第七十四話
霧が晴れた青空の下。
戦勝式典で、ベトナム首相のグエン・バン・タインが友軍の代表と握手を交わす。新城たち海上自衛隊の参戦メンバーも招待されており、次々に手を握った。
そして壇上で、
「ベトナムは新ソビエト連邦の圧政を脱し、自由と平和を取り戻した」
と勝利宣言。
俺達のベトナム戦線は終結した。
エジプトに続いて二か国目か。いいじゃん。このままムカつく新ソ連中全部ぶっ飛ばして世界平和にしようぜ! パチパチっと拍手をいっぱいして――
数日後。
日本への帰路についた俺はというと……
新城一佐に連れられて太平洋の上に居た。傷ついた艦隊の横須賀への寄港。その護衛という名目だ。なんかすっかり部下みたいになっちゃった。
バシッ! バシバシッ!
と、PAのエンジンを小刻みにまわして、機体を左右に揺らす。
海抜マイナス0.5メートル。
高波の底をぬうようにジグザグに飛び、
「よいしょーっ!」
「クッ、そこかァッ!」
相手のPAにめがけて魔力バーナーを振り上げる。反応よく斬り返してきた相手と、ジリジリと鍔迫り合い。
こちらの速度が上だったから、そのまま押しこんで体勢を崩す。
「ぐ……っ、扶桑さん! 危険高度ですよ、低すぎる!」
「冷泉くんさァ、敵にも同じ文句言うのか?」
「チィッ!」
弾き飛ばした海自のPA乗り。若い尉官が、半身に構えてこちらを睨む。担ぐように魔力バーナーを励起させた。
やべ、怒らせたか。向こうの機体は世代が新しい。パイロットの腕もいいし、エンジン出力は高い。本気出されたらマズイな。
「民間人が……! 海上自衛隊を、舐めるなァ――ッ!」
「うおわわわわ!」
連撃が鋭い。
ジッ、ジッと紙一重で突きを躱す。やべぇ強い。
その三連撃目。伸びきった相手の手首を掴み、そして向こうの突進の勢いに合わせてエンジンを逆噴射。
驚いた海自尉官と一緒に、背負っていた海面に突っ込んだ。
視界が海水の噴出で埋まる。空中戦用PAの、空気を取り込むだけのはずのジェットエンジンが海水を飲み込んで悲鳴を上げる。
ピ――――――――――!
と、俺達の二機とも、けたたましい過負荷の警告音を出して停止した。
『二人ともそこまでだ! 冷泉二尉! 貴様、訓練で機体を壊すつもりか』
「ハッ! 申し訳ありません!」
新城の叱責に、冷泉慶太二等海尉が応じた。自衛隊らしく直立不動である。
まぁ……故障したPAごと、ぷかぷかと海面に浮きながらの間の抜けた体勢だけど。
「だははっ、怒られちゃったね冷泉くん」
『扶桑、君もやりすぎだぞ』
「えぇ?」
『出力は訓練用に落としているとはいえ、魔力バーナーの使用は予定になかったはずだ』
「だってそうでもしないと、冷泉くんに勝てないじゃ~ん」
言い訳しながら、冷泉の首元に当てたバーナーを消す。実戦だったら首を刎ねていたけれど、訓練なので寸止めだ。
この若い自衛官は射撃の腕が特にいい。
この前のベトナム戦線でも、俺が基地に突入するのを存分に援護してくれた。その後、俺が霧で迷子になっちゃってはぐれたけど、こいつも良い活躍をしていたらしい。
まともな距離で撃ち合うと負けちゃうじゃん。
ってのを無線越しに伝えると、海面に浮いている冷泉は照れ隠しに「ぎゅっ」と口元を結んでいたが、
『言い訳はいらん! 二人とも、PAを収容して整備を手伝ったら艦橋へ』
出頭を命じられてしまった。
すっかり部下じゃないか。上官の剣幕に二人で目を合わせた俺達は、すごすごと帰投することにした。
……
…………
………………
新城に艦橋へ呼び出されたところで、冷泉二尉はギリリと握りこぶしを作り、悔しそうに報告した。
PAを脱いで、精悍な顔つきと丸坊主があらわになっている。
「申し訳ありません、司令。対PA訓練、敗北しました」
いや、冷泉くんさぁ……新城は負けたことじゃなくて、無茶な訓練したこと怒ってるんじゃね?
と、思ったけど違うらしい。
どうやら機体を引き上げて、整備班にこってり絞られたことで叱責は済んだとのこと。
負けたことを叱っていた。正規の職業軍人から傭兵まで、軍人は腕試しに負けるのをすごく嫌がるのだ。
「冷泉、敗因は何か」
「ハッ! 自分は……いえ、海自の戦術規範には、あの低高度を機動する相手へ対抗手段を持ちません」
「対策を立てるように。一対一と多対一の場合に分けて報告を」
「ハッ!」
「下がってよろしい。横須賀まで時間はある。徹底的に研究しろ」
ガツン! と敬礼して冷泉二尉が退出する。
俺とすれ違う時には「十分後にもう一戦願います」とか言って。元気過ぎだろ。
「ひぇ~熱血だなぁ」
「あれも向上心があるからな。ちなみに訓練希望者はまだまだ居るぞ」
「勝手にサンドバッグにしないでください」
俺の抗議を軽くスルーして、新城は続ける。
「スウェーデン軍はPAの運用に長けている。国家を守る身としては、出来る限り早く追いつく必要がある」
「……もしかして、それが俺を護衛に選んだ理由?」
「技術交流さ。よろしく頼むよ」
元々、民間人の肩書きでありながら海上自衛隊の装備を使った俺。その参戦を事後承認するため、日付を遡って『PA訓練インストラクター』として契約していたことになった。
これを承知しないと、母国で普通に犯罪者なので承知するしかない。
んで、契約ついでに艦隊の護衛。護衛ついでに訓練、と。トントン拍子でスパーリングパートナーにされてしまった。
もしかして新城、最初からそのつもりか? 細かいことに気が回る奴だ。
「偉くなるといろいろ考えるんだねぇ」
「自衛隊である程度の地位にいるなら、自然と身につく作法だ」
「ほーん」
「君は少々我々と文化が違うようだが」
新城の目がやや鋭く細められた。
俺はその視線を避けるように、目を泳がせる。
まぁ、ね。民間人で海自のパイロットよりもPAに慣れてるのは妙な訳で。その辺も聞きたくて俺を連れてきたのかもな。
「なぁ、扶桑。君は一体……」
新城の聴取を、手で遮る。
答えたくないわけじゃない。彼とはそこそこ戦友だし。ある程度なら他の肩書(ウクセンシェーナ家の使いっぱしり 兼 九条家の使いっぱしり)を教えてもいいかもしれない。
ただ、答えたくないわけじゃなく、答えられなかった。
ゾクリ
と全身が悪寒に包まれる。
「うぶ、ええぇ……っ」
「扶桑! どうした?」
なんだこの気配。
ここに居たくない。居ては『生還』できない。そんな逃げ出したい直感と鳥肌をなだめ、俺は新城に告げた。
「何か来る。あっちから。新城、にげよう」
「なんだと。何が来る?」
「わかんね。けどヤバイわ。今まで会ったどんな魔法使いよりも……うぷっ!」
吐き気を抑えている俺の背をさすりながら。新城は針路変更を命じた。
困惑している艦橋クルー。そこに数拍置いて、強烈な魔力が吹き付けられた。
なんて濃密なオーラだ。例の『霧』なんてメじゃないくらいに視界が潰れる。
危機であることを遅れながらに気付いた自衛官たちが、慌ただしくなる。
「魔力反応、急速に接近!」
「艦影、一! 方位1-0-0、距離10! さらに近づく」
「馬鹿な。この距離まで気づかないとは」
「強力な欺瞞魔法です! 計器の耐魔力シールド破損――!」
訓練では冷静沈着なオペレーターが、口元に泡をつけながら叫ぶ。
次々に計器、特に魔力を探知するタイプのものが吹き飛んでいく。
だが、これは攻撃ではない。
(これは……ただの魔力放出?)
魔法使いなら誰でもやっている、魔力を身に帯びる技術。初歩中の初歩。といっても、通常ならせいぜい50センチメートルの厚さがいいところなのに。
コイツは10キロメートル以上先から魔力を吹き付けてきやがった。
要は立っているだけでこの護衛艦の目と耳をぶっとばしたわけだ。
ヤバイヤバイ。だから言ってるじゃん逃げよう! マジで逃げよう!
そんななか、「ひぃゃ!」とオペレーターが奇声を上げた。慌てていたので声が裏返ったらしい。一度喉を整えて、
「い、いや! 友軍です、敵じゃありませんッ! アメリカ海軍、タイコンデロガ級。ロバート・スモールズ。第七艦隊所属」
喋りながら緊張がほぐれてきたのか。平常心の口調をとりもどしたオペレーターだったが、最後に「助かったー……」と私語をつけた。そんな彼の安堵とは対照的に。
新城がしかめっ面をこちらに寄せる。
「扶桑、どう思う?」
「無理。マジでウルトラ100パーセント余裕で無理。何が乗ってんのか知らんけどガチバケモン。死にたくないなら、ちょっかい出さずに帰ろう」
「同感だ。……が、帰ると言っても、寄港先は同じようだぞ?」
うげげ。針路からみて、向こうの目的地も横須賀か。
「だからマジでやーばーいって! 無理。あんなのに関わったら死ぬ。180度転針! ビフレスト基地にさ、帰ればいいじゃん」
「……」
「……ってわけにもいかねーかぁ……」
「ああ、どうやらただ事ではない」
とんでもない怪物が、日本に近づいている。
これを見過ごすほど新城は仕事に不真面目ではなかったし、これを見過ごすほど俺は母国が嫌いではなかった。
……
…………
………………
タイコンデロガ級ロバート・スモールズ艦橋にて。
「ミーゼス様。あの護衛艦、こちらを追尾するようです」
「へぇ? 十分脅してやったのに。よほどの鈍感か、それとも……」
ジャップにも骨のあるやつがいると言うことか。
もしかしたら久々に楽しめるかもしれない。最近はウクセンシェーナの連中がおとなしくてつまらなかった所だ。
「面白くなりそうだ」
そう笑って呟いた。
――
日米関係:この世界観でも日米安保条約は締結されている。ただし、九条家などが戦後も財閥を維持したことで、我々の世界よりもやや両国の緊張は高い。
紹介回です。
やっぱ各章ごとに、強くてクソ生意気なヒロインが必要だと思ったので登場しました。
――強くてクソ生意気なヒロイン最高委員会より