第六十三話
ベトナム側の代表、グエン・バン・タインに連れられて、町の武器・弾薬庫へ。
交渉の時には表に見せなかったが、武器庫の大きさの割に残りが少ない。底が見えている。
このタインという男……。随分な胆力だな。これほど困窮している現状をもっても、こちらに縋るような交渉は決してしなかった。
大局観を備えたポーカーフェイス。
本当に町長程度の男なのか――
「扶桑殿、こちらへ」
「あ。ああ、はい」
「これを」
指し示されたのはいくつかの結晶。結晶のなかにはダンジョンモンスター……の成長前? のものが閉じ込められている。
結晶のなかで動かないが、魔力は感じる。生きているらしい。
「これは?」
「ダンジョンボスの成長前のものだ。いわゆる幼体です」
「よーたい? そんなのあるんですね」
「まれにある。成長前に、発育が外乱などで止まってしまったもの」
「へー?」
そういうのもあるのか? 日本やスウェーデンでは聞いたことがない。
あ、そういえば。ちょっと前に居たエジプトの戦線ではそんなフレーズも聞いたような。
タインいわく、ダンジョンが形成される段階で外部からの衝撃があったり、他の阻害があったりすると成長が止まってしまうらしい。
幼体は、まさに成長途上というイメージで。ワニの赤子のように見える。
たしかに魔力は感じるが、微弱だ。
「新ソ連が攻めてきて。それから奴らが少々苦戦したところで空爆の頻度が増えた」
「その爆撃の余波が原因ですか」
「ああ。ダンジョンの形成が止まってしまったのだろう」
なるほど。平和な日本で聞かないわけだ。ダンジョンボスの幼体は、戦地だと多く発生するのか。
そうなると、一応メリットとしてはこうやって幼体のまま権能を確保できることが、メリットとしてはメリット。
しかし、ダンジョンそのものは発生しない。モンスターを倒した時のアイテムやダンジョン由来の採掘資源も採れない。また、幼体の場合は権能としてもランクが落ちてしまうらしい。デメリットの方が大きい。
これ以上空爆=ダンジョンの未形成が続けば、資源採掘ができなくなる。長期的な国力も落ちてしまう。タインたちとしては速やかに止めたいところだ。
「ただ、ランクは落ちると言っても補助的な利便性は変わらないはずだ」
「おぉ!」
サブウェポンってことか。
メインの権能よりは出力がかなり落ちるけれど、複数の権能を扱う者はいる。いいじゃないか。
「では、この中から一つ選んでくれ」
「おぉー……。ええっと、おすすめは? 強いヤツがいいッス」
「どれも……あー……うむ。戦闘向きの権能は、町の者が……あー、使ってしまったので」
「残りもの?」
さっきからタインの歯切れが悪い。残りものを押し付けている自覚はあるらしい。
さすがに戦闘向きなのは残っていない。今ある奴はイマイチなのね。
しゃーない。それでも欲しい。火力を増やせない『生還の権能』と、ガタガタの整備不良PAだと不安が残る。
えいっ
と選んだのは――『仮面の権能』。
「おー」
「ふム。『仮面の』か」
「どっスか?!」
「あー……うむ」
「ダメそう」
「別人に変装が出来る。あー……強くはならないが」
「ダメかあ」
こういうの、運がいい方じゃないんだよなあ。変装。変装ねえ。新ソ連軍っぽい顔立ちに代わって奇襲、とかかな。
火力は増やせない。けど、頭を使えば用途は広いタイプか。
俺、頭もいい方じゃないんだよなあ。
でも、頑張って活用してみるか。
……
…………
………………
そんなやり取りを終えて。
俺は新ソの連中が二百人ほど駐屯している場所に来ていた。だいたい中隊規模ってところか。機械化されて、戦車も複数台配備されているようだ。
ジャングルのなかでも小高い、見晴らしの効く丘。
そこに攻め入った俺は――
「よいしょァー!」
ぐちゃッ!
真正面から一人目の敵兵を潰した。んー、すまん! タイン町長! せっかくくれた『仮面の権能』だけどさ。あんま使い方わかんねえわ。
一応、シベリアっぽい顔立ちに代わって接近とかしてみたけど。奇襲らしい奇襲になったかな。なってないな。
やっぱり、こうやって正面からぶん殴った方が早い。
強引に近づいてからのフルスイング。プレートメイスが敵兵の頭部を吹き飛ばす。
パパパパパパパッ……
「痛ァい」
と小銃や、対戦車ミサイルや、戦車主砲で反撃はされる。されるはされる。穴だらけになる。
が、ぶっちゃけ死なないので関係ない。厄介なスキルを持つ敵権能者もいないっぽいわ。
中隊規模なら一人くらいいるかなとも思ったけど。楽勝っすね。
ババシューゥ!
と、派手に煙をあげる整備不良の陸戦型PA。とりあえず今出せる全力までエンジンを回して突っ込む。
(この陸戦型ってのはどーもな……)
好みじゃない。
ジャングルでも運用できるように。着地した状態での戦闘に兵装をチューニングしたのが、この陸戦型だ。
だがPAの本領は低空で飛び回れる高速戦闘だぜ。これは鈍重で、移動にも一苦労。長所を消してしまっている。
ガション、ガション
と隠密さも何もあったものではない金属音を鳴らして、正面攻撃だ。
「ま、関係ねえか。一般兵相手には」
随伴歩兵の頭を次々潰す。
「えいえい」
何人かの頭を吹き飛ばしたらビビらせ効果抜群だった。敵兵は恐慌状態。近づきやすい。
中央に陣取る戦車に肉薄だ。
狙いはT-90AM、とかいう時々出てくる強めの戦車。これは結構強い。魔術的な近代化改修している機体だと硬くて手強い。
強い。けど、全力を込めてぶっ叩けば壊せる。
「えいっ! えいっ!」
ジワョアァン! ガジャアァン!
と叩いて黙らせる。対戦車ミサイルとかあればワンパンなんだけどな。棍棒だと何回か叩かないといけない。
「うーん。壊れない。あ、こうすればいいじゃん」
閃いた。よいしょっ、と装甲を引っぺがして、「えいっ」と棍棒で横殴り。むき出しになったディーゼルエンジンを叩いて潰す。
お、止まったじゃーん。天才か。
慌てて出てきた戦車兵。その首をへし折りながら中に押し戻し。ぽいっと手りゅう弾を入れる。
足でハッチを閉め、とじ込めて他の乗員とまとめて焼いた。
大体半分くらい潰したかな。
「んー? こんなのが二百人だけ?」
どうにも練度が低い部隊だな。モラルも戦術も未熟だ。どんどん逃げ出している。
この程度でホクモンの町全域に喧嘩を売れるのだろうか。ベトナム民兵の練度や士気は高い。
その疑問の、解答がやってきた。
横合いから突然殴り飛ばされる。現れたのは一匹の、大柄なゴブリン。ゴブリン・チャンピオンだった。
――
T-90AM:2000年代に開発された新ソ製主力戦車。砲塔、エンジンの改良に加え、装甲や主砲、各種トランスミッションに魔術的な近代化改修を施している。