第七話
やはり、俺達はかなり深部まで飛ばされていたらしい。
ダンジョンを彷徨うこと十二時間ほど。
とっくに定時は過ぎて、今日もノー残業代デーだ。
(働き方改革、ヨシ!)
内心ヤケになりながら岩肌に指差しをし、俺は『生還の権能』の感覚を巡らせた。
この力は超高速の再生に加え、生還するための出口を直感で教えてくれる。
「セシリアさん、この横穴を抜ければ一気に出口っていう感覚はあるんですが……」
俺は後ろを振り返って同行者たちを見た。
全員残らず生きているが、全員残らずボロボロだ。慎重に、かつ最短距離のルートを選んでも、徘徊するモンスターにどうしても出会う。
何回でもくたばれる俺が囮になって、後続のセシリアたちが少しずつ敵を倒す。このパターンも限界が近い。
弾薬や魔道具を使い切ってしまった。
「ただ、マズイことが」
「何か問題が?」
「見てください。これ」
「クッ、またこの地雷植物ですか」
かがんで見た先は一見変哲のない岩肌の横穴。しかしよく目を凝らすと岩ではない。巨大なクルミのような実がいくつも転がっている。
ここまでの道中も見かけた奇妙な生態の植物だ。
暗褐色で見つけにくいが、踏むと植物にあるまじき規模の爆発を起こす。規模はガソリン火災くらい。
同時に実を飛ばし、燃やした獲物の灰を栄養に育つようだ。
(オーバーキルにもほどがあるでしょ……)
人間が踏めば即死である。
大鬼とか、このダンジョンのモンスターを狩ろうとしたらこのくらいの火力がいるのかも。俺はさっき踏んで半分くらい吹き飛んだ。
その地雷植物の群生地だ。
「やむを得ません。迂回しましょう。全隊、一度戻って先ほどの分かれ道を――」
「いや、待ってください。セシリアさん」
「何?」
俺は他の同行者に聞かれないように、セシリアの耳元に顔を寄せた。
セシリアは少し驚いた様子でのけぞった。
庶民の体臭でも気に障ったのか。
傷つくから止めてね、露骨に後ずさるの。俺は中学時代のちょっとしたトラウマを思い出して凹んだ。
「ちょ、ちょっと近いですよ、扶桑景一郎。あなた、少し活躍したからって勘違いしていない? 下々はどうか知らないですが、上流階級の交際には順番があるの」
「あの」
「いきなりは受け入れられません。でもそうね、私は優しいのでまずはウクセンシェーナの庭師から始めなさい。次は執事、そこでも活躍してどうしてもと言うなら、三百番目くらいの許嫁候補――」
「部隊のメンバーはあとどれくらい持ちますか」
「え……?」
「ここを迂回するとして、何時間も行軍できます?」
セシリアはまだ余裕が有りそうだが、副隊長以下他のメンバーはきつそうだ。
タイムリミットの話は士気に直結する。小声の相談が良い。
それを察したセシリアも、声のトーンを落として答えた。……さっきまでのトーンは甲高いってレベルじゃなかった。
「厳しい」
「ですよね」
「正直、あと一時間も難しいでしょう。弾薬も気力も底が近い。特にテレーサやアリーシャ、経験の浅いメンバーは限界が近い」
「ここを迂回したら、一時間以上かかるかも」
やるしかないか。
安全のため、セシリアたちを少し下がらせた。そして手ごろな石を横穴へ――つまり地雷群に投げ込む。
一呼吸おいて、
バゴン!
と、戦車が一台吹き飛びそうな規模の爆発が起こった。鼓膜ではなく全身で、爆圧が即死レベルであることを感じ取れる。
立ち込めた煙が収まり、石を投げ込んだあたりにチョイチョイと足を乗せてみる。
すると今度は爆発が起きなかった。
「やっぱり。一度起爆したあたりは踏み入っても、再起爆しない。このクルミみたいな植物が、種子を飛ばした後だから」
「何をするつもりですか、扶桑景一郎」
「クソ~~……やりたくねぇ~~……」
両膝に手をのせてうな垂れる。マジで痛いのでやりたくない。
でも、後ろにいる女の子たちはこれ以上歩き回ることができない。
だからショートカットである。
地雷原を掃除しながら。
金属探知機や大掛かりな重機は必要ない。要は一回でもいいから起爆しちゃえばいいわけだ。
横穴の入り口あたりは石を投げ込めばいい。奥の方まで部隊全員が通れるほど安全確保するには――
「こうするしかねぇかぁ」
「なっ! 待ちなさい、扶桑景――!」
制止するセシリアを押し留め、俺は大股で地雷原に踏み入った。
バゴン!
足元から轟音が炸裂した。
両脚の膝から下が千切れ飛び、上半身は爆風で浮き上がって頭上の岩肌に貼り付けられた。
貼り付いた先の天井に、もう一つ地雷があったのでぶっ飛ばされる。
バゴン! バゴン! バゴン! ぱよえ~ん
とコンボが繋がって横穴の入り口まで押し戻された。
辛い。
痛覚はある程度麻痺する。けれど死と生き還りの連続は、根源的な不快感を脳にへばりつける。
まあ、その脳みそもさっきから吹っ飛んでるけど。
「げぼー! ぷげげ……もうダンジョン探索はコリゴリだァ~~」
「だ、大丈夫ですか」
「ぐへぇ、い、いや。平気。平気っす。残業しているといつものことなんで」
「こんなの毎日やっているの? 日本のサラリーマンは異常者の集まりか?」
「や。この職場の場合はちょっとばかし特殊というか……」
喉奥から炭化した肺が吐き出てくる。
ずざざーっと転がりながら蘇生している俺は、さぞかしカッコ悪いんだろう。
本当は男らしく、腕っぷしでヴァルキュリャの娘たちを助けられたらよかったんだが。俺の才覚だともぞもぞと地べたを転がって、地雷処理(全部踏む)するしかない。
「これ繰り返せばいずれ出口に着きやす。これならショートカット出来ます」
「なぜ……」
「ん?」
「なぜ、そこまで尽くしてくれるのですか? ……我々は……あ、あまり、エスコートの相手にふさわしくなかった」
ほんまにね。
なんだかダンジョンに踏み入れたときとは打って変わって、神妙な態度になったセシリアたち。
何人かはさっきからしきりに、俺の腕にもたれかかってくるし、その度に別の隊員とけん制し合っている。サボらず自分で歩きなさい。
そんな態度の理由を深く考える余裕は、俺には無かった。
「それがよー。聞いてくださいよ、セシリアさん……!」
極めて由々しき事態だからだ。非常事態なのだ。
「俺の日給が七千三百円なんですが、これを実働時間の十八時間で割ってみてくださいよ……!」
「ふむ?」
「地獄の時給四百円台……! やべぇ」
「ヨンヒャクエン? 副隊長、四百円は何クローナだったかしら」
「は、セシリア様。ええと、アジアの為替は覚えにくいのですが……たしか三十クローナくらいかと」
「……………………えっ」
(三百クローナではなく?)
とか、
(日給、ウチのフェレットの餌より安い)
とか、
(うわ、この男の年収……低すぎ?)
とか。
皆さん小声でざわざわしていた。
俺は悲しくなるので考えるのを止め、さらにもう一歩横穴に踏み込んだ。
――
ヴァルキュリャ隊:二十人程度の人員で構成される北欧最強の部隊。隊員は有力家系出身か、非常に厳しい採用試験を突破している。スウェーデンに加え、他の北欧諸国からも採用している。所属員は全員Aランク権能保持者。セシリアはさらに上級のA+ランクで、実力は世界でも五指に入る。