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第七十六話

 日がすっかり暮れて、まばらな街灯があたりを照らしている。


 神奈川県のこのあたりは、東京湾から陸に揚げられたコンテナの集積地だ。業務用の倉庫ばかりが並んでおり、人通りは少ない。


 開発中の土地も多く、整地もそこそこの空き地に倉庫が点在している。


 そこに……


 カツ、カツ、カツ


 と、一人の女性が歩いてくる。


 スーツスタイルで、倉庫ばかりのこの辺りにはあまり相応しくない格好だ。


 ドアミラー越しにその女性を認めた俺は、フラフラと倉庫の敷地に入っていく彼女を呼び止めた。


「こんばんわー?」

「Oh、コンバンワ」

「何かこちらに御用がありますか?」


 呼び止めた相手は外国人風の女性。ただ、俺が追っているゼタ・ミーゼスとは似ても似つかない。顔つき、体格、年齢が全くの別人だ。


「この先は空き地ばっかりで、観光できるもの何もないですよ」

「ア、イイエ! 観光と違います! 私の目的はビジネスデース」

「ビジネス?」


 こんな港の郊外に、それも夜遅くに。不審な点ばかりだが、相手はこう取り繕う。


「ハイ! 私、世界の物流コンサルタントをしてオリマス。M&Aが得意です。クジマ運送に用事があってきましーた」

「ああ、そうですか。弊社に御用ですか」


 俺は看板も何もない周囲を見回して言う。


 そして不思議そうな表情を作って、問いかけた。


「よく分かりましたね。ここが九島(クジマ)運送株式会社だって」

「Hmm……私、日本の地図難しいね。とても迷いましーた」

「日本には来たばかり?」

「ハイ! とても迷っタ。でもあなたが乗っていたトラックにクジマと書いてありマシータ!」

「ふーん」


 そういって彼女は、道路の近くに止めてあるトラックを指した。確かに荷台のところに、デカデカと社名が書いてある。


「その通り! ここがクジマ運送です。日本語がとてもお上手ですね」

「?」

「この国の独特な文化だと思うんですが……トラックに書いてある文字は前から、運転席の方から後部座席に向かって読むんです。船名とかもそうです」


 目の前にいる女性の微笑みは変わらない。


 その微笑みは、先ほどから貼り付いているように変わらない。


 あちらも、こんな空き地だらけの郊外で呼び止められたことに警戒している。


「ウチの会社のトラックの荷台って、左から読むと()()()……外国に方には魔術(マジック)株式会社なんて間違えられたりするんです。クジマを探している日本語初心者が、あれを見てここが目的地だと思うのはかなり難易度が高いはずなんですが――」

「……」


  街中で「ターャジス」とか書いてあるトラックを見かけたら、日本人なら左から読んで混乱したあと右から読んで納得する。だが外国人にはかなり難しい異文化だ。


 でもこの女は難なく正しい読み方をしてみせた。


「その通り! 右から読んでクジマで正解です。初めて来たのに、日本の文化にお詳しいんですね! でもスピーキングは妙に苦手そうですね。こんなに一気にベラベラと喋っても、全然聞き返さないくらいリスニングは完璧なのになぁ……」

「フ……」


 罠にかかった。待ち受けられていたのだと察して。


 彼女は不敵に笑った。


 先ほどまでの微笑みとは全く違う性質の、獲物を前にした獰猛な笑い。


 予定では、少しくらい狼狽えてくれると思ってたのにな。


「フ、フフフ……面白い。お前、どこの所属だ? 九条か?」

「く……っ」


 口調が変わる。つたないイントネーションがネイティブ同様に修正され、同時に莫大な魔力が噴き上がる。思わず後ずさった。


 さらに、目の前の女性の顔、体格がゾワゾワと変わっていく。


(変装魔法? 視覚の欺瞞魔法? いずれにしてもなんて精度だ。人種や歩容まで変えられるのか……)


 ゼタ・ミーゼス。


 ミーゼス財閥、そしてアメリカ最強の権能者。


 最優先攻撃対象のその人が現れる。あらわになる、といった方が正しいか。


「で?」

「は、はい」

「どこの誰か知らないけれど、必死に喋ったからには時間稼ぎだろう。まだ待つのかな?」

「うごご……」


 そーなんだよ! どうなってるの。


 元々の手はずでは、ゼタが来そうなダンジョン発生候補地をいくつか予知・予測。その内一つを俺が待ち受けて、もし当たりなら喋って時間を稼いで包囲して攻撃。


 そのための手練れも九条家から何人も派遣されている。取り囲んでいるはずなのだが。


 みんな前もってやられちまってんのか? なんか全然音沙汰ないんですけど。だとしたらマズイな。一対一か。


 内心焦っていたら、ゼタのほうから会話を続けてきた。


「最近、この国で強力な権能の発生を確認している」

「あん?」

「規格外、信じがたいことにSランクのものが二つも。一つでも史上初のことだ」


 瞬間移動の力を与える『星の勾玉』。


 それとデカ蛇ヤマタノオロチを倒した時の『無限剣』。


 その二つだと俺は察した。


「そして、我々の情報機関は提言をした。そのSランクの権能は三つある可能性が高い」

「三つ……? なぜ」

「キリスト教の三位一体。司法・立法・行政の三権分立。もっとも安定した多角形が三角であるように、この数は強い意味を持つ」


 そうなんだ……。初めて知った。


 でも確かに聞いたことがある。


 何か飛び抜けて位の高いものが一つである場合、独占が起きる。二つである場合、対立が起きる。三つならば、安定する。


 だから世の中には世界三大とか、三という数字が挙がることが多い。


 だとしたら――


「だとしたら。この日本で最高ランクの権能であるならば。一つは数カ月前にあったヤマタノオロチ騒ぎであろう。古典によれば大蛇の亡骸からは『剣』が出たはずだ。二つ目は不明だが、不明ならば最も隠匿性が高い『勾玉』だろう」

「……」

「そして残りの三つ目は『鏡』である。これがCIAの出した結論だ。心当たりは?」

「……さぁね」


 あるに決まってんだろ。


 勾玉、剣とくればあと一個は鏡。この国では常識だ。


 っていうか今まで気付かなかったなー。そうじゃん。確かに三つ揃えじゃない方がおかしいじゃん。


「我々はその『鏡』を絶対的な反射、『相互確証破壊の権能』と呼んでいる。核戦略を覆す品だが、ゆえに核保有国が持たなければ意味がない。それを属州の代わりに使ってやろうというわけ――」

「もう分かった。分かったよ」


 今度は俺がゼタの長話を止める番だった。


 さっきから興味深い話ばっかり飛び出しているけれど、今、この場で。要点はそこじゃない。


「時間を稼いでも無駄なんだな? こっちの援護は来ないんだな?」

「あぁ、来ない」

「クソが~~、どうやってんのか全然わかんね~~。んでそっちは援護呼んでんのね?」

「あぁ、来る。話が早いなお前」


 マジで世界最ツヨと、セシリア・ウクセンシェーナや九条楓とタメを張る怪物と一対一かよ。帰りたい。


 でもしょうがねぇからやるしかないか。


 俺は素早く愛銃(スミス&ウェッソン製M686プラス!)を抜き、ゼタの眉間に照準を合わせた。


「動くな! 一歩でも動いたら――」

「『(Grace)(of)権能(Gunfire)』」


 手元から拳銃が弾き飛ばされ、ゼタの手に収まる。余裕の笑みを崩さないゼタが、こちらに照準を合わせ返す。


 いきなり丸腰になっちゃって、やっぱり帰りたいなあと思った。


――

Grace of ~:多神教においては神々の『権能』と解釈されるが、キリストなどの一神教では神の『恩寵』と見なされている。

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