第四十七話
逃走、不可。
撃破は超回復で困難。と、なると方策は限られる。
「一撃必殺」
楓が言うにはこれしかない。
何らかの莫大なエネルギーなり、魔力なりを一気にぶつけて倒す。これしかない。
じゃ、どうする?
難題だ。消耗気味の四人と、火力ザコの俺。圧倒的に瞬間火力が足りない。
「うーん、うーん」
と悩みぬき、一つ。閃いた。俺達ではどうしようもない。敵の力を利用しなければならないだろう。そんな策だ。
「あのォ。こーいうのはどうでしょ?」
俺のことは根本的にアホだと思っている女性陣。確かに反論の余地はないし、頭の出来は彼女らの方が何倍も上だ。
提案直後はまったくもって真面目に聞いてくれなかった。
が、俺には彼女らが知らない情報や、知らないマジックアイテムがある。
よく伝えると、
「待って。扶桑君、あなたSランク転送魔法アイテムを持っているの? それ、歴史書に載るレベルの品よ」
「ウッス。ウクセンシェーナとの取引の一環で入手しました」
「なら、それを使って脱出は?」
「それは残念ながら、できませんでした。リハってみたんですが」
百倍くらいの重力に引っ張られて、潰れた蛙みたいになってしまった。だから逃走には使えない。
攻撃に使う。
「そのためには、先ほども言った通り。このアイデアは俺一人の魔力じゃ全然無理です」
「ふむ、魔力供給で扶桑君に全魔力を集約する。これしかなさそうね」
「えー! こいつとですかぁ?」
可愛らしい顔を思いっきり顰めて。
式澤くろえが異議を唱えた。
魔力補給は実のところ、あまり親しくない男女で軽々とするものではない。身体的な接触が必要だし、少々快感を伴う。貞操観念が高い女性は嫌がるだろう。
が、緊急事態だから。しょうがない、しょうがない。
「そうですね、背に腹は代えられませんな。はい」
ウキウキで賛成した俺。誓って他意はないですよ。俺、タマにしか嘘ツカナイ。
それに、意外にも塚原椿が同調した。いつもの厳格そうな表情を当社比で崩し、口を尖らせて理由を述べる。
「わ、私は構いませんが」
「いいんスか」
「ええ。扶桑にはドラゴンからの逃走時に、庇ってもらったので。ある程度信用してもいいのでは? 正直、あれはかなりカッコい……。ではなく。信頼できる振る舞いかと。ただ、あくまで同僚としての評価なので。扶桑はまだそこを勘違いしないように」
「へい」
そんな念を押さなくても。
式澤くろえは、そんな意外な賛成票に驚き。そして反対票を投じた。
「私は断固反対です~」
「式澤も。扶桑にはドラゴンの踏みつけから、庇ってもらっただろう」
「あれは。あれは、確かに陰のくせに悪くなかったけどぉ。いやでもちょっと顔が無理ですぅ。最低でもSnowManレベルに生まれ変わってください」
目と鼻と口と輪郭が無理、とくろえは拒否。基本ブ男に辛辣だよね。
「…………私も、別に嫌じゃないです」
「ぅえー!? マジ? 私、少数派?」
最後に倉見眞帆も淡々と賛成をしたことで、投票は終わった。
三対一。(賛成:九条楓、塚原椿、倉見真帆 反対:式澤くろえ 投票権無し:扶桑景一郎)
緊急事態ということもあって、俺の企画提案は『役員室』に承認された。あとは実行に移る。
さて。魔力供給。
「うぅー。私、魔力供給やったことないんですけどぉ。社長はあるんですか?」
「えっ、ええ。……もちろんあるけど? みんなは?」
「あー、どうだったか。えー、はい。あったと思います」
四人の役員どもが、顔を見合わせて経験の有無をけん制し合っているのは置いておいて。
魔力供給の方法はいくつかある。けれど準備や設備が無い場合、とれる方式は一つ。
直接接触による魔力の受け渡しだ。
早速、楓の魔力受け取りの準備にかかる。
「失礼します、社長」
「ええ……」
真正面に向かい合って立つ。両手とも指を、相手の指の間に絡めるように繋ぐ。そのまま全身前面をピッタリとくっつける。
これが最も接触面積を稼げる。
電気と同じイメージだ。接触面積の多さは抵抗=ロスの少なさ。既に魔力が消耗して、補給する手段が限られている今。ロスは極力抑えなければならない。
楓の全身を壁に押し当て、密着して魔力を受け取る。
「スゥ――――――~~~~」
「う、すっ……吸い、取られ……っ」
美味い。濃厚な魔力だ。一気に力が漲る。
こんなのを楓は普段使っているのか。
ガソリンと枯れ葉くらい、楓と俺の魔力ではエネルギー密度が違うんじゃないか。
「あっ、あの……扶桑君? もう、そろ、そろ……」
「もうちょっと」
黙って吸われなさい。
集めた魔力がもし、足りなかったら全滅するんだぞ。枯渇するギリギリ手前まで吸うからな。例の時間操作の『日と月の権能』一回分くらいは、緊急避難用で残してやるが。
あとは全部吸うぞ。
だいたい。まだ成長中のくせに、こんなに身長高くデカく育ちやがって。
なんでお互い立っているのに、俺の頭は胸元あたりにしか届かないんだオラ。もうちょっとガッツリ吸わせてエネルギー寄越しなさい。逃げ出そうとする楓の腰を捕まえて、ギリギリまで吸いまくった。
「いっ……! も、もう、無理っ!」
「ふう。旨い」
「はっ♥ はっ!♥」
「休んでいてください、社長」
『魔力補給なんて。大して気にするようなことじゃない』
とか言って。経験豊富そうなフリをしていた楓は、経験ゼロを露呈しながらその場にへたり込んだ。
まず一人目。
「次」
「……! あっ、ああ、扶桑。構わないが、ゆ、ゆっくりっ――!」
「いただきます。ハァ~~~~こっちも美味い」
この社長秘書、塚原椿も同様だ。
楓と椿。二人で対になるような長身美女。
こいつも、いいもんばっかり食って育ちやがって。こんなに腰回りがデカいと男性社員は気が散って仕方ないんだぞ。パツパツのタイトスカートで生産性落としやがって。男性社員の怒りを受けて、反省しろッ。
「美味い美味い」
「うう……!」
強面厳格で平社員を見下す椿の顔が、変わってくる。
普段、鋭く細められている両目は、初めての感触に驚き見開かれ。腰が抜けたのかゆるゆると下がってきたので、ガッチリと両手で受け止めて吸い尽くした。
二人目。
「ふー、次」
「あっ、あの、景――」
倉見眞帆の無表情でクールぶったツラからも一気に魔力吸い。
ぐにぐにと少し余った腹回りがバレているぞ。会社の研究室に引き籠っていることが多いからだろう。俺みたいな低学歴にばっかり現場走らせて、自分はラボでコーヒー啜ってやがる。しっかり反省して魔力差し出しなさい。
「――! ――♥! っ!」
「ごくごく」
「っ!」
「ふぅ、吸った吸った」
本人の意思にかかわらず。フリフリと小刻みに腰が動いてしまっている。必死に隠して我慢しているが、我慢し切れていない。
彼女の立場のために指摘は止めておこう。
三人目。
楓、椿、真帆の三人がその場にへたり込んで動かなくなった。三人とも顎を上げて、息を荒くして必死に何かに耐えているようだ。
妻たちとは普段の夜によくやる遊びなのだが、経験ゼロの子たちにはちょっと強烈過ぎたか。
「さて」
「!」
びく!
と最後の一人の式澤くろえの肩が震えた。
尊敬する先輩三人の無様さに、混乱したまま直立している。
「次。最後は君ね」
「なんで……?! たかが魔力のやり取りで、なんでこんな……!」
「なんでだろうねー。相性がいいとこうなるっていうけど」
相性悪いとか、あるのかな。妻たちとやったときは全員こうなっていた。
信頼している先輩方は全滅。いつもなら群れて強気なくろえは、左右や後ろを見回して、逃げ場を探している。
逃げだそうにも。岩の裂け目は逃げるどころか身をよじるスペースすらほとんどない。
優しく捕まえて腰を引き寄せた。
額と額が触れ合い、接触面積が拡大して魔力が一気に流れる。
「んじゃ、いただきます」
「う……! おかしい、やっぱおかしい! さっきからっ、なんか変っ!」
「はぁー。美味い。性格に似合わない瑞々しい魔力だね」
「おい、何かっ。変な魔法使ってるだろ!♥ じゃなきゃ私が、こんな雑魚チー牛に惚れるわけ――」
「いやいや。普通にしてるだけですって。すぅ――――――」
「う゛う!♥」
「はぁ~~~~」
ん?
この性悪女。
こっそり一人だけ魔力を多めに温存しているな。他の子はカツカツっぽかったのに。
まったくそういう性格の悪さはしっかり矯正しないとイカンな。おしおきに長めにしておこう。
なんかもう色々触れ合っちゃってるし、雑に吸っていいだろ。
「んー………………………………ぷは。はぁ。ご馳走様」
「っ♥! ――♥……」
ぴくんっ
と腰を跳ね上げたくろえも、数拍震えてからへたり込んだ。
これで四人全員吸い尽くし完了。
「そして魔力全開!」
思わず突き上げガッツポーズ。
すんげェいい気分だぜ~~~~。
やっぱ才能あるやつって、こんな効率的で強烈な魔力使っているんだな。そりゃあ凡人と差がつくわけだ。
そんな絶好調の凡人の代わりに、ぐったり動かなくなってしまった天才四人。
高山病みたいなもので、魔力が一気に減るとこうなるんだろう。他に思い当たる理由は特にないですね。
んじゃ、ボス戦いってくるから。
帰ってくるまでに抜けた腰は回復しとけよ。
――
幻術などへの抵抗力:一般に、ハイランクになるほど魔法抵抗力は増す。Aランクともなれば外部からの悪影響はほぼ遮断できる。ただし、連戦で消耗し、魔法供給で吸い取られた状態の場合、一気に抵抗力が落ちる恐れがある。そこに魅了系の魔法を刺しこまれると、全く抵抗できない。