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第六十二話

「つまり、ウクセンシェーナとの交渉について、あなたに権限が一任されていると? 扶桑殿」

「ええ、そうです。これ委任状ッス」

「ふー……む」


 年季の入った褐色肌。


 白髪に、白ひげの、町長らしき人物が俺に応じた。


 グエン・バン・タイン。


 と名乗った男。タインは周囲から一目置かれている人物で、責任ある立場なのだろう。


 それにしても貫禄がある。蜂起軍を指揮しているからだろう。


「なるほど。ウクセンシェーナのサインは、魔力を混ぜたものか。これは偽装が不可能なものだ」

「アー、信じてもらえます?」

「正直、あなたがここに来たときは与太話かと思いましたが。ふー……む。本物の委任状のようだ」


 タインは委任状をひょい、と持ち上げてそう判断した。


 ほう。


 こいつも素人ではないな。何が、というと魔法の素人ではない。


 あまり魔法に精通していない者が書類をみても、偽装を疑う。が、この委任状にはそれを本物と保証するカタリーナ・ウクセンシェーナ当主の魔力が封じられている。


 これを見て一目で本物と判断したのは、なかなかの腕前だ。エジプトのときよりも手ごたえある交渉になりそうだ。


「じゃ、さっそく。書類の確認をお願いします」

「協定の調印書、か」

「スウェーデン軍や日本の自衛隊、そしてそれの後ろ盾となっているウクセンシェーナ家、九条家の両家から。本戦線への参戦の条件があります」

「ふー……む」

「これ条件一覧」

「ダンジョン採掘権に、経済特区での投資参入権、港の租借権……か」

「ええ、安いもんでしょう」

「フン。新ソの連中と大差はないな」

「あなたがたを弾圧はしません。これ特大アピールポイントね」


 こっちも正義やボランティアで働いているわけではない。アンパンマンじゃないんだから。


 ウクセンシェーナ家、九条家の両家繁栄のためが目的。そう厳しく妻たちに言い含められている。


 このベトナムの地が新ソからの独立を達成した日には、経済的にも魔術的にもつながりを深めたいところだ。


「ちゃちゃっと調印よろです」

「む……ぅ。背に腹は代えられんか」

「そっす」


 向こうの代表者タインが悩んでいる間、俺は思わぬ追加報酬を品定めすることにした。


 現地の習わし、とのことで。


 援軍の長には若い女を妻として差し出すらしい。町から選ばれた見目麗しい女性たち。そこから一人。


 いい女を見る目が最近ガンガン肥えている俺は、的確にもっとも美しい娘を選んで目の前に呼ぶ。


「スアン」


 とぶっきらぼうに名乗った。スアンちゃんか、すげ~可愛い~。女優みたい。


 東南アジアに多いイメージのぱっちりとした二重。印象的な涙袋。その可愛らしい目元が小顔を際立たせる。


 (ツヤ)のある黒髪。民族衣装のアオザイでスタイルを強調しているのも良い。


 ただ、


『こんな小男に嫁ぐなんて』


 と拒絶が見え隠れしている。というか実際に「気持ち悪い」とか「寄るな」とか明確に悪態をつかれるが。


 そういう子と仲良くなるのが好きな俺はよしよしとくびれを掴んで引き寄せた。


「ただ、扶桑殿」

「はい何でしょう」


 スアンを抱き寄せようとして頬をひっぱたかれた俺は、代表者のタインに質問を受けた。


「ひとまずは調印しよう。ただ、扶桑殿。貴殿らが新ソとまともに戦うのか、我々は信じていない」

「っと、そりゃそうスよね」

「何か保証は? 我々が苦戦したときに、貴殿が真っ先に逃げないという。背中を預けるに足る理由は?」

「んー。戦う理由ね。あんまりそういうの口にするの、好きじゃないんだけど……。こっちは妻を殺されそうになってね」


 セシリアの母。俺の義母にして妻のカタリーナ・ウクセンシェーナ。


 彼女に目がけて銃弾をしこたま打ちかけたのは、新ソの連中だ。俺の女によくも。絶対に許さない。


「……! そうか、お怪我はあったのか?」

「いや。敵は全部ぶっ倒して返り討ちだ」

「ほう」

「ただ、それじゃあ済ませない。ほかの奴らも殲滅するのさ。そのためにこの地に来た。この調印書は上司からのお使いに過ぎない」


 ほんの少し。


 タインの俺を見る目から不信感が消える。へらへらと調印書を扱う俺が、信用できなかったのだろうが。こっちも戦う理由はあるのだ。


「で、そっちは?」

「ム」

「そりゃ国土を攻められたら戦うでしょうけど。でも同じ戦場で先に逃げ出さない保証は、そちらもあるんですか? 背中を預けてよろしいか?」

「……」

「……」


 一拍おいて。


 タインの表情が暗く、暗く染まっていくのが分かった。


 とっさに、護身用の拳銃に手が伸びる。


 殺されるかと思った。


 俺に向けられた怒りではない。が、そう分かっていても、つい身の危険を感じてしまうくらいの憤怒であった。


「理由は一つ」

「ほっ、ほー?」

「奴らは年端のいかぬ子供も殺す。許さん」

「……そうですか。幾つくらいの?」

「四歳だ」

「十四歳?」


 と思わず聞き返した。


 が、タインが怒りに震えながら首を振ったことで、聞き間違いだったことに。というか、聞きたくなかった数字であると理解した。


「四歳。確かか」

「確かだ。私の孫娘だ。私が埋葬した」

「そう、か」

「そうだ」


 俺は緊張感無く会話を進めたことを深く詫び、そして調印済みの契約書を燃やした。


「これは要らない。あとで文官が来るから、そいつらと適当に決めてください」

「よろしいのか」

「いいのです。奴らの居場所は?」


 色々決めることはあるが、まずはクズどもを根絶やしにしてから話そう。


 その一点でグエン・バン・タインと俺の意見は一致した。

 

――

ベトナム独立戦争:アメリカがベトナム戦争で敗退した後、現地人と新ソ連の間で起きた独立戦争。(我々の歴史と異なり、)複数の竜が暴れまわり、国土が不安定な中国の代わりに、共産陣営は新ソ連が後ろ盾となった。しかし圧政が続き、現地人の中には脱・新ソの機運が高まっている。

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