第七十八話
ゼタが去ってからも、俺の胴体に打ち込まれた衝撃は止むことがなかった。
バシンッ! バシンッ! バシンッ!
と、打撃が途切れない。
俺は仰向けのまま、地面に打ち付けられている。心臓に杭を打たれた吸血鬼ってのはこんな気分だろうか。
「が……ッ、ア……!」
マジで痛いんですけど。
だが、ここでずっと転がっているわけにはいかない。
切り札のSランクアイテムの一つ。『無限剣』を発現させた俺は、煌々と輝く剣先を自分の腹に向け、
「ギッィィイイイィイィイイイ……!」
突き刺す。そのまま切腹の要領で、逆手で腹を引き切る。
「ギッ……! ぃ……! ぃいいいいッ!」
さらに剣を胸部にまで持ち上げ、ぐるっと胴体を一周。殴られた部分を切り出した。
切り取った肉、内臓がベチャリと零れ落ちる。まだ殴られた衝撃が「バシッ!」と続いているが、その肉が少しずつ塵になっていくのと同時に俺の肉体は修復された。
「シィィ――……っ。フゥ――――……。ペッ! あ、あの女舐めやがってェ~~……」
不覚。五分ほどのたうち回ってしまった。
だが逃がさん。
「この方向は……東京方面か」
これまた舐めていることに、ゼタはあの強大な魔力を隠していない。大まかな方向は気配で感じ取れる。この移動速度はヘリか? これなら追いついてもう一撃できる。
俺の肉体強化した脚力なら、車やほかの移動手段を手配するよりも走った方が速い。
近くを通る東名高速道路に飛び乗り、ダッシュ。夜間の上り方面トラックたちを次々に追い抜きながら、俺は自衛隊の知り合いに通信をかけた。
「新城、聞こえる? こちら扶桑」
『こちら新城だ』
「目標は東京方面に向かって移動中。トレースしているな? 正確な位置を教えてくれ」
『ああ、特徴的な魔力だ。いまポイントを送る。状況は?』
新城から送られてきたゼタの位置は、東京上空に差し掛かりつつあり。よし、追いつける。
「状況は良くない。さっきまで殴り合ってたけど、奴に何らかの権能を奪われた。奴はすでに目的を達した」
『! 交戦したのか?!』
「ああ、ヤバイ敵だ。そっちからも応援を寄越してくれ」
『待て! 危険だ!』
通信相手の新城が待ったをかけたが、俺はそれを却下した。
ここは慎重になるところじゃない。
「ここで手抜くほうが危険だろ。権能を好き放題持っていかれる実績なんて作ったら、国の将来に禍根が残る」
『相手は合衆国だぞ、政治的に危険だと言っているんだ! 交戦は許可できない、戻れ!』
「うっへへ、どうしよかなぁ。俺は自衛隊じゃないからな~~」
『聞け、扶桑! チッ――』
見つけた!
高速道路を周りの車の三倍のスピードで駆け抜け、ゼタに追いつく。
首都の夜景に向かって真っ黒の軍用ヘリが飛んでいる。
(母港の横須賀じゃなく、東京に向かう? 何を企んでるか知らんが……)
先手必勝。ここで叩き落とす。
「デァアアアァアアッ!」
アスファルトを思いっきり踏みきり、空中へ。ゼタが乗るヘリに向かって一気に飛ぶ。
外観は恐らくアメリカ軍ヘリのブラックホーク系統。それも特殊作戦仕様か。夜に溶け込みそうな、視界欺瞞魔法がかけられている。
その客室からゼタが出てきた。
仁王立ちか。余裕がありやがる。ゼタは操縦席に向かって「離れていろ」と顎で示し、そして向こうから逆に飛びかかってきた。
「はッ、またお前か! 殺しても死なん奴は初めてだ!」
「逃がすかァ! 持ってったモン返せよォ~~~~!」
「これは我々の方が有効に使えると言っただろう。……『建国と支配の権能』!」
ドシュウウウ! とゼタの拳が俺の腕に直撃。
何て強力なパワーだ。全力で守っても半身が吹き飛ぶ。それに必死に肉体修復しても、またしてもバシバシと連続的な打撃が始まった。
これ超ズリィ~からやめろや!
俺はとっさに、ブチブチと左肩から先を引きちぎり捨てる。
「ああああッ! もう! 痛い!」
「怪物め。不死の追跡者というわけか」
「怪物って、オイオイどの口が……」
言いやがる。
この化け物が。PAや魔法箒・杖なしで、生身単独での自由飛行かよ。普通人は飛ばないんだぞ。
自由自在に飛ぶゼタに対し、俺はこいつの襟元を握るので精いっぱいだ。
修復し終わった左腕で、さらにもう一撃ぶん殴ろうとしたところで――視界の端にPAのジェットエンジンが光った。
海自製のPA。
俺とゼタの間に割り込んできて、引き剥がす。そのまま急降下。東京の夜景が、遠景から一気に近づいてくる。
割り込んできたPAのパイロットは良く知る男だった。冷泉慶太二尉だ。
「冷泉くん! 離せよ!」
「無茶ですよ扶桑さんッ」
「邪魔すんな! あの女はどこに……?!」
クソ、真下か。もう着地寸前だ。眼下に落ちていくゼタは、勝ち誇った笑みを浮かべている。
まだまだ、まだもう一発――
「よく見て、すぐそこにアメリカ大使館です! 敷地に落ちるわけにはいきません!」
「ぐ……ッ! 何だとォ~」
東京都港区赤坂一丁目。
そういうことか、ゼタの目的はここへのエスケープ。空中で揉み合っているつもりが、ここに誘導されていたのか……。
さすがに大使館には無理やり押し入るわけにはいかない。
闇夜での暗闘なら記録に残らないし、いくらでも誤魔化せる。だが、ここで暴れたら全て白日のもとだ。外交への影響が大きすぎる。
しぶしぶ大人しくした俺を、冷泉はわざとらしく地面に組み伏せた。全然痛くなかったので、要はアメリカ向けのパフォーマンスだ。敵意はないフリをするための。
「こちら海上自衛隊所属、冷泉二尉。伝達の遅れから、我が国の警備に一部混乱があったようです。かような混乱を防ぐためにも、事前申請のない都内上空の飛行はお控え下さい」
「ご苦労さま、二尉」
そう一言、悪びれもせず。ゼタは門の向こうから告げ、大使館の中へ入っていく。
逃がしたか……。
「冷泉くんさぁ~、あともうちょいだったのに」
「落ち着いてください。アレを相手に大使館巻き込んで撃ち合うわけにはいかないでしょう。外交が吹っ飛びますよ」
「でもよぉ、逃げられちゃったぜ?」
「奴が帰るなら明日以降でしょう。公海上のほうが仕掛けやすい、と新城司令はお考えです」
「……!」
冷泉がこちらに顔を寄せて、ヒソリと呟いた。そういうことか。
国防を担う彼らが、あっさりと引き下がるわけないと思った。追撃は海上で、か。
「さっすが冷泉くん! 分かってるじゃん」
「はぁ……調子がいいんですから。仕掛けるにもタイミングがあります。だから今日のところは引き上げです。長門に招待するので、大人しくしてください。いいですね?」
「了解であります!」
「あと首都上空で暴れたことについては、たくさん書類を書いて言い訳しましょう」
「ヴェ~~」
俺は明日に備えて英気を養うべきと主張したが、即却下。
事後処理に頭を抱えている新城と、苦笑している冷泉の側で、夜通しいっぱい書類を書くことになった。
――
生身での自由飛行:魔法が一般的になっても単独飛行は難易度が高い。特例を除き、PAや魔法箒・杖などが必須となる。