第七十九話
翌日。海上を走る護衛艦・長門の甲板の上で。
上司である九条楓社長との通信で、俺は少なからずショックを受けていた。
「負けてよかった……ってコト?!」
『正確には、負けるのも織り込み済みってことよ』
ショックだよ。あんなに必死に戦ったのに!
潮風が辛い。目に沁みるよ。
『奴の狙いは恐らくSランク権能。でもそういうダンジョンが監視していたエリアで発生したなら、こちらも気付いたはずでしょう?』
「はい、おっしゃるとおりで」
『そんな兆候はなかった』
「えーっとつまり……?」
アメリカ様の目的は、日本製のSランクダンジョン制圧&権能奪取。
でもダンジョンがないなら、それってどういうこと? よく分かんないや。
『おそらく、ダンジョンボスが幼体のところを収穫したのね』
「!」
『それなら権能獲得の兆候を抑えられる』
「でもアレって、幼体で収穫したらランクが下がるんじゃなかったかな」
以前の戦場で似たような話があったけれど、そのときはランクが下がってイマイチだよねって話だった気がする。
『ミーゼス家の技術力は高い。幼体のままランクを安定させて移動し、自国で羽化させる方法がある……とこちらの技術部は予測している』
「ははぁ」
『そこで扶桑君をぶつけるのが良い手ね』
おいおい。このハラスメント上司。
人を飛車先の歩兵みたいに……。
『ゼタ・ミーゼスの莫大な魔力。アレを戦闘でふるったなら、幼体へも強い刺激になったはず』
「羽化が近いと?」
『そう。翌日出航が良い証拠ね。あの女も内心焦っている』
「なるほどなー」
さらにこちらのメリットとして、味方陣営の意思も統一された。
ゼタの戦闘記録は隠しきれるものではない。あれほどの実力者が暗躍していた。その事実が自衛隊の上層部の目を覚ましたのだろう。
アメリカ相手とはいえ、対応が早くなった。
建前上は両国の強固な同盟関係を示すために、護衛艦・長門の同行が決定している。ゼタの乗艦を追いかける形だ。目的は監視と……追撃だ。
「公海上でもう一波乱あるってことですね?」
『そう。緒戦はどうせあの女を止められないところを、扶桑君をぶつけて嫌味を付けた。勝負かこれからね』
自慢気に自分のいい手をアピールしているけどな。
いや俺さ、体の半分くらいぶっ飛ばされてるんだけど……。
まァいいかぁ。負けるのはいつものこと。歩兵駒はせっせと働きますか。
『じゃ、引き続き頑張って頂戴』
けッ! 可愛くねぇ鬼上司だよまったく。
「へいへい、また派手にやられ役やってきますよ」
『何言ってるの。今一番頼りになる駒があなたなんですから、しっかり勝って頂戴ね』
「はぁーい!」
ウチの上司可愛いんだp (^ o ^) q
よーしやる気出てきたぜ。
ピッと、愛情を確かめ合って通信を終了。とはいっても今のところやること無いんで、甲板から海を眺めてぼーっとしていると。
後ろから戦友に声をかけられた。
「へぇ、すげえ艦隊。アメリカ海軍の全力だな。ミニッツ級一隻、タイコンデロガ級二隻、アーレイバーク級四隻、ズムウォルト級一隻……か。世界大戦でも始める気かねぇ」
「や、ヴィンセント。急ぎの合流お疲れさま」
「へっへっへ。上からの命令でな。あんたの護衛だよ、隊長」
いつものパーティーメンバーも揃ってきたな。
ヴィンセント・ミルド、最近昇進して大佐と挨拶を交わす。
こっちの出航も急だったから、ヴィンセントとは洋上での合流だ。空輸されて航海中の船に乗りつけるとか、こいつ基地司令なのにやってること現場すぎるだろ。
おっさん歳考えろや。
「フルスペックのアメリカ空母打撃群ねぇ。アレに勝てるのか? 隊長」
「無理だな」
「無理だよなぁ」
「魔術的な改修をすませた改々ミニッツ級は無理。Aランク権能者がいないと」
「日本にもAランクはいるだろ? そいつは出てこないのかよ」
「居るんだけどねぇ」
さっき通信していた楓ちゃんもクソツヨで、あの空母一人でぶっ潰せる女の子なんだけど。
どっかの誰かがうっかり身籠らせちゃって……。責任取ってその種馬野郎が頑張るしかないでしょうね。
それにしても、やはり気心が知れたヴィンセントがいるのは助かるな。
二人してあーだこーだと作戦を立てては、無理筋であると結論付ける。
「いっそ隕石でもぶち込んでやろうかな!」
「んなことしたら千人単位の死人が出るぜ、隊長。それこそアメリカと戦争だろうな」
「はぁ……太平洋戦争は我が国のトラウマでねぇ……無理無理と言ってたけど、一番無理な選択肢だな」
でもそれくらいしか、あの艦隊を倒す方法はないなぁ。
と、要はとりあえず二人で色々選択肢をあげて、消去していくわけだ。やっぱり正攻法ではなく、何かしらのアクシデントに乗ずる必要があるな。
甲板から艦橋へあがる。
そこで艦隊司令の新城とも挨拶を交わす。ヴィンセントと新城。俺の戦歴で、なんかいい感じに助けてくれる優秀な戦友たちだ。こいつら揃ってれば何とかなるだろ。
「新城、あいつらの様子はどう?」
「今のところ変化なし。堂々とした艦隊行動だ」
「おーん」
現在、ゼタたちは日本から東へ進んでハワイ・オアフ島に向かっている。近場のグアム基地の規模では不十分と考えたのだろうか。
「扶桑、君の目からはどうだ?」
「んー……隙はないねー……。あ、一個気になることあった」
「何だ?」
「あの角ばった船。一個だけ変な」
「角ばっ……?」
軍隊にはふさわしくないあいまいな表現に、新城ががっくりと肩を落とす。ごめん、ちょっと横文字が多いとむずくて……。
俺の間の抜けた言い回しに比較的慣れているヴィンセントが、翻訳してくれた。
「隊長、角ばってるのはズムウォルト級」
「そう、ズムウォルト級。近未来って感じでかっこいいよね」
「はぁ……それがどうした?」
「んー、なんか見せてもらったデータよりも、二メートルくらい長いよね」
「ム」
落とした肩を戻し、新城が双眼鏡で船の姿を見た。
抜けた緊張感が戻り、部下のオペレーターに指示を飛ばしている。
「映像分析、どうか」
「ま、まってください。……出ました。確かに艦体が公表データより長いようです」
「何をやっている。しっかり見ておけ! 素人に負けるな!」
「ハッ!」
「はっは、怒られてる~(笑) 負けんなよ~(笑)」
気心の知れている海自オペレーターが、一瞬「誰のせいやねん」とおどけた表情で口パクしたが、さすがに司令のすぐそばで声には出さなかった。
その新城司令が、俺の肩に手を当てる。部下に不安を悟られたくないのか、声をひそめて聞いてきた。
「扶桑、理由はなんだ。何があると思う。確かにあの船は沿岸からの支援が任務で、空母に同行するのは妙だと思っていた」
「さぁ? でも向こうだって伏せ札の一つや二つあるっしょ」
「……」
「デカビーム砲とか積んでるんじゃない?」
「気楽に言う」
「分かんないもんはしょうがないさ。いつも通り俺が最初に出るから。あとは頼むよ、お二人さん」
敵の初撃を俺が受ける。
すると敵の一番自信のある一撃が無駄打ちになるので、そこを優秀な友軍が叩く。だいたい勝つ。
「いつものやり方さ。なぁ? ヴィンセント」
「……隊長、そのことだが――」
ばごん!
と爆発音が走った。
この艦が、波ではなく空気を伝わる衝撃で揺れている。
「索敵ッ!」
「レーダーに反応有りません!」
「爆発音はアメリカ空母の内部からです! 魔力反応、増大中!」
「ダンジョン発生反応! ミニッツ級の後方に広がる。ダンジョンモンスターの幼体を投下した模様」
なんだなんだ。いきなりじゃねえか。
やっとお待ちかねのトラブル発生か。ウチの社長の読みが当たった。奴ら、幼体の羽化を抑えきれなかったらしい。
「うへへ、仕事の時間だゼ~~。ヴィンセント、君はここで狙撃支援を……――ヴィンセント?」
「隊長、動かないでくれ」
カチリ
と拳銃が俺の頭部に向けられている。
振り向いてその持ち主を確かめる。
最も信頼している戦友が、拳銃のセーフティを外した。
ーー
改々ミニッツ級:改ミニッツ級に、さらに魔術面での近代化改修をほどこした艦種。メチャ強いぞ。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
投稿が空いた関係でなろうのUIとか全部すっかり忘れてまして、感想とか全然返していませんでした。すみませんでした。いただいた感想、とてもやる気が出ます!