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第四十九話

 ヤマタノオロチ・ダンジョンから脱出後。


 さすがに疲労と魔力枯渇で寝込んだ俺は――


 知らない天井で目を覚ました。


「あい?」


 ずいぶんと古風な天井。見回すと純和風の書院造の部屋。敷いた記憶がない布団はやわらかい。


 体を起こすと、ふわりと白檀(びゃくだん)の香りがした。


 起きたのを見計らったように、ふすまが開く。


「おはよう」

「お、おはようございます、社長」

「何をしているの。遅刻したくなかったら早く支度して頂戴」


 ふすまの先に立っていたのは、九条楓。


 相変わらず有無を言わせない様子で、朝の膳を持ってきていた。


「……???」


 まったく理解が追い付かない。俺ってヤマタノオロチを倒した後、どーなったんだっけ。


 丸焦げになって……。どうにか復活はできて……。あれ、そのあと、なんか拉致って言うか。連れ去られませんでしたっけ。


 こんな落ち着いていて大丈夫かな。


「早く食べて」

「はい」


 まぁ、この飯がうまいからいいか。うまい。うまい。


 鮭の西京焼きで米が進む。うん、良い朝食だ。


 じぃぃぃいっ


 と横から見つめられるのは緊張感があるが。チラ、と横目で見たら楓の手指がやや湿っている。


 もしかしたら、この膳は楓が用意した手製のものかもしれない。礼儀は通しておこう。


「うん、おいしいです。人生で一番の朝食です」

「そう。厨房にはそう伝えます」

「はい」


 つん、と顔を背けて出て行ってしまった。


 なんというか……。この感じ、すごく覚えがある。


 高貴で高慢で伝統を重んじる女がよくやる振る舞いだ。万国共通らしい。


 その後。


 手早く着替えて、早速出社。まずは楓の後ろを犬のように連れ歩かされる。


 仕事の補佐ということで。秘書の塚原椿はどうしたのかと疑問だったが、「今日一日は私の業務を見ていなさい」との命令だ。


 いつもの無機質な会議室で。他の社員たちが楓に恐縮しながら報告をしている。


「……と、以上で報告を終わります、社長」


「ん。途中で挙げた改善点はあるけれど、おおむねよし。これで進めて頂戴。修正版はデータで提出」


「はい社長」

「了解しました」

「ありがとうございます」


 次々と頭を下げる社員たちのなかには、俺をコキ使っている連中も多い。そんな奴らを、楓は顎で使う。圧倒的な格差・階級差だ。


 報告を聞き、決裁を済ませるたびに、


『どうだ、普段の私はこんなに偉くて権限がある』


 と言いたげ。得意げな表情を楓はこちらに見せる。何がしたいんですかね。


 一仕事終えた楓は、俺の首にリードをつけて剣道場へ。


 剣道の稽古をするらしい。


 社内でも選りすぐりの男性たちを、次々に撃ち倒していく。竹刀で人が吹っ飛ぶさまは、ちょっとしたコズミックホラーって感じだ。


 三十人抜きしたところで、面を外して『どうだ』の表情。本日二回目。


 剣道着で汗を垂らす楓の香りは、まわりの男どもには劇毒だ。決して勝てない女剣士を見て、全員生唾を飲み込んでいる。


 気持ちはちょっとわかるけどさぁ。


 いやいやいや。皆さん、よく考えて。


 防具つけた大柄な成人男性が、こっちの隅からあっちの隅までぶっ飛んでたよ。いいの? 美人だけどちょっと怖すぎない?


(要はアレか、こいつ。ダンジョンでミスって救出されたのが恥ずかしいから、実力を見せつけているのか?)


 やはりガキだな。


 社長と言っても、十代の小娘の考えそうなことだ。


 とはいっても、片手胴打ちで道場の端から端まで相手を吹っ飛ばすゴリラ女とか怖い。逃げよう。


 逃げられなかった。


 朝から、俺の首にはリードが繋がれている。わんわん……。


「さて、扶桑君」

「げ。は、はい」

「君は特別頑丈だから、しばらく稽古の相手をしなさい。他の者は下がってよし」

「ウェェ……?」

「いいから、構えて。ずいぶん戦闘には自信があるようだけど、ここでどちらが上かハッキリさせましょう」

「ひいぃい?」


 出ていく男性社員のみなさんは羨ましがっていますがねえ。


 いまから二人っきりで。さっきの三十人抜きのやられる側を、俺が担当するのか。嫌でしょ。


 だいたいさ。どちらが上かって。素の俺がA+ランクに勝てるわけないじゃん。


 そんな異議は却下されて、楓と竹刀を当てて向かい合う。いや立ち昇る魔力量がおかし――


「フッ!」

「っぇぇ」


 ギリギリまで視力を強化。


 初撃を撃ち落とす。


 撃ち落とし――きれない。なんつー威力だ。


「コッ、メェエエン!」

「いだだ。ちょっ……ちょ、ちょちょちょ。待っ――」


 思いっきり竹刀の側面をシバいたのに。はたき落とせず、俺の左肩に直撃。


 思わずくらった肩を押さえに行った右手首に、小手が一本。さらに面打ちの二連撃。


 これ防具の強度合ってる? というくらい貫通した衝撃が脳天に。


「ハァッ!」

「あーれーっ」


 そこから足払いを挟んで、合気の要領でひっくり返され、バシバシ追撃でシバかれ。


 からの馬乗り。マウントを取られて面同士がぶつかった。互いの汗の香りが面の中に広がる。


 逃げようとしたが、ぐいぐいと楓の股に腰を捕らえられて逃げられない。途中から剣道ですらない。体格差、そして人間としての格差を分からせるような。押さえ込みマウントポジション。


「どう?」

「ど、どうって」

「私、これだけ強いの。分かりました?」

「わかった、わかりました」

「ん。よろしい」


 上下の格付けを済ませて満足したのか。


 楓は一呼吸おいて、すこし緊張した様子でこう言った。


「では、最後にディナーに付き合いなさい」


 支離滅裂な業務命令だが、その気迫に異議は唱えられなかった。


――

武道や格闘スポーツの階級:魔力の使用あり/なしで大きく変わる。かつては魔力なしが公式ルールだったが、魔法技術が普及するとともに魔力ありが当然になった。魔力ありの場合、女性の方が扱いに長けるために成績がよくなる傾向にある。

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