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第七十五話

 ゼタ・ミーゼス緊急来日!


 そのニュースに日本中が湧いた。


 すでに多くのメディアが横須賀に駆けつけている。タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦から降り立った彼女を、一瞬でもいいからカメラに収めようと。


『あ! 今! 今、こちらに手を振っているのが見えたでしょうか! 微笑みながら、手を振っていらっしゃいます。ゼタ・ミーゼスさんが来日されるのは、実は三年振りのことで――』


 放送特番はのんきなものだ……。スタジオで特集を組んで、ゼタの来歴を紹介なんてしているぞ。


 いわく、十九歳にしてミーゼス家の次期当主。


 いわく、初の三十代でのアメリカ大統領候補。


 いわく、アメリカ最強の権能者にして平和の担い手。


 やれやれ。事前通告もなしに無理矢理上陸されたっていうのに、ずいぶん好意的じゃないか。我が国の主権はどうなっちまったんだ。


『あ! 今! 迎えの車が来ているようです! 恐らく大使館からの迎えでしょうか? えー……あ! また! またこちらに向かって手を振って――』


「ま、歓迎するのも分かるけどねぇ……」


 にこやかなゼタの振る舞いをみて、俺は報道姿勢に一定の理解を示した。


 確かに人目を引く見た目だ。


 長門の艦橋からという遠目からでも、カリスマ性をバシバシ感じる。


 ボリュームたっぷりの、ウェーブがかった獅子色ブロンド。それを自信たっぷりに額の真ん中で分け、庶民にも惜しみなく、絶世の美貌をあらわにしている。


 琥珀色の瞳は、自負と野望で燃えるように輝く。


 百九十センチメートルを超す長身。アメリカ人女性としても規格外に大きい。四肢には、均整がとれたスタイルがギリギリ崩れない程度にたっぷりの筋肉。殴り合ったら秒で負けそうだ。


 ハリウッドスターよりも優れた容姿、銀河(ギャラクシー)クラスの美女。これで血筋もいい財閥令嬢だというのだから、白人のお嬢様に弱い日本人なんてコロッと好意的になっちまうってもんだ。


 ただ……


「あんな怪しい女、なーんで入港させちゃうのかねぇ」


 美形な外人さん、それも愛想がいい令嬢とくれば、警戒感MAXな俺が愚痴る。


 経験則で分かる。ああいう女はヤバイよ。(※一章参照のこと)


 それを受けて新城が、


「仕方ないだろう。日米安保の範囲内だ。横須賀は彼らの母港でもある。そうそう拒絶はできない」

「でも事前通告にない入港だろ?」

「ああ」

「いくらでもゴネて時間稼ぎすりゃいいのに」

「そうもいかんさ。かの国の要求はいつものことだ。……上でも相当揉めたらしいが、結局押し切られた形だ」


 新城()()も「承服しがたい」と言いたげな表情。防者(さきもり)としては、好ましい事態ではないのだろう。


 一佐の立場から見ても()で揉めた、か。将官クラス……いや、政界クラスのゴリ押しだな。


「選挙前。それに自衛隊内も人事異動のタイミングが重なった。その混乱を突かれたな」

「ふーん……?」

「親米派の圧力で、あっさり入港だそうだ」

「目的はなんだろうねぇ。調べは付いてる?」

「不明だ」

「超あやしいじゃーん」


 二人で長門の艦橋から、しぶしぶゼタの入国を見送る。外交官用の車。入国管理とかちゃんとやってんのかね。


「しゃーねえ、追うだけ追ってみるか」

「フッ、君も不思議な奴だな。スウェーデン軍所属じゃなかったのか?」

「上長が多くてよォ~~」


 仕える相手が多いと気苦労も多い。


 さてと、ここからは海自のみんなとは別行動だな。


 俺が艦橋から出ていこうとしたところで、新城が自分の耳を「とんとん」と叩いた。小さくジェスチャーをする新城と挨拶を交わす。


「では扶桑」

「うん。またね、新城さん」


 新城の言いたいことを察して、俺はわざとゆっくり艦橋を出た。


 後ろから通信の声が聞こえる。


「こちらブリッジ、PAの整備状況はどうか」

『順調です。整備完了まで進捗90%』

「馬鹿者! 情勢がきな臭いんだ。100%まで至急仕上げておけ!」

『ハッ!』

「パイロットの操縦パターンも事前に入れておけよ。いつでもスクランブルかけるぞ。冷泉二尉、貴様が指揮を取って万全にしておけ」

『了解しました! PAの五号機はいかがいたしますか。扶桑さんが使っていた予備機で、今はパイロットがいませんが』

「ああ、五号機の操縦パターンは一旦そのままでいい」


 通信記録に残るから「部外者のためにPAを準備しとけ」とは言えない。さっきまでの会話も対面での小声だったし。


 だがこれで、いざという時のために空中戦の用意も出来た。


 お堅い自衛官のくせに気が利くぜ。おそらく新城も今回はヤバい相手だと察して、戦力をかき集めたいんだろう。


 言外のコミュニケーションを新城と交わし、下船。


 陸へ上がったところで、俺は上長への直通電話を繋げた。


『はい、こちら楓』

「景一郎です。社長、いまアメリカからマジやばい女が入国しました。どーしましょ」

『ええ、把握しています』


 電話の相手は九条楓。


 俺の上司で、社長で、奥さんで、九条財閥の当主。ついでに日本の支配層。


 この事態に楓が対処しないはずがない。その権力と責任が彼女にはある。


『ミーゼスの成金が不躾なふるまいをしているようね。目に物を見せてやりなさい、景一郎君』

「……なんか因縁とかあるッスか?」

『別に。ただ昔から気に入らないのよ。たかだか300年程度の歴史の家が、調子に乗って』


 京都人こわ。


 電話越しに、ツンと顎を上げて相手を見下す楓のイメージが浮かぶ。


 こういう家柄が良い女ってのは、たいてい同類と仲が悪い。スウェーデン(ウクセンシェーナ)日本(くじょう)の令嬢も仲悪かったが、アメリカと日本も同様らしい。


 バチバチと三人の令嬢が社交界でやりあっているのは、想像に容易い。こいつらが仲良かったら、世界はもうちょっと平和なんじゃねーの?


「んでも、俺にあれを追跡できるッスかね? あんま自信無いな~。遠くから見てたんだけど、隙とか全然ないっす。乗ってる外交官ナンバーも、どこまで追い切れるか……」

『問題ない。どうせあの女の目的は分かっている、でしょう?』

「日本独自のハイランク権能の接収……とか?」

『その通り』


 あんなのが日米安保をうやむやにしながら乗り込んでくるくらいだ。


 ただのちょっとしたビジネスや観光とは考えにくい。国家の根幹にかかわる案件だろう。


『おそらくSランクの権能が目当てでしょうね。まだ我々が把握していないダンジョンの情報を、掴んでいるのかもしれない』

「先手取られちゃってるじゃないですか、社長」

『うるさい。向こうに予知・予言系の権能者がいるとか、そういう場合もあるでしょ』


 たしかに。


『とにかく、こちらの陣営にも予知能力者は何人かいる。それとハイランクダンジョンの発生確率マップを照らし合わせれば、奴らの狙う場所は何か所かに限定できる。網を張りなさい、景一郎君』

「了解っす! 社長は手伝ってくれないんですか?」

『無理に決まってるでしょう。誰かさんのせいで』


 そうだった。この楓ちゃんは今、ポッコリお腹を膨らませて産休中。誰かさんのせいで。


 だから戦闘とか出来るわけないのだ。本当は世界でも指折り、ゼタ・ミーゼスに対抗できる数少ない実力者なのに。


 誰ですかね……貴重な戦力を出撃不可にしたのは。


『ミーゼスの成り上がりなんてさっさと片付けて。あなた最近仕事ばかりだけれど、帰って家事もして貰わないと困りますからね』

「……はい……」


 最近思ったんだけど、ガンガン味方陣営は増えてもみんな産休入りしちゃうんだよな。


 しゃーねえ、今回も一人で頑張るか。バシッと片付けて、それから皿洗いと掃除洗濯だ。


――

ミーゼス家:オランダ系移民が十七世紀にアメリカに移り興した一族。起源は応仁の乱の後なので、九条家的には成金とのこと。

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