第四十八話
超長距離の瞬間移動を発動。
火星と木星の公転軌道の間。小惑星が多数漂うアステロイドベルトに俺は飛んだ。
この辺、最近来たことあるんだよね~。
楓をはじめ、合計四人のAランク権能者の魔力。すべてかき集めたことで、転送のノリもいい。
さらに小刻みな転送を挟み、手ごろなサイズの岩にとりつく。
「もがが」
喉の奥がはりつく。水蒸気が一気に蒸発して、ビーフジャーキーみたいに乾いている。
(生身で宇宙空間……。二度とやらん)
体の破裂、乾燥と回復が繰り返される。特に眼球がひどい。
もし戻る手段がないとしたら。回復力しか取り得がない俺が、このまま宇宙空間で漂い続けるとしたら……。
(いやな想像しちまった)
忘れよう。
無名の小惑星に取り付いて、手順を済ませて準備完了。
待機していると、
ズグム!
と全身が引っ張られるはじめる。岩ごと引っ張られて地球へ。
無限の引力は、一度アリジゴクにはまった俺を決して逃がすことは無い。あのヤマタノオロチが俺を呼びつけている。直径十五メートルほどのドデカい岩石とともに。
凄まじい力。つまり加速度。
これを利用してやる。
ここは宇宙空間なので、引っ張られればそれを止める地面も、壁も、空気抵抗もない。そのまま加速。加速。加速していく。
極低気圧で肺が裂け、吐いた血が一瞬で沸騰して残留物が岩にへばりついた。
(待っていてください、社長!)
性悪・生意気・コキ使うので絶対許さないクソ女ではあるが。あいにく美人には弱い性分でな。
意外と部下のために戦うところもあって、助けるのはやぶさかでない。
それにしても、こんなに速度がついても星々は流れていくことが無い。悠然とそこにある。この宇宙のなんと広いことか。
本当に動いているのか? 感覚がおかしくなる。
が、太陽系内の星なら近い。速度を算出できる。『生還の』視力強化と、楓たちが事前に教えてくれた算出値を丸暗記。
加速につぐ加速で、すでに地球との相対速度は光速の0.1パーセントまで到達していることを計算した。
頃合いだ。
『奴の耐久力や、Aランク上位のボスモンスターの耐久実績を考慮すると、試算上これくらいのエネルギーが必要でしょう。太陽と地球から位置と速度を算出できる』
『よくわかんねンで了解っす!』
『……すごく不安……。丸暗記しなさい』
『了解っす!』
そんな相談も出発前にしておいた。
加速ヨシ。
転送開始。
出現したの先はヤマタノオロチの直上。距離五メートル。勝ったか。
(いや、マズイ!)
微妙に、ずれているぞ。オロチが巻いているとぐろの、完全な直上ではない。
しまった。
俺の魔法の実力だと、一発勝負であんまり精密な転送は――
と焦ったところで、楓の時間戻しが発動した。例の『日と月の権能』。たんまり魔力は吸い上げたが、泣きの一回分残していたっけ。
遠くから俺のポカミスを見て、補助してくれたらしい。
(ナイスサポート、流石っす社長! 一生ついてくっす!)
楓の咄嗟の機転に感謝しつつ、誤差修正。
(今度こそヨシ! ご安全に!)
蛇の頭の、すぐ真上に。音速の千倍のスピードの物体が突如出現する。
進行方向の先。あまりの速度に広がって逃げ切れない空気が、急縮。断熱圧縮されて一気に温度が上昇し、爆炎と化す。
灼熱を帯びた四千トンもの隕石が、Sランクボスモンスターの反応速度を上回って直撃した。
山のように大きなとぐろを巻くヤマタノオロチ。
そのとぐろ姿から臨戦態勢に移ることもなく。頂上からふもとまで溶けていく。肉片すら焼き尽くされていくその様子を、俺も爆圧を受けて砕け散りながら確認した。
戦果確認。目標撃破。
こちらも四肢が飛び散り、全身の皮膚が炙り尽された。
「あだだだだだだだだ」
だが、気絶してはいられん。気合いと根性と、そして権能で意識は繋ぐ。『生還の』回復力を全力で腕に回し、意識を保つための頭部を庇った。
(社長たちは……? あそこか!)
このままだと、あの四人は爆発の余波で火だるまだ。救出と脱出が要る。
片目、片足片手、そして運動機能を司る部分の脳を優先して修復。
ヤマタノオロチよ、どうやら俺の方が不死性は上だな。さっすが建国神話のイザナギ様。その息子にボコられた蛇とは、権能のタフさが比べもんにならん。またお参りいこ。
修復、さらに連続で転送をかけて四人が待つ岩肌の裂け目へ。
「……ぁ……ぉ……!」
「扶桑君!」
掠れて、いや。喉が首ごと潰れて声が出ない。
最低限の肉体修復で手を差し出す。その手を楓が受け止めたのを確かに目視。背後には爆轟の衝撃が迫る。
間一髪。
地上への転送に間に合った。
……
…………
………………
生還だ。
地上に出ても、例の引力が発生しない。確かにヤマタノオロチ討伐完了。
なんだかんだ生きて還るけど。今回は過去最高にヤバかったかもしれん。そもそも連続転送&詠唱省略なんてチート技、他のメンバーの魔力がなければ無理だった。
魔力も品切れ。傷の治りが遅い。
「かッ……ふ……あ゛ー。キツ」
(全身ほぼ全部ぶっ壊れたしなァ……。これ後からすげぇ痛いのくる奴だわ……)
治るにしても。治る過程でのやけどが辛いんよ。激痛は声を我慢できないほど。
今回は特にダメージがデカい。
まだ立ち上がれない。
倒れ込みながら見たのは、山頂付近からほとばしる火柱。噴火みたいだ。
楓たちの試算によると、理論的にはトップクラスの原子爆弾並のエネルギー。ボスエリアが地下深くで良かった。いわゆる地下核実験施設のように、上手い具合に着弾エネルギーを緩衝してくれたか。
緊急避難だからやむを得なかったけど。正直もっと被害を覚悟していた。会社の警備担当とかを巻き込まなかったのはラッキーだった。
いろいろ穴だらけだったクリアリザルトを見直している俺に、楓が近づいてきた。かがんでこちらの回復を確認している。
うむ。国宝級の美貌に傷はなし。
消耗しているが、大きな怪我もなし、か。万々歳だな。これクビ回避成功じゃねえかな。
「――」
「あ゛、しゃぢょ……ごぶじで……」
「――」
「すいぁせん。ちょっと、みみが遠くなって」
鼓膜も修復し切っていないな。
耳鳴りが連続していて、上手く聞き取れない。優先して治そう。
なんだか楓の表情が怖い。いつもの冷徹な経営者の表情ではなく、獲物を狩る目だ。
呼吸は荒く、少し汗で湿った長髪を耳にかけ、ペロリと舌なめずりしている。見たことない表情。
「どうやら。例の回復力も遅くなっているようね。介抱が必要か。では、この人は九条の家で預かります」
え?
ちょいちょいちょい。
なんか合意なしで俺をぐるぐる簀巻きにして持ち帰ろうとしているけれど、放っておいたらちゃんと自分で帰りますが。
あれ。口が塞がれたし手足も縛られた。
あれ? なぜ縛る必要が。
「ちょっとお待ちを、社長」
「なに? 塚原さん。あ、みんなも。無事なら今日のところは解散し、明日また集合しましょう」
ささっと俺をお持ち帰りしようとしている社長に、部下たちが待ったをかけた。
「ここは一度話合うべきでは?」
「……………………話し合いに、賛成」
「そうですよぉ。独り占めは無くないですか?」
「大丈夫です。この程度の男に命を助けられたとなったら九条の恥。この男のことは、しっかりと隠ぺいして私のもの――じゃなく、ええ。対応します」
「せめて順番を決めましょうよ」
ピリピリ
と。全員魔力が切れかけのはずなのに。役員室四人の魔力のぶつかり合いで空気が震えている。
どうして。
どうしてボスを倒したのに平和にならないんですか。そんな謎の恐ろしいせめぎ合いの中で、俺は遂に意識を失った。
――
宇宙作業:真空、紫外線などの宇宙線、スペースデブリとの衝突など危険が多い。特に生身での作業はやめよう。なお、ややこしいので省いたが、(1)岩に転送して取りつき→(2)ダンジョン最深部に岩ごと転送→(3)岩ごともう一度真空中に転送→(4)十分引っ張られたらボス直上に転送、と繰り返している。一旦小惑星をボスエリアに持ち込み、引力の影響を受ける質量を増やした。