第六十八話
メガフロート実証実験基地、ビフレスト。
元々は新ソビエト連邦が建造したもので、ウクセンシェーナ家が分捕った浮島だ。今はベトナムの南側の海に浮かんでいる。
スウェーデン軍、および日本の自衛隊の合同作戦の司令部がある。
二国に加えて、北欧からはフィンランド、ノルウェー、デンマーク。北アフリカ戦線で友好関係になったエジプト、スーダンからも。小規模だが派兵や物資の提供があった。
要は多国籍軍の一大プロジェクトなわけで。絶対遅れとか許されないのに。
まいったな。
到着予定を一週間もオーバーしてしまった。
ホクモンの町をいったん離れ。別れの際には現地妻のスアンに「どうしてもお仕事がある」と伝え。いっぱい愛し合ってから。
対岸の港から渡し舟で浮島ビフレストに渡った先で。
「扶桑隊長さぁ……。やっぱり遅刻か」
「いや、なんかね。地図通りに進んだら地図が間違ってたわけ!」
「んな事ある?」
「あるのよこれが!」
よいしょっ、と渡し舟から上がる際に手を差し出してもらいながら。
俺はヴィンセント・ミルド中佐に再会した。
地図が間違っている、という俺の主張にヴィンセントは懐疑的だった。すまん。また読み違えた。
「まぁ無事でよかったぜ。基地を案内するよ」
「よろ。ここがビフレストか~。おぉ、本当に浮いてる? すげえ!」
「上層部も酔狂な基地を作ったもんだな」
巨大な人口の浮島に作られた海上基地。メガフロートとか、モバイル・オフショア・ベースと呼ばれる基地だ。
長さ二キロメートルに対し、幅は三百メートル程度。極端に長方形なのは、滑走路機能を備えているからだな。
浮いているために、どうしても敵の潜水艦対策のコストはかさむ。対潜部隊に休みはない。
だが必要に応じて海なら世界中どこでも移動でき、一帯に制空権を張れるというのは大きな利点だ。
「これ動くんだっけ?」
「動くぜ、自力で。魔力とガスタービンの混合エンジンでプロペラ回して、MAX二十ノットくらいらしい」
「はぇ~船みたいに動けるんだ」
動ける巨漢だな。巨大すぎて浮島の揺れは感じられない。
どっちを見回しても海面な景色をながめていると、ヴィンセントが司令部のほうに案内してくれた。
「隊員たちも揃っている。声かけてやってくれ」
「オッケー」
グリンカムビ隊は三つの大隊を訓練・戦地赴任・休暇のローテで回しているので、全メンバーではないが。
見知った顔のサムウェルやラルフ隊員もいるらしい。あとで挨拶しておくか。
っていうか本来ならそういうローテで回すのが普通なんですけど。なんで俺は全員と轡を並べたことがあるんですかね。
上司の使い勝手が荒いからこうなる。
「隊長、司令部はこっちだぜ」
「お、宿舎とかも通り過ぎるのか」
「いかんせん。ヤードが有り余っているわけじゃないからな」
「それなら、ちょっとだけ寄り道しようよ」
「なに? 遅刻したくせに―― お。なんだそりゃ」
『仮面の権能』。
ここベトナムの地でゲットしたサブウェポンだから、ヴィンセントは初見か。
俺がこれを発動すると、ヴィンセントは目を丸くした。
「……別人になった」
「ふっへっへ。人種や性別も選び放題。しかも近くにいる他人にも使えるぞ」
ヴィンセントにも『仮面の』を発動すると、エジプトっぽい顔だったり。アジアっぽい顔に変わる。ガタイも変えられるぞ。
「これでスウェーデン側にはスウェーデンっぽい顔で、日本自衛隊側には日本人っぽい顔で話しかければ、色々本音を聞き出せるかも」
「悪趣味だなぁ、隊長」
「っへへ。作戦前の円滑なコミュニケーションってコトで」
「はん。ただ、部下の本音を聞きたい姿勢は――」
悪くない。
とヴィンセントは賛同した。
変装おもしろ。早速グリンカムビ隊のところにいこぜ! あいつら俺の悪口言ってたら降格だ降格!
「そういうのに使うのは感心せんぞ」
「冗談だよ」
……
…………
………………
補給船の接舷ポイントで作業していた、自衛隊の二等海士いわく。
「荷揚げ部分の寸法がシックリこないんです。ズレてると作業効率が落ちます」
「なるほど、上に伝えて改修します」
「もとが新ソ製のメガフロートだから、規格が違うんですかね。よろしくお願いいたします」
見覚えがある、スウェーデン軍の兵卒いわく。
「フソウ隊長に呼ばれて来たんッスけど。日本人って細かいッスね! 作業手順がどうのこうの。全部飛ばして良いかフソウ隊長に聞くッス!」
「マニュアルを守りなさい、サムウェル」
「あれ?! なんかフソウ隊長っぽいッス、その言い方」
合同作戦に不信感を隠し切れていない、自衛隊の曹長いわく。
「スウェーデン側の司令官が遅参とのことで。規律はどうなっているんでしょうか。しかもそれを向こうに問い合わせると、『司令官は日本人だ』とか反論されまして」
「誠にごめんなさい」
「とにかくしっかり頼みますよ」
倉庫で装備数を点検中の、スウェーデン軍の士官いわく。
「試作魔力砲。F15戦闘機の複数配備。あっちには鹵獲した新ソ製の揚陸艇。おまけに恐らく潜水艦も動員されています。これは相当腕のいい調達部門が関与してますね」
「えへへ、いやぁ」
「なぜあなたが照れるんです?」
……
…………
………………
「う、うーん。イマイチ連携が取れているとは言えないかな……」
「いや、面白い権能だ。これでかなり改善点が挙げられた」
「あと俺の評判が全体的に良くない」
「それはそうだ」
兵は遅刻に厳しいんだ、とヴィンセントがたしなめた。本当にごめんなさい。
ついでにこの後、海上自衛隊側の司令官と面会か。また叱られる……。
――
ビフレスト:ウクセンシェーナが保有する移動式海上基地。元々は新ソビエト連邦が作ったメガフロート。土台が完成した時点でウクセンシェーナ家が強奪した。