表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/80

第五十話

「おおむね、ギリギリ、及第点と言っていいでしょう」


 夜景の眺めながら。


 ホテル最上階のレストランで、楓がそう評価を下した。


 飯の味の話?


 では、なさそうだ。


 俺がはしゃぎ上がってムシャムシャ食べていたサーロインステーキを、楓はつまらなそうに食べていた。


 俺のテーブルマナーのことかも、とも思ったが。それも違うようだ。(――最近、妻に徹底的に叩き込まれて北欧式のマナーは自信がある)


 じゃ、何が及第点?


「えー……っと?」

「六十点。いえ、五十九点をおまけして補欠合格ね」

「何がです?」

「伴侶としての貴方」

「はんりょ?」


 いきなり予想していなかった単語だ。


「ルックス0点。知力0点。才能0点。ただ、土壇場での振る舞いは悪くはなかった」

「は、はぁ」


 え。


 これ本当に褒められてんのか? 計算上は今のとこ俺0点なんだけど。


「そこで、本来あり得ないことに、九条の歴史上で類をみないことに、庶民にとっては泣いて狂乱すべきことに」

「はぁ」

「伴侶にしてあげましょう」


 伏して神託として受け取れ、と楓は横柄な態度で示し、デザートの柚子シャーベットを口に運んだ。


 俺はにぶい頭で。楓いわく知力0点の脳みそで一生懸命考えてみたが、もしやこれはプロポーズなんじゃないだろうか。


 と、五分ほど唸ってようやくたどり着いた。


 上流階級のボキャブラリーヤバスギだろ。


「フ、まぬけ顔。それはそうね。こんな超幸運、確実に思慮の外。夢のまた夢でも考え付かなかったでしょう」

「えー……?えーっと、つまり。本当にプロポーズ?」

「でも私は慈悲の精神で、貴方を特別に夫にしてあげようというのです。さ。スイートルームは押さえているから、今から――」

「でも俺、既婚スよ」


 全身全霊のプロポーズだったのだろう。


 仕事ができるところを見せ。武道にも長けることを見せ。ディナーでは財力を見せつけた。


 万全の態勢を整えたつもりで、ホテルのルームキーを取り出した楓。


 その緊張で紅くなっている顔が、一気に青白に変わる。


「――え? きこん?」

「あ、あのー、えーっと。嫁さんいます」

「は? そんな、まさか」


 こんな雑魚男に、妻なんて居るわけない。その先入観が、楓の完璧な一日のプランを崩した。


「嘘。嘘ッ嘘嘘嘘! 社のデータベースでは独身のはず……」

「あー……」


 そっか。


 セシリアたちとの関係は一応公的には伏せているからな。楓が慌てて取り出して、必死に操作しているタブレットには、記録されていない。


 そう伝えるとタブレットの表面を指先一つで割ったので怖い。タブレットを設計するエンジニアの皆さんは、次回作はゴリラに持たせて耐久試験しましょう。


 このままでは済まさない、と楓がこちらを睨みつけた。猛禽類がウサギを狩るときの目、そのものであった。


「……来なさい」

「え?」

「来なさい! この!」

「げおお!?」


 三つ言いたい。


 ネクタイは犬の散歩用のリードのように使うものではない。そして犬は引きずって散歩するものでもないぞ。あと俺は犬じゃない。


 という異論は、首が絞められたので声にならなかった。


「いったい、いつの間に……! まったく、報告をしなさいそういう重要なことは! 何度言ったら分かるの、重要なことは速やかに上長に報告!」

「げぇ、げぇ」

「くっ、九条の嫡流が……! 庶民に振られるなんて、許されない。あってはならない」

「げぼ」


 引きずられて、レストランの外へ。楓は俺のネクタイを握りしめたまま、エレベーターホールを凄い剣幕で通り、そのまま階を移動。


 予約済のホテルの一室へ俺を放り込む。


 俺の自由意思を完全に無視して、ベッドの支柱へと縛り付けた。これ半分犯罪だろ。


 怒りと緊張で真っ赤になっていた楓が、「覚悟しなさい」と言いながらドレスを脱ぐ。


 覚悟て。そんな誘い文句聞いたことないぞ。


……

…………

………………


「フン、何が既婚だ。どうせこんな雑魚男っ。一瞬で篭絡できる。絶対別れさせて、私の夫に……!」

「ぐ、ぐるじい。息、息でぎない」

「朝までかけて、じっくりと逃げられなく……ん。これ……。これどうすればいいのかしら。大きすぎる。……?」

ネクタイ(これ)、外して……!」

「ちょっと。扶桑君、これもっと小さくして頂戴」


……

…………

………………


「うお゛♥! ま、まって、景一郎君、まってっ 休憩!♥」

「ええ……社長、弱ぁ~~~~……。まだ始まったばっかッスよ?」

「ま、参りました♥ 負けました! だから休憩♥」

「はいはい。そういうのいいから。朝までかけて俺を落とすんだろ。はいどしたー、その意気(イキ)込みはー」

「ごめんなさい!♥ 嘘です! 完全に貴方様専用だと、理解(わか)らせられました! イキがってたけど自覚しました!♥」


 だからいったん休憩させてくれ、と懇願。


 そうやって楓は停戦と前言撤回を申し出たが、サックリ却下だ。上下の格付けが外れなくなるまでやるぞ。


 ぐちゃぐちゃに情緒を壊されて、顔は涙と鼻水まみれになって、腹には愛の刻印(ルーン)がクッキリ刻まれた楓。その小刻みに震えている腹を優しく撫でる。


 撫でるというか握りしめる。『俺の所有物(モノ)』だ、という合図だ。


 もう逃げられないからな。近畿で応仁の乱より前から続く、由緒正しい名家だかなんだか知らんが。


 内側からハラワタ押さえられたらどうしようもあるまい。覚悟しろ。


「無理♥ ムリ♥ むりっ♥! 権能ぅぅう……ッ」

「お」


 ヒュ


 と風切り音が鳴った。


 捕らえたと思ったが、例の時間操作が発動。まばたきする間もなく、俺の掌のなかから逃げ出している。


 『日と月の権能』か。


 十秒ほど時間を停止させて、逃げ出そうと画策したらしい。が……


「はい残念逃げられなーい♥」

「えぅうぅぅぅ!♥ も、許してぇ! ちゃんと人生全部捧げたから一旦許して!」


 一度ハラワタを押収された楓は、十秒程度だと寝具の上から転げ落ちるくらいしかできなかった。


 はしたなく泣く後ろ姿を捕まえて、引き戻す。


 生まれてから今まで、出会ったことのない感触に楓は降参し切っていた。うん、可愛い。だいぶ性根から叩き直しが進んできたな。


 そろそろお嫁さん宣言も経験しておくか。


「よーし。だいぶ根性整って来たね。じゃ、取りあえず不倫相手ってことでいい?」

「不倫はいや!♥ 不倫はいや! 結婚が良い!」

「それなら楓は何番目の妻か、ハッキリ宣言よろ」

「いちばん――」

「おォ? 最初からやるか?」

「ひ! ウソです! また楓はウソつきました! ごめんなさいっ、ウソ♥ 一番じゃなくっ……。一夫多妻制で二十三番目の、お手軽なお(めかけ)にしてください!♥」

「いいよ」


 よくできました。


 もうちょっと時間かけてモノにするつもりだったが。


 かなり早かったな。最短記録更新だ。


――

【 購入済 】

●九条楓(18)

181cm 59kg

93-56-94

IQ:185

権能:『日と月の』 A+ランク

専攻:経済学(博士号)

備考:九条家・次期当主。剣道の達人。ただ、強すぎたのと高校は飛び級のため、インターハイ等の公式大会は出場無し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。 評価・ブックマーク・感想お待ちしています!
― 新着の感想 ―
[一言] とってもエロくてすてきですね!() 個人的には、表現を抑えるのではなくて、むしろ過激化させてノクターンで見たいです(笑)
[良い点] 面白い。面白いが… [一言] マン屁はマズイっすよ景一郎さん!w
[一言] 個人的にはこの即落ち2コマめいたやり取りが好きだが、なろうでやるには厳しいかな。もう少しマイルドにするか、ノクターン行きしないといけなくなりそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ