲにも見えるし、「ざばん」と肩まであらわになると甲羅を背負っていてカメにも見える。恐竜というよりも怪獣というべきか。巨大さも相まってゴジラみてーなやつだ。鳴き声も似ている。


 アレも竜種なんだろうなー。Sランクボスモンスターってのはどいつもこいつも大災害よ。こんなんが太平洋に巣食ったら日本どーなっちゃうの。


「で、後ろのアレがなんだ?」

「あんな化物、どうするつもりだよ」

「討ち取る」

「いいや! 退却だろう、隊長ッ」


 ヴィンセントは珍しく声を張り上げた。


「退却? なんで」

「あんたのタフさは知っているさ。だが流石にアレに向かわせるわけにはいかん!」

「…………おや?」


 あれ、なんか話がかみ合わないな。


 うーん、もしかして……あー口に出すのも恥ずかしいんだけど。


「もしかしてヴィンセントは、俺の身を案じて退却しろって言ってる?」

「そうだが」

「ッスー……」

「俺が上層部から受けた任務は、()()()()()()()()だ。命令の逸脱はしていない」

「だけどさ。俺の意向は優先しろ、って命令のハズだけど」

「それは……。それは、護衛対象の意向と生命。どちらを優先するかはこちらが裁量する。アンタは……アンタは一人で背負い過ぎる!」


 優先とか裁量とか、難しい言い回しをしてるけどね。


 スウェーデンの国益だけを考えるなら、ここは俺を突っ込ませたほうがいいハズじゃん。でも身を案じてくれるとか。


 やば。このおっさん俺のこと好きすぎ~。


 俺をすぐには説得できないと踏んだのか。ヴィンセントは新城のほうにもうながす。


「とにかく。今すぐ退却だ、新城!」

「いいや突撃だろ、新城」

「アメリカ艦隊を囮に使うんだよ。引いて体勢を立て直せ!」

「ダメだ。Sランク権能の国外流出。そしてそのダンジョンが海底で発生したら、太平洋の航路が丸ごと死ぬ。我が国に千年の禍根を残すだろう。だからここは突撃だ、自衛隊の諸君。先鋒は私がやる」

「二人とも勘違いしないで欲しいのだがーー」


 やれやれ……と新城は肩をすくめ、手で制して部下の自衛隊員に小銃を降ろさせた。


 緊迫した話かと思ったら、ただの友人間の喧嘩だと察したらしい。


「君たちにこの艦の指揮権はない」

「ム」

「おー、確かに」

「だが君たちの実力を欠いて、打開できる局面でもない。だからさっさと決めたらどうだ」


 新城の提案に、目を合わせて俺達は合意する。そして時間も無いし、急ぎ合意の履行をすることにした。


 つまり、殴り合って勝ったほうの言うことを聞く。わかりやすいのが良いよね。


 俺が魔力を励起した一呼吸の間。


 パンッ!


 と、わずかな隙に撃ち込まれた初弾。これは読んでいたので、半身になって躱す。


 膝を狙ってきた。やはり関節狙い。ヴィンセントは俺の『生還の権能』のフルスペックを知らない。そういやコイツとは、無線でのやりとりが多かったからなぁ。


 回復力が無尽蔵なのを知っていれば脳や心臓、脊椎を撃ち抜いたはず。


 つまり……


「舐めた手加減してんのかァ~? そんなんで勝てると思ってーー」

「いるさ」


 パパン!


 と射撃音が二つ。速い!


 躱しながらこっちも抜き撃つという、反撃の動きを読み切られた。取り出した拳銃が転げ落ちる。


 ヴィンセントの拳銃はショートリコイル式で0.1秒/発。その程度、俺なら射撃間に距離を潰して殴り倒せるのに。


 装填速度を念動力(サイコキネシス)で無理やり底上げしている。


(さすがだ、ヴィンセント。やべえ強いじゃん。こいつ今まで本気出してなかったのか)


 だが。


 これほど優れた精鋭兵だろうが、今日だけは付け入る隙がある。俺が庇護対象だとか舐めている。


 さらにもう一発来た。その、手加減して左ひじを狙ってきたところをーー


 10センチ限定の『瞬間移動』!


 先日のゼタ・ミーゼスとの戦いで、俺はこの術をインファイトに織り込むコツを会得していた。


 ヴィンセントの百発百中・正確無比な弾丸が、左ひじから内側に10センチズレる。


 つまり心臓に当たる。


「しまっーー!」


 護衛対象の急所を撃ち抜いてしまった。そのことに動揺し、思わず銃口を持ち上げたヴィンセントの顎を、


「よいしゃぁ~~~~!」


 ()()()と殴りとばした。ぶっ倒れたヴィンセントの手を蹴り、拳銃を取り上げる。


「はぁ~い俺の勝ちー! テメ~~、手加減して勝てるわけねェだろ~~」

「う、そ……だろ。心臓撃っても動くのかよ……」

「へっへっへ。オッサン、最近はデスクワークで鈍ってんじゃねえの」


 俺が小躍りして煽っているところに、


 パン!


 と、不意の一発。予備(サイドアーム)の銃でくるぶしを撃ち抜かれた。


 両手をヒラヒラさせて踊っていたのがまずかったぞ。バランスを崩して倒れ、背中を踏みつけられて動けない。制圧された。


「うわマジかよ、心臓治ってやがる。扶桑隊長、アンタ不死身かよ。あ、でも俺の勝ちな?」

「うぎぎぎ……」


 悔しいッ。油断した!


 悔しいのでバキリと肩関節を外し、ヴィンセントのくるぶしを握って投げ返した。背中から床にたたきつけられて、ヴィンセントは肺からくぐもった声を漏らす。


「はいッ! やっぱり俺の勝ち! なんで負けたか明日までに考えといてください△」

「うるせぇ、俺の勝ち」

「俺の勝ち!」

「俺の勝ち」


 もはやただの取っ組み合いとなって、大の大人が二人。バキバキと殴り合い、ゴロゴロと転がる。


 そこに呆れた新城が、仲裁を入れる。


「二人ともいいかね」

「ム」

「おォん、なんだよ新城」

「扶桑が不死身なのはよく分かったので、ミルド大佐の心配はなくなったのではないかね」

「ムッ」

「あ! そうじゃん! いいこと言う。ヴィンセントよぉ、お前心配し過ぎなんだよ」


 バツの悪そうに拳銃を納めたヴィンセントをなだめ、そして新城は俺もたしなめた。たしなめるというか、不注意を叱るというか。そんな教師みたいな口調だ。


「いいかね、扶桑。君にも失点はある」

「はぁー? アイツが先に裏切ったんだが?」

「たしかに君たち権能者は、実力の詳細を隠す。固有能力の露呈が敗北に直結するのだろう。当然のことだ。だが戦友になら、等身大を晒してもいいのではないか?」

「うぐ」

「君は少し一人で背負いすぎる」


 戦友の指摘に、もう一人の戦友もウンウンと頷いている。


 なんか二人して同じこというと、こいつらの方が正しい気がしてくるなぁ。叱られちゃった。腰に手をあててうつむく。


「はぁー……」


 しょうがねえか。本音を隠してた俺も良くないね。


「『生還の権能』。首を落とされても、焼けて消し炭になっても、還って来る」


「この力は表向きE~Dランク程度と分類されているけど、脅威に応じて強くなる。おそらく今みたいな危機に使うべきものだ。使ってきた」 


「私は、この力を才能や努力で手に入れたわけじゃない。たまたま運が回ってきただけだ」


「運しかない奴だ。だから、だからこそ……民衆の盾になるべきと確信するものである」


「頼むよ。一人では火力と機動力が足りない。手を貸してくれ」


 いままで密かにしていたポリシーは、不思議とスラスラと口から出た。


 包み隠さず喋るって簡単なもんだなあ。


「よく分かった。扶桑はPA格納庫へ。一機、君のために空けてある」

「あざす~。……ヴィンセント、きみも手伝ってくれるか」

「ああ。ただし、ちゃんと還ってくるならだ」

「それだけは得意なんだなぁー。じゃ、よろしく」


……

…………

………………


 目の前から一瞬で。


 護衛対象の扶桑景一郎が消えるのを見て、ヴィンセント・ミルド大佐は驚いた。


 今の戦闘中、というか喧嘩でも使っていた術ではあるが。


「マジかよ、『瞬間移動』……。ウクセンシェーナ家の人間だったとは」


 あの術を使えるのは世界でも数人。


 ヴィンセントが所属するTier1の特殊部隊に指示を出せる、最上流階級(トップソサイエティ)の一族だけだ。妙な指揮系統だとは思っていたが、まさか名実ともに直属の上司とは。もうちょい偉そうな雰囲気だしてくれたら気付いたのだが。顔とファッションと振る舞いが庶民すぎるだろう。


 そんなレアな魔術を見て、隣の新城が軽口をたたいた。


「『瞬間移動』、か。そんな術があるなら君や我々の援護がなくても接敵できるはずだ。健気じゃないか? さっそく頼ることを覚えたらしい」

「そこまで頭が回っていないバカ、って可能性もある」

「かもしれん」


 そうだ、バカなんだ。アイツは。


 そりゃあ凄まじい回復術だろうさ。だが次もそうだという保証がどこにある?


 首を落とされても、消し炭にされても平気? まさか試したわけじゃあるまい。


 自称・運がいいとのことだが本当にそうなのか。本来のアイツはただの気楽な民間人で、こんな災害なんてのはテレビで見ているはずなんじゃないのか。権能獲得が、アイツの人生を大きく歪めてしまったのではないか。


 奇縁、今となってはせんなきことか。


「で、手伝うのかね?」

「チッ……任務は護衛だからな。しかたない」

「そうか。ではミルド大佐は扶桑機PAの誘導と火器管制を」

「了解」

「本艦は針路変更。面舵。現時刻から目標を『鏡の竜』と呼称。反射系のモンスターと思われるため、全兵装は命令あるまで待機厳守だ」


 一呼吸。新城が間を置き、部下に伝える。


「初弾は扶桑機が撃つ」


ーー

海底でのダンジョン発生:通常は発生と同時に水圧でダンジョンが崩落するため、確認されていない。仮に発生後も崩落せずに維持された場合、モンスターの活動が広範囲の海域に広がると予想されている。

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