第五十九話
「景一郎よ、今日も仕事かね」
俺のアパートで。正確には俺の肩の上で、飼い猫のコタツが鳴いた。
普段は自分専用の癒しスペースでくつろいでいるくせに。俺が帰宅すると颯爽とやってきて肩や頭の上に乗る。バランス感覚すごいよな、猫。
「そ、お仕事。持ち帰り残業だ」
「最近多いではないか」
「なんか知らんけど。ドンドン忙しくなるんだよね……」
「フーム。豊かになればなるほど忙しいとは。人間は不思議な生き物だな」
「なんでだろね」
人類生活の真理に近づきそうになった猫は、考えるに飽きたらしい。ガリガリと俺の背中で爪を研ぎ始めた。やめなさい。
一方俺は、カタカタとパソコンのキーボードをたたく。
たまに、楓や椿やセシリアが「夫はサボっていないか」と巡回に来るので、休み無しだ。どうしてこうなった。
「保有ダンジョン、採掘自動化はこれでよし……。採掘見込み、事業性……採算に乗れば、Bランクと。よし」
と、一つの報告書がひと段落したら。楓からのメッセージが、
ポン!
と画面右下に表示された。なになに?
『九条ホールディングスのCEO就任パーティーに出席しなさい』
この前、創業家・九条家当主の就任パーティーやったばっかりだろ。ああいうところに庶民顔が出ると浮くんだって。
という反論は常に黙殺される。仕事関連は楓に異議を唱えられない。返事は一つ。『かしこまりました』、だ。
またスケジュールが埋まる……。
夜は妻たちの相手。昼はご機嫌伺いのデートと、増えっぱなしの仕事、従軍、ダンジョン攻略。プライベートなどない。
参加の返信をしたら、次は通話の呼び出し。相手はセシリアだった。
『景一郎』
「はい、セシリアさん。なんでしょ」
『ちょっと。昨日頼んだ赤子の命名。まだ終わらないのですか?』
「あ」
『早めに決めて貰わないと。ウクセンシェーナの嫡子ともなれば、相続などで大量の手続きもあるので』
「ご、ごめんね。ちゃんと考えて、出来るだけ早く決めます」
『その後はヴァルキュリャ隊二十人分の子の名前も決めてくださいね。もう全員安定期ですから』
「あ、あわわ」
『フィリパとヴィヴィとアンナのところは双子のようで。まったく結構な繁殖力ですが、不公平が無いよう今日中に全員決めるように』
「はいぃ、責任もって決めます」
『ん』
ガチャリ
またしても決めることが一つ。これは仕事ではないが責任重大だ。
その後も、式澤くろえが跡を継いで九条採掘のCEOに就任した件。倉見眞帆が九条総合研究所の所長に昇格した件。塚原椿が九条インベストメント・マネジメントのCEOに就任した件で、それぞれ相談(命令)があった。三人とも、俺が秘書になれというもので、断り切れなかった。
君ら、若いのにすんごい出世するね。やっぱり俺の嫁さんたちの実力は凄い。
なんとかくろえの分、眞帆の分の報告書は作成終了。
椿への事業提案として、東南アジア投資戦略についてまとめていたところ、また着信があった。
なんだ、もう。
もう妻は居ないぞ。セシリア、ヴァルキュリャ隊二十人、義母のカタリーナ、九条楓、塚原椿、倉見眞帆、式澤くろえで二十六人。それ以上はいないはずだ。
うーん二十六人。
何故とは言わんが、たぶん俺は地獄行きだな。頑張って現世を楽しもう。
と、考えながら受話器を取る。
「はい、扶桑です」
『よォ~、隊長久しぶり。ヴィンセントだ』
「お」
出た相手は男だった。最近女子とばっかり話しているけれど、俺にだって男の友人はいる。
ヴィンセント・ミルド少佐。
いや、北アフリカ戦線の功績を認められて、昇進して中佐だったか。スウェーデン軍の佐官。一緒に戦地を走り抜けた戦友だ。
「ヴィンセント、久しぶり。どしたの」
『聞いたか、スウェーデン軍と日本自衛隊の合同作戦があるってよ。また一緒に戦れるな』
「マジ?」
『どうも、かなり上層部のほうで合意があったようだ。まだ公式発表はないが、ほぼ確定だよ』
とヴィンセントは付け加えた。
そういえば、この前セシリアと楓を並べて躾けた一夜で。あんまり二人の仲が悪いので。より緊密な戦力、財力、研究力の連携をするよう決めたっけ。
で、それを俺が決めたら。
指令が降りかかってくるのも俺。命令系統どうなってんの。
『じゃ、また近いうちに――お、おいサムウェル』
『隊長! フソウ隊長聞こえますか!』
「やぁ、サムウェル、久しぶり。あー、ずいぶん受話器が近いようだ」
『またよろしくス! 隊員で壮行会やるッスよ! ストックホルムのいつもの店で、十二時で! 集合ス!』
まさか今日の昼の十二時じゃないだろうな。
ストックホルムとの時差は七時間で、今の日本は十八時三十分なんだが。要は三十分後じゃないだろうな。
『あっちいってろ、サムウェル。ラルフ! こいつに時差を教えてやれ! あー、隊長。スマン、騒がしくて』
「ああ、大丈夫。顔を出すよ。先に始めててくれ」
『悪いな、いつも』
幸いここ数日平和だったからな。瞬間移動のマジックアイテムは、使用回数がダブついている。
問題はサムウェルたちに捕まったら、次の日に影響するくらい飲まされることだが……。なんであいつら、昼から飲み会すんだよ。頭おかしいんじゃないか。
しかもその後は作戦従軍。やれやれ、休む暇はなさそうだ。
気楽なサラリーマンやってた時と比べると、随分な違いだな。
ため息をついたところで。
足元のコタツが幾分すまなそうに鳴いた。
「忙しいところすまないが、夕飯がまだのようだ」
いつの間にか無くなるのは不思議だなぁ、と言いたげに。キャットフード入れを器用に持ってきて転がしている。
「はいはい」
お安い御用だ。
お前が一番、手がかからないかもな。
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ここまでの獲得アイテム:
ダンジョン由来…『星の勾玉(Sランク)』『無限剣(Sランク)』
妻由来…『死と戦争の剣(A+ランク)』『契約の羽ペン(A+ランク)』『日と月の砂時計(A+ランク)』
ここで三章完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
三章は日本・勤め先が舞台の話でした。だいたい社内でやりたいことは済んだので、次の章やるとしたらまた適当に海外に飛ばそうと思います。
本章はちょっとバランス感覚が悪かったかな、と反省点も多かったです。キャラを増やし過ぎましたね。それと起承転結の転くらいまでは苦労させたほうがいいですかね。もう少し他の作品も読んで、勉強しようと思います。
あらためて読んでいただきありがとうございました。
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感想・ブックマーク・評価すごく嬉しいです。特に感想書いていただけると、どういうエピソードが期待されているのか理解できてとても助かります。これからもどうそ、よろしくお願いいたします。