第七十七話
俺――扶桑景一郎の戦闘スタイルは、ここ数カ月で急速に洗練されてきた。
最初はただ耐久力に頼り、ダンジョンを潜り続ける日々。
しかし、制限時間付きのダンジョン攻略や、濃厚な従軍経験。戦闘をするということは戦闘目的があり、目的を達するにはただ生き残ればよいわけではない。
その教訓が俺の戦い方を、より攻撃的に研ぎ澄ませてきた。マジで。自慢じゃないけどマジで。
その俺もゼタ・ミーゼスという怪物相手では、とっさに防御に全集中せざるを得なかった。
(なんて魔力量! いや、魔力量だけじゃない。この、魔力操作は……桁外れだ!)
十キロ先まで届くほどの莫大な魔力。
その九十九パーセントを、極限まで圧縮して身にまとう。核兵器未満の通常火器では、肉体は傷一つ付かないだろう。
残りの一パーセントを、薄く薄く延ばして周囲に広げる。これで周囲十キロの不意打ちや電波、念話を遮断している。
魔力の操作は、魔法使い同士の基礎にして奥義だ。こんな濃淡のつけ方、見たことがない。
美しさすら感じる戦闘態勢。凡人には一生鍛錬してもたどり着かない。努力の延長上には無い領域。
これがゼタ・ミーゼスか。
「『銃の権能』」
「ぐへぇ……っ!」
そのゼタが自然体で構え、俺から奪った拳銃を撃ちかけてきた。
ガン、ガンッ!
と、撃ち込まれる弾丸を、かろうじて両拳で防ぐ。
「お? 硬いな、お前」
「ぐ、ぐぐ……人の銃で遠慮なく撃ちやがって……」
そうそう、繰り返しになるが。俺の戦闘スタイルは、急速に洗練されてきた。本当だって。マジで。
俺の権能は『生還の権能』。回復だけではなく、ちょっと痛いのを我慢すれば肉体操作もできる。毒にも強い。
だから例えば、水銀ベースの液体金属を事前に飲み込んでおく。そしていざとなったら体内をめぐらせて、拳にまとって固定。
攻防一体の武器にすることもできた。これなら弾丸程度、なんとか弾ける。
「ふーん、自己修復系か。銃痕が既にふさがっている」
「そっちは『銃の権能』、ね。アメリカらしいや。お国柄かな?」
「フッ」
不敵に笑うゼタの様子を見ずとも、俺は直感していた。
(まだ奥の手があるな……?)
そう推測できるほどに、ゼタの銃の威力は低い。といってもメチャメチャ痛いし強いんだけど。世界最強の権能者がこんなもんなわけがない。
だが、考え過ぎるのは無駄だ。
どんなに奥の手を隠し持っていても、出す前に倒してしまえばいい。
っつーか、ぶっちゃけると……そもそもこんな怪物に全力出されたら勝てないわけで。全力を出し切らせない短期決戦しか、こちらにはない。
「いくぞ~! はァッ!」
「おっと」
銃弾を浴びせられながらも、思いっきり距離をつめてパンチ。
パンチ、パンチ、からの右ストレート。ラッシュ。
一生懸命拳を振り回すが、あれもこれも躱されてもう何なんこいつ。これだから才能あるやつは。
「はは。お前、PA乗りか」
「む……!」
「魔力をふかすような移動だ。生身でも癖が抜けていない」
「むむむ」
ゼタの顔からは余裕が消えない。目も良いのか。こっちの動きや魔力操作は全部読まれている。
一歩離れたところから次々に銃弾を撃ち込んでくる。それも俺の肉体修復がしにくい、四肢の関節を的確に。
おそらく、全力の一割も出していないのだろう。黄金色に輝くゼタの髪の毛、その一本すら脅かせない。すっかり手玉にとられている。
Aランク権能者とそれ未満では、これほどまでに実力が隔絶している。世知辛いね。
(だが!)
だから、読み切っているからこそ、この踏み込みは予想外だろう。
事前に『生還の権能』の肉体操作を応用して、血の結晶に魔力をストック。練り込んでおいた。
その結晶は俺の左胸=心臓に隠されていて、力をこめたら炸裂。全身を駆け巡り、魔力が瞬間的にブーストされる。
踏み込みからの、左フック!
バキッ!
と、ぶつけた拳は、ゼタの圧倒的な魔力の壁に阻まれた。硬すぎ。軽く差し込まれた肘がビクともしない……ひどい実力差だ。
「切り札はこんなものか」と片眉を上げて、鼻で笑ったゼタ。その彼女の肘を掴み――
――ここだ。
「『瞬間移動』」
「ん!」
通常、大きな溜めな必要な術。
だがその転送距離をギリギリまで切り詰めることで、発動速度をインファイトに織り込むことができる。
一メートルに満たない『瞬間移動』。
こんな短距離の移動、戦術的には意味がない。こっちも一緒に飛ぶわけで、相対位置は変わらない。回避にも時間稼ぎにも使えない。
それでも、魔力は剥ぎ取れる。
ゼタの圧倒的な魔力防御。その魔力そのものを無理矢理置き去りにすることで、瞬間移動直後は防御を丸裸にできる。
(『瞬間移動』は一度も見せていない、スウェーデン流の術! 日本で、日本人が、日本の土地を守るために戦うなら全くの想定外のはず、だから――)
この一撃は入る。
全力を拳に集中。さらに拳にまとわせた液体金属を刃に変形し、むき出しのゼタの顎にめがけ、渾身のアッパーカット!
何手も、何手も積み上げた俺のフィニッシュブローを――
天才ゼタ・ミーゼスの一手が上回った。
全魔力を拳に集中した、つまり無防備になっている俺の手首を、ゼタの手刀が切り落とす。アッパーカットは根元から切断され、先端はむなしく転がり落ちた。
「ああ、知っていたよ。お前、ウクセンシェーナ家の側近だろう?」
「な、なんで……!」
「PA乗りにも癖の違いはある。ふくらはぎの魔力をふかすのはスウェーデン製のPA-02。背中と脇腹を主に使うのは日本製の95ASI」
「……ッ!」
「お前はどちらもやっていたからな。両国に関係あるものと見た」
なんて女だ。
魔力のかすかな癖だけでそこまで。
「そして凡庸な戦力にしては、良い攻めだった。敬意を表そう。
――『建国と支配の権能』」
半身に引き絞ったゼタの拳に、魔力が集中していく。
権能の宣言。もともと強大だったゼタの魔力が、さらに爆発的に膨れ上がり、拳に集中。昼間かと錯覚するほどに輝く。
そして次の瞬間。
解き放たれた、噴火にも匹敵するエネルギーが俺の胸を貫通した。
「私の『建国と支配の権能』は」
「ガ、ハッ――……!」
「殴り飛ばした相手を支配し、能力封じ続ける。まぁ大体殴っただけで死んで終わるんだが……」
「ま、だ……!」
「お前は回復系のようだ。これは効くだろう」
「――!」
起き上がれない。
まだまだ。回復が得意な俺にとっては、まだまだ戦いはこれからのはずなのに。
『生還の権能』が上手く回らない。回復が阻害、いや、回復したそばから何度も何度も衝撃が来る。
意識が遠のく。
その視界の端で、ゼタがつぶやく。
「『相互確証破壊の権能』は貰っていく。これは属州には荷が勝ちすぎる」
――
『建国と支配の権能』:超パワーの一撃と、一撃を加えた相手の支配・無力化。
こいついつも負けてんな