第五十一話
「景一郎、お茶おかわり」
「こっちを先に」
「……あ゛?」
「何か」
「私の方が先だが。茶も、妻になったのも」
爆心地のような会合が始まった。始まってしまった。
セシリア・ウクセンシェーナ。
ウクセンシェーナ・グループの次代トップ。既に安定期に入って膨らんだ腹を、見せつけるように撫でている。「お茶はカフェインレスで」と勝ち誇った一言。俺の子はマウント取りの道具ではないぞ。
九条楓。
九条ホールディングス、そして創業家である九条家の次代トップ。ヤマタノオロチ討伐と、そのSランクアイテム確保で大きく評価を上げ、不動のものとした。現当主高齢につき、すでに全権を確保。
その二人の会合。
ビギリ
と濃密で苛烈な魔力のせめぎ合いに、ティーカップが耐え切れず悲鳴をあげた。かわいそう。
どちらも『地球上で自分が一番』と自負している二人。絶対相性悪いに決まってるじゃん。
俺の部屋で。
財閥令嬢の二人には似つかわしくない、みすぼらしいワンルームアパートで。
お互い椅子に腰かけ、向かい合い。顎を上げて相手を見下している。俺の部屋なのに俺の椅子は無い。
「フン、一番目の妻とはこいつか。そんな気はしていたが」
「フ……。これが景一郎の、新しい妾候補見習いですか」
「ああ。この人の会社の上長で、最終的な意思決定者で、生殺与奪権を持つ者だが?」
え。そこまで俺って楓社長に人権握られてんの? 初耳ですが。
てか、やっぱり。二人とも面識はあるんだ。
上流階級の娘同士だし。社交界で会ったことはあるらしい。そもそもウクセンシェーナと九条はダンジョン開発関連で提携相手。互いを知っているのだろう。
仲はすごく悪そうだけど。いやもっと言うと、俺が二人と知り合う前から、元々なんか仲悪そう。
二人とも外面は良く保つ方だし、ビジネス上はうまくやっていたのかな。
色恋がからむまでは。
「聞いているぞ。我が国、日本のSランクマジックアイテムを無断で持ち出したな」
楓が財閥の長の顔になった。冷徹で、利益を他所には回さない。為政者の顔。
これはセシリアも痛い所を突かれたな。
ってか君、もともと産業スパイで違法盗掘の犯罪者だからね。なんか偉そうな態度にすっかり誤魔化されてるけど。
「魔法関連輸出規制法に違反している。速やかに返却せよ。あと景一郎本人も返しなさい。この残飯食らいのウクセンシェーナめ」
「フッ、フフ。持ち出した? 国で一番いい男に見切られた、の間違いではなくて? 景一郎にはスウェーデンの市民権を速やかに付与する予定です。彼はもう我が国のもの」
「あ゛ァ?」
「あん?」
ヒェエエ~~~~~~ッ?www??w ^∀^;
仲悪いってレベルじゃねぞ!
天敵じゃん。よく業務提携とかしたなコイツら。
ちなみにここでのSランクマジックアイテムとは『星の勾玉』のことだが。ヤマタノオロチ討伐でもSランクのアイテムゲットしていた。
『無限剣』。
と、名付けた剣だ。
あの爆炎が上がるボスエリアにて。ヤマタノオロチの尻尾と尻尾の間から零れ落ち、俺の手元に収まった。今は俺の右手の甲に刻印されて収められている。
本質化と呼ばれる処理をしていて、出したりひっこめたりできる。(――貴重なアイテムはそうやって、魂に刻んでしまっておく。楓の名刀『桜橘』とか、俺の『星の勾玉』とかもそう)
剣の方は、なんかいっぱい魔力出る剣だ。
魔力バーナーと何が違うのかよーわからんけど。楓たちは、
「魔法項を加えた修正熱力学第一法則を破る」
とか、
「永久機関の根源」
とか、
「ただでさえ魔法エネルギーの躍進で青色吐息の中東石油会社が息絶える」
とか難しいことを言っていた。すごいアイテムらしい。理系は苦手だ。賢い妻たちのほうが上手く扱えそうなので、適当に貸してあげよう。
さて、そのマジックアイテムの輸出管理に関する議論がエスカレートしてきた。
「ま。そうやってアイテムを輸出したということは、な。景一郎は日本など放って、見切って、スウェーデンを選んだということだ」
「見切られてなど、いない! この人は日本生まれの日本人だ! ね? 景一郎くん」
「ハッ。引き留めているがなァ。お前ら、この人を時給四百円で働かせていたらしいな」
「う……!」
「ふざけているのか? よくも私の夫を奴隷扱いしたな。恥を知れ。今さら引き止めて、妻になるなんてもっての他だ」
「そっ、そーだそーだ! 時給あげてくれ!」
セシリアもたまには俺のことを気にかけてくれる。
良いこと言ったぞ。もう百円くらいあげてくれ! 五百円台がいい!
「ち、違う……! この待遇はその。そう、この人の……そう、成長を促すためのもので」
えっ。そーだったの?
「そうなのよ、景一郎くん。あなたを昇進させて、役員にしようという話も上がっているの」
「役員? 役員って正社員スか?」
「正確には正社員というか、社員ではない。会社のトップ層として、経営に責任を持つの。株も所有できます」
「え! 社長、俺を正社員にしてくれる……ッて! 昨日言ってたッス!」
楓と枕を共有しながら。
正社員になって、車を買って、ドライブデートするのが夢だ。と伝えたら、昇進を考えると言ってくれた。
なのにウソってこと? ひどい。
「いや、だからね」
「正社員がいいッス! な、なんでェ~~? また、評価下がるようなことしちゃった? お昼のプレゼン資料ダメでした?」
「あれは割とダメだったけど……、そうじゃなくて。んん、まあ、正社員がいいならそうしましょう」
「シャオラ!」
あんなにいがみ合っていた二人が、なぜか可哀想なものを見る目で目線を向けている。
なんでじゃ。昇進嬉しいだろ。
「まぁ、いいでしょう。こうなったら、九条の。勝負だ」
「ええ。ウクセンシェーナと九条の一騎打ちといきましょうか」
「妻として責務を果たせるのがどちらか」
「世界の支配者はどちらか」
「一晩かけて、この人を満足させた方が」
「「真の妻で」」
こうしてウクセンシェーナ対九条、巨大財閥同士の決戦が始まった。
……
…………
………………
なんで学習しないんだろ、この令嬢たち。
「……♥! ♥!」
「う♥ くっ♥!」
夜の勝負で決着をつけるとか言ってたけど。
君らが勝者になるわけないだろ。
二人ともワンパンで。シーツの上で仰向けのまま陥落。両手を上げて降参している。
「こ、これはマズイ……! くっ、オ、オリヴィエ、聞こえますか」
セシリアは援軍が必要と判断したのか、スマホで副隊長に指示を飛ばす。
「こうなったらっ、ヴァルキュリャ隊の候補生も動員しなさい! とにかく九条に勝つのを優先、ええ、そうです。三百人×三学年を全部、この人に捧げてっ。なんとしてもウクセンシェーナが主導権――はひ!♥ ごめんなさい! ちゃんとサボらずお相手します!♥」
それを受けて楓も援軍を呼ぶようだ。
「塚原さん!♥ こ♥ これほどとはっ。と、とにかくウクセンシェーナは数で来る! こちらも、役員室メンバーはすべて。あ、あ、あとはっ、女性社員の人事情報も全部差し出してっ♥ そうっ♥ 既婚も未婚も全員妾として捧げて! なんとしても九条に引き止め――ひっ!♥ 申し訳ありません! お躾、ありがとうございます! ありがとうございます!♥」
二人とも。俺の相手をしているときによそ見して電話とはいい度胸だ。
まだまだ躾が足りないな。
「んじゃ。勝負は俺の勝ちね。二人も財閥も、全部俺のモノだから。仲良くするように」
「「はいっ♥!」」
ウクセンシェーナ対九条。
世界規模の富の行方を決める頂上決戦。勝者は扶桑ということで、めでたしめでたし。
――
『無限剣』:今回のクリアアイテム。使い手が調整して安定状態に保てば、無限にエネルギーを取り出せる。魔法項を加えた修正熱力学第一法則を突破できる、永久機関のキーアイテム。だが持ち主の実力よって、単位時間当たりに取り出せるエネルギーは変動する。いまのところちょっと強めのエネルギー剣。
本質化:単純な物質は破損・紛失が避けられない一方、マジックアイテムはこの処理を行うことで術者の心の中にて保管・修復することができる。出し入れ自由だが、処理自体には相当のリソースが必要。そのリソースを費やしても構わない貴重品などに処理が施される。
事後的な表現を研究がんばります。
本章のボスはとっくに倒しましたが、もう少し続きます。