第六十一話
ホクモン、と呼ばれる町が見えた。
ジャングルをどうにかこうにか抜け出した先。ベトナムの長く南北にのびる国土の、だいたい南端から四半分ってところだ。(――あとで地図で知った)
町にかかっている旗をみて安心した。黄色地に赤い横棒。ヴィンセントに教えてもらった、味方側の旗だ。
『隊長、ベトナムは今、いくつかの勢力に分かれて争っている』
『ふむふむ』
『こっちが味方の旗。こっちが敵の旗だ。間違えちゃダメだぞ』
『覚えました。味方、撃タナイ』
『それより。エジプトの時みたく、敵陣に迷いこむのが心配だが……』
『まっ、迷わんわい! あれは砂漠ばっかりでちょっと戸惑っただけ!』
『だといいが』
すまん、迷った。
砂漠よりもムズイわ、ジャングル。木に視界が遮られる。木登りして見渡しても、歩いていると感覚が狂いに狂う。
補給無しで彷徨うこと三日。いや、正確には新ソの連中を襲って飯や水にはありつけたが。正規の補給は無しで三日。もはや山賊だな。
ついに人と出会えたのが、このホクモンの町というわけだ。しかし、
パタタタタタタタ……
と小銃を撃ちかけられた。ひどい。なんでだ。
町の中から。それも多方向から、割と正確な射撃だ。訓練された民兵だろうか。
おかしいな。
新ソビエト連邦のやつらの圧政から逃れて独立するために。民主主義陣営として、そのために力を貸しに来たはずなのに。
「死ね! 新ソのゴミめ!」
「あれー?」
「帰れ! 帰れ!」
「ボロ雑巾みたいな見た目で気持ち悪い!」
「シベリアに帰ってろ!」
「あ、そっか」
分かった。
敵兵をぶっ殺すたびに装備を鹵獲していたから。俺の全身はほぼ新ソ製ではないか。カラシニコフ拾い過ぎた。
ぶっちゃけこうしないといけない理由があった。迷いに迷ったせいで、早々にスウェーデン製の武器は使い切っちゃったんですね、これが。
あと棍棒を握りしめているのも非常に第一印象が良くない。山賊ではないんです、誓って。
「待った待った~~! 友軍で~す!」
「なに?」
「嘘だ! 嘘だ、みんな騙されるな!」
「ボロ雑巾みたいな見た目で気持ち悪い!」
おい、見た目は関係ないだろ。さっきから俺のルックスをディスってるだけのやついないか?
まぁ、確かに服はツギハギだらけの見た目だが。だって治せるのは肉体だけで、服は縫うしかないんだ。
「本当に味方で~す!」
そう言って陸戦型PAやそのほかの武器を全て外し、パタパタとスウェーデンと日本の国旗を振った。
多国籍軍として送られた、西側の友軍。新ソ連の侵攻に耐え切れず要請された軍。話は通っているはず。
おそるおそる。
と言った様子で、民兵たちが顔をだした。
誤射を詫びた交渉の者が、「ひとまずこちらに」と町内に案内してくれた。
「どうも先が思いやられるな」
基本的に異国の地では嫌われる傾向にある。というか、毎回バチバチに嫌われる俺は、今回もやな予感がしていた。やっぱ顔が良くないとダメですかね。
……
…………
………………
ホクモンは、主要都市サイゴンから北の外れ。
郊外に位置する衛星都市といったところか。
さらに外れると俺が歩いてきたジャングルだ。ジャングルもそうだが、このあたりは地形が入り組んでいて遭遇戦が多い。戦線が複雑になっているのだ。
で、そんなん部下が消耗するだけだからとジャングルにぶち込まれたのが俺。相変わらず上層部は俺の使い勝手が荒い。
『景一郎を後方に遊ばせておくと損でしょう。最前線に放り込むだけ得なのが景一郎のいい所』
と、セシリアは言っていた。なかなか正鵠を得ていて、反論の余地がない……。
とにかく、そうやってジャングルを越えた先がホクモンの町。
郊外だからか、それに多湿な地域だからか、木の屋根の建物が多い。ただ、現代的なビルもそこそこある。
(ふーむ、力強く発展途中。なかなか有望そうな町だな)
そういう印象を受けた。
戦火が離れたあとが楽しみだ。
案内してくれたのは、使いの者。
「先ほどは陣営を確認せず、無礼を。お怪我は?」
「あ、全然余裕っす」
「弾が逸れてよかった。では、こちらの建物に代表者がいます」
「ん、どーも。ウクセンシェーナの名代が、参戦の交渉に来たとお伝えを」
「はぁ」
一応低姿勢だったが、『こいつそんな偉いわけないだろ』と顔には書いてあった。
ちゃんと交渉権を持ってきたんだけど。さすがに風貌がボロボロの穴だらけ過ぎたか。
そんな風に案内されたのは町の中心部。町役場らしき場所だ。
建物に入り、一通りの歓待らしきものを受ける。
らしき、と曖昧な表現になったのは――
(あんまり歓迎も信用もされていないな)
そう判断したからだ。
茶葉とハーブをブレンドした茶がもてなされたが、特に扱いは丁寧ではない。
相手方に笑顔がない。部外者を嫌っている。
新ソ人も。アメリカ人も。スウェーデン人も。日本人も。
自分たちの国を治めるのに他国の連中はいらん、そういう顔をしている。ま、独立運動している連中だからな。排他的になるのは当然か。
異国の地で初手、嫌われることに慣れている俺は、ひとまず茶をすすった。
「美味い」
悪くない。
この味を好むやつらとは、仲良くできそうだという予感がした。
――
陸戦型PA:高価なパワード・アーマーの量産を意識し、一般兵でも使えるように機動力をデチューンしたもの。飛行能力は低下し、陸上での砲戦能力を維持・向上している。ただ、次世代戦車と比較したときの優位性が示せず、成功した兵器開発とは言えない。現在は、ジャングルなどの機動力が効かない地形で用いられる。要は安いけど使い勝手は悪い。扶桑景一郎は新作兵器の実験台としてもガリガリ酷使されるので、本作戦ではこちらを与えられた。