第六十九話
海上基地ビフレストの司令部。
ミサイルやドローン攻撃に備えて分厚い壁に密閉されたその司令部は、どうも息苦しい。開放的な甲板とはえらい違いだ。
薄暗い部屋にディスプレイやコンソールが輝く。暗い部屋。
それを差し引いても雰囲気は良くはなかった。
なぜって? そりゃ俺が遅刻したからですよ。
「ようやくご到着ですか」
「すまない。こちらも深く反省している次第で、許してやってください。扶桑隊長、ほら謝って!」
「申し訳ありませんでした!」
保護者と化したヴィンセントに促されて、頭を下げる。
おそるおそる上げた目線が、自衛隊側の司令官とかち合った。
新城光大一等海佐。
四十三歳。油断なく尖らせた細眉・細目。やや面長の風貌。筋骨隆々のヴィンセントとほどの巨漢ではないが、よく引き締まった体躯は実年齢に比べてずっと若く見える。
このビフレストに集結した海自艦隊司令。暫定的に基地の司令も任されている。
そうとう偉い人なんだが、あまり肩書を笠に着る雰囲気はない。これは生来の面倒見の良さからくるものか、正論で叱責する様子は教師みたいだ。
「軍を動かすには機を持ってすべきです。遅参は友軍の全滅如何にかかわりますよ」
「はわわ……」
「すいませんね。本当に悪気はなくて、地図と時計が何度教えても読めないんです、ウチの隊長」
「ア……そそっす」
「そもそも」
ギン
と金属音が鳴りそうな鋭い視線が俺に向かう。
ぎゅげぇげ。ヴィンセント、何とかしてくれ。
てかさっきからこっそり笑っているだろ。面白がっているだろ、もう。
「扶桑殿は補給協力者とのことですが」
「はぃぃ、そうでぇす!」
「軍人ではないのですか? 民間人の作戦参加は自衛隊として承服しかねます」
「あー、エト! なんだっけ……いちおー、法的にバッチグーでして……」
「そこはスウェーデン側の準軍事工作員としてお考えください。公的機関の承認もあり、政府と契約しています」
「そう! そうでごわす」
さすがに法に触れる話はヤバいと思ったのか。ヴィンセント弁護人の異議ありが走った。
そこから新城による追撃があると身構えたが。間の悪いことに、いや良いことに。彼の側の通信機に着信があった。
苛立たしげに受話器が掴まれる。
「少々失礼。……はい、こちら司令室。何か? ……ん、だから。エジプトの艦艇は三番ドックです。そう! 多国籍軍で規格が違うんだから、全部並べるわけにいかんでしょう。はい、はい。そうしてください。……はぁ」
また着信。
「はい司令室。何か? ……ええ、待機です。待機。ベトナム側の了解が出るまでは、領空に決して入らない。――そう、そうです。偵察飛行も避けてください。何度も言っているでしょう。指揮系統が煩雑なのは承知ですが、こっちの言うこともちゃんと聞いて――」
忙しそう。単に海上自衛隊だけだったら上意下達もスムーズだろうが、寄り合い所帯だからな。
新城の多忙さを眺めていると、ヴィンセントがとなりから耳打ちしてきた。
「隊長」
「ん?」
「どこまで読んでる?」
「何が」
「とぼけるなよ。全部弁護させやがって。そこまでヤワじゃないだろ」
「おんん」
バレたか。さすがに付き合いが長いとバレるか。
ヴィンセントは俺が反論の手を抜いているのを察していた。本当だよ。リアルに本気出していなかったよ。
ちょっと新城の自衛官特有の剣幕にビビってなんかいません。ちょっとしか。少ししかね。本当。
「で、何をどこまで読んでる。悪だくみか?」
「まぁ見なよアレ」
急いで次の着信に応対する新城。俺への叱責なんてやってられないくらい忙しい。
「大変そうだね」
「うーむ。そりゃそうだろうな。艦隊司令と基地司令を兼任しているようなもんだ」
普通、艦隊司令は自分の艦隊をどう運用するかに集中する。それでもたくさんの副長や参謀や補佐役が居てなりたつ重責だ。
それ以外のことに手間を取られると決断が遅れ、軍としては致命傷になる。
何故かどうにかこなせているのは新城が優秀だから。だが、それにしても暫定的な兼任だ。
「だれかが基地司令を代わればいいのにね」
「!」
佐官なんてそんなゴロゴロ転がってはいない。だれか、といいつつ選択肢は一つだ。
ヴィンセント・ミルド中佐。階級は微妙に足りないが、合同作戦という名目で役職を付けることは出来る。
自分への打診だと察したヴィンセントは、すぐに深く思案した。現場主義が強い彼にとって、基地司令として縛り付けられるのは望ましくない。
が、自分の階級も考えるとそろそろそういう役職につく頃だ。
ここビフレストは移動要塞。常に最前線みたいなもので、ヴィンセントの気質に合う。
「スウェーデン側の候補はキミくらい。ついでに言うと。合同作戦なのに、基地司令と艦隊司令を日本側が独占するのは微妙だ」
「艦隊司令が新城である以上、基地司令はスウェーデン側、か」
「そ」
「……分かった、受けよう」
「ん。気に入ってくれると思ったよ」
「ちなみに、さっきの弁護でオレが新城と対等にやりあえると印象付けた、まで読んでいるか?」
「基地司令と艦隊司令なら、イニシアティブは基地のほうだ。私兵とは扱えない海自艦隊。これで押さえつけて自由に操る、まで読んでるかな」
「フッ」
「ふひひ」
「いつからそんなに悪い奴になったのかねぇ」
「誰のせいだ、誰の」
お前といるとこんな話ばっかりだわ。
ヴィンセントと悪だくみを交わしていると、新城が突然立ち上がった。
「ベトナム側の?! 首相? うむ、確かか。……ん。うむ。分かった、モニターにつなげ」
新城が緊張している。モニターに向かって、カツン! と敬礼を一つ。
映ったのはベトナム側の首相。
彼ら現地ベトナム人が俺達の参戦をはっきりとは認めていないせいで、ここビフレスト基地はぷかぷかと沖合で浮かんでいるだけ。
なんとか参戦の交渉を首尾よく済ませ、新ソの補給が進むまえに叩きたいところ。新城の焦りはそんなとこが理由だ。そんな大事な大事なリモート会談で。
……俺は噴き出していた。
新城が苛立ち気にこちらを睨む。すまん。いや、だって。知ってるオッサンじゃん。モニターに映ってるの。
「こちら、南ベトナム政府首相。グエン・バン・タインです」
「マジかよォ。町長って言ったの誰~~?」
実は思い返してみると、誰も言っていなかった。
俺が勝手に早とちりしただけだ。ただ者ではないのは察していたけっどっさ、一番偉い人じゃん。
「海上自衛隊、新城光大一等海佐です。会談の御申入れに感謝いたします」
「さっそくですが一佐。我々は貴殿ら、多国籍軍の参戦に深く感謝し、共闘をお願いします。これは扶桑景一郎殿との調印に基づく要請です」
「……は?」
手間のかかる劣等生だと思っていたのか。
今回の戦線の第一功が、ついさっきまで叱りつけていた相手だと気づき。新城は大いに混乱していた。
「やれやれ、隠すのが好きだな。どこまで読んでるんだ? 隊長」
「これはマジで読んでなかった」
例えるなら、主人公「おっちゃんが国王だったのかよォ?!」みたいな展開だ。
打ち首にならなくてよかった。
――
準軍事工作員:戦場、紛争地帯、またはそれに準ずる危険地帯に浸透。武器の調達や、資源・情報の接収、協力者の取り付け、非友好的な政権の転覆などを行う。場合によっては敵国の正規軍への奇襲も実施する。実はあまり法的にバッチグーではない。
清書の書き溜めがうっかり枯渇しまして、すこし頻度が落ちます。でもいっぱいプロットはあるので是非これからもよろしくお願いします。