第七十一話
オペレーション・ビンミン開始。
PA運用艦・長門が全速力。南シナ海を北上しており、俺はその甲板の上に立っていた。
「えーっと? どっち行くんだっけ……」
という、お決まりの迷子はない。ピリピリと強敵の気配を頬に感じる。それは甲板上で受ける向かい風よりも強烈に。
これマジで強い奴いそー……。厄介だな。
「ヴィンセント、聞こえる? ちょっと相談なんだけど」
『……。こちら艦橋、新城ですが』
「あ、そっか」
普段の癖でヴィンセントを呼んでしまった。いつも的確な指示をくれる、終身名誉お前が上司やれよ部下のヴィンセント・ミルド中佐は不在。
南からの海兵部隊としてすでに上陸準備中。俺達、艦載機PA部隊とは別行動だ。
さみしい。相談したかったんだけど。
残念、代わりに新城に言おう。こいつもヴィンセントと同じ、臨機応変で便利な奴っぽい雰囲気を感じる。いい感じによろしくやってくれそうだ(適当)。
「間違いました。ごめんなさい」
『通信切ってよろしいか』
「あー、まってまって。せっかくなんで相談なんですけどぉ」
『は』
「敵に強力な権能者が居る、って情報あります?」
『……? いえ、ありませんよ。敵方も、現地ベトナム兵との長い戦闘で摩耗しています』
「……うーん」
そんなわけはない。
『生還の』の安全・危険を見分けて教えてくれる直感。これがさっきからピリついている。
ゲボ吐いて青ざめて逃げ出すレベルじゃあないから、まぁAランクとかSランクのやばいヤツってほどじゃないだろうけど。強敵がいるのは間違いない。
それを読み違えていたら、作戦に組み込まずにいたら、手痛い反撃を受けるぞ。最悪負けるかも。
「敵にハイランク権能者が居る前提で、作戦練り直せねっすか?」
『……。いや、バカな。バカも休み休み言いなさい。こちらも諜報部門が活動している。そんな権能者が降ってわいてくるなんて、バカな話ありませんよ』
バカバカ言いすぎでしょ……! そんなにバカじゃないわい。ちょっとだけだ。
うーむ、まいったな。新城も優秀な武人であるのは間違いない。
が、ヴィンセントほど一緒に戦ってきたわけないので、あんまり俺の直感を信じてもらえない。あいつなら呆れながらも聞いてくれるのだが。
しゃーない。ある程度権能を開示するか。
「俺の権能。そういう強敵とか危険がなんとなーくフンワリわかるスキルなんすよ」
『なるほど。……だが、今から作戦を変えては別働隊が壊滅しますぞ』
「そこで相談なんだけど、出撃順変えてくんね?」
この作戦は海自・空自がイニシアティブを握っている。海上基地からのF-15による制空権確保。それから海自のPA部隊。俺が出るのはその後だ。
が、奇襲を受けたら先に出た奴が全滅するかも。そしたらまずいっしょ。
「被害担当は私がやる。海自は後から来てくださいね」
『むぅ……』
「多分あんま時間無いよ」
『よろしい。先鋒を変更する。扶桑機PAを先発に』
「ありがとう、新城さん! 話が分かるぜ、お堅い自衛隊の割に」
『……扶桑殿』
「はい?」
『私は防衛大と海自しか知らないが、これでもある程度柔軟なつもりだ。遠慮せず、相談してくれていい』
「了解」
『加賀、友軍艦隊、およびビフレスト基地に打電。艦載機の出撃パターンを変更させろ。Bパターンをベースに、先発をスウェーデン側の扶桑機に――』
早速、新城は他の艦たちに指令を飛ばし始める。
やっぱり若い割に一佐って、たぶんめっちゃ偉いんだよな。こんな厄介な作戦の遠征艦隊を任せられるくらいだ。実力は高い。
『再編成が終わった。扶桑機、発艦。いつでもいいぞ』
「へっへっへ、サンキュー新城さん」
「扶桑機発艦! 扶桑機発艦です!」
「アイヨー」
自衛隊側のPA部隊に「お先に悪いね」と片手で謝り。甲板員の誘導に従ってカタパルトへ。
三、二、一、
ピ―――――――――!
と、カウントダウンがゼロになったのと同時に、両肩に備えられた熱・魔力複合ジェットエンジンをふかし、トップスピードへ。
あっという間に母艦の長門を離れ、戦闘機には不可能なほぼ垂直方向の上昇。そして敵基地へ一直線。
そのタイミングで、無線にオペレーターの悲鳴のような声がひびいた。
『敵基地に濃霧発生! 急速に広がる、自然現象じゃありません!』
「来たか。さぁて、どんなやつかな」
『魔力反応大! ハイランクの権能者です。霧の権能、と暫定呼称!』
その濃霧が急速に広がる寸前に、敵基地の防空エリアに侵入。海岸の対空設備を一瞥。極力記憶に叩き込む。
まずは一手。こっちが先手を取れた、と見た。
――
自衛隊:第二次世界大戦の敗戦後、魔法の公表などの混乱が起きた。そのため自衛隊の立場・運用・文化も大きく異なる。基本的には、九条家の主導によりアメリカの影響が薄れ、フリーハンドで動ける範囲が広くなっている。例えば空母・加賀は運用開始済み。ヘリ搭載艦を経ることもなかった。また、艦名も漢字である。ただ、アメリカの信頼は相対的に低く、F-35ライトニングIIの納入は中止された。さらに、自衛隊の対外派遣による戦死も珍しくない。どちらが良い悪いとかいうことではなく、そういう世界観である。
20240903追記
内容修正したら再掲載できました! サンキュー運営。