第四十六話
ヤマタノオロチ。
山と山をまたがるほど長い首。それと同じくらい長い尾。
それをそれぞれ八本ももつ大蛇。
そして――
「『無限引力』、と我々は名付けた」
「むげん?」
「この力が我々に撤退すら許さず、ここに縫い留めているの」
楓が口惜しそうに大蛇を睨んだ。
楓たち曰く、あのヤマタノオロチはこの開けたダンジョン最奥部から、出ようとする者を引き寄せる。閉じ込めてしまう力があるらしい。
試しに岩の裂け目の奥を、さらに削ってみる。削って削って、ある一定の所で。
ぐぐっ
と指が押し戻された。押し戻すというか、見えない力に引っ張られる感じだ。
引力。
「そーいやッ! 俺がここに近づいた時、ぐっと引っ張られました!」
「引力を持っている。蟻地獄のように抜け出せない」
「なるほどな~」
確かに、このダンジョン。Sランクというには前例よりも早く最奥に着いた。
構造が簡単で、最奥まで進むこと自体は難しくないのだ。ダンジョンの通路が動くということもない。俺の道のりを思い出してみても、ただひたすら下へ下へ進んだだけ。
だが、生還すると言う意味では。前例のイザナミ謹製・黄泉平坂ダンジョンよりも、厳しいかも。
しかし朗報もある。楓たちもまったく手も足も出なかったわけではない。
引力のこと含め、おおまかなボスモンスターのスペックは把握できている。
「ただ、どうにか首を二つ、尾を三つ切り落としたところで、最初の首がまた生え治っているのに気付いた」
「あちゃあ。回復力多めっすか」
「そう。長寿や不死の象徴の蛇。その最大級の化け物だとしたら」
ウネウネと八つの首で周囲を見回すヤマタノオロチ。
あいつは無限の不死性をもつ。骸骨やゾンビどもの親玉というわけか。
回復速度も速い。
「ふーむむむ……」
逃げられないし、倒しきれない。
オロチと戦って死ぬか、じわじわと餓死するか、他のモンスターに食われるか。その結末が確定している。
特に退却不可がきついな。いきなり詰んでしまっているじゃないか。
「だが、聞いてくださいよ社長!」
「なに?」
「社長が権能を見せてくれたから、俺も正直に言います。俺の権能は『生還の権能』! どんなダメージを食らっても復活するんス! 何時間でも戦えます!」
「へぇ便利。塚原さん、彼って残業代は出ているの?」
「いえ。扶桑は年俸制の契約社員なので、給料は一律です。残業代出ていません」
「へぇ便利」
「コワァ! いや、そーじゃなくてね」
労働契約の隙をつくのはやめろ。
一瞬で俺のことを二十四時間定額働かせ放題と見なすんじゃない。
そういうことを言いたいんじゃなく。
「復活力ならこっちも負けてないッス! ご照覧あれ!」
岩壁の裂け目から頭をちょっと出し、キョロキョロと周りを確認。
取り巻きは居ないようだ。(――ボスよりも取り巻きを警戒している時点で、だいぶ作戦の破綻が見られるのだが)
中央部でとぐろ巻いて休んでいるヤマタノオロチ目がけて、一直線に突っ込んだ。
「うおおおおおおおお!」
……
……
……遠っ。ボスがデカくて遠近感めちゃくちゃになるぞ。
ちょっとした丘くらいデカいとぐろにようやく到着。
「よいしょァー! 絶対生還パンチ!」
この一撃に懸ける。
『生還の権能』の標高によるバフ。その増強された魔力を拳に集中。
超全力のパンチが炸裂。奴のドテッ腹に決まった。
腹がどこかはイマイチはっきりとしないが。首か、腹か、尾か。そのつなぎ目か。そのあたりのどっかに決まった。
ポヨヨン
と弾かれる。
「……あっ。アー……ッス」
「……」
目が合った。
USJのエントランスにある地球儀くらいデカい目が、こちらを一瞥。真っ赤な瞳だ。
傷一つ付けられなかったが、ハエがまとわりつくような不快感は起こしてしまったのか。
ぺしっ
と尻尾ではたかれ、俺は綺麗に楓たちがいるところまで吹き飛ばされ、戻された。大の字でノックアウト。
楓たち四人の、見下ろした目線が突き刺さる。恥ずかしい。
「………………」
眞帆は無言で可哀想なものを見る目で。
「うわ陰キャ弱っ」
くろえは普段の意地悪な感じではなく、心の底からの感想で。
そして楓と椿は冷静に。敗因を分析している。
「彼、結構自信ありそうでしたけどね」
「予測だけど。ある程度魔力が強化されているから、ダンジョンの深くに来たら強化される権能なのね。ここ最深部はいわば、彼のホームグラウンド」
「なるほど」
「でも元々の才能がゴミだから、我々のようなAランクには追いつけないのでしょう。可哀想に」
「素晴らしい慧眼です、社長」
一から十まで解説しないでくれ……。
くっそ。いつものことだが、ガチ強者には正面からじゃ無理か。ならばこれでどうだ。
首元に両手をかざし、瞬間移動マジックアイテムの『星の勾玉』を実体化させる。これで逃げちまえばいいのさ。
魔力を込め、さらに詠唱をしばらく。
「むーんむんむんむんむん……せいやぁ!」
ビムッ――――
と転送魔法が発動。
青空が広がる。洞窟の最奥とは明確に違う開放感。
俺は一瞬で地上へと戻ってきていた。成功だ! 外の空気が美味い!
要はここよここ。(こめかみトントン)
頭を使いましょうよ。強い敵からは逃げるが勝ち。
ダンジョン自体は簡単な構造だし、入り口に突入するときに転送ポイントとしてチェックしておいた。これなら何度でも往復できる。
リハーサルもOK。楓たちの所に戻ってもう一度――
ズドグ!
「……え?」
突然。地面にめり込んだ。
「い゛っ! ってぇ! うおぉおおおおおおおッ?!」
なんだ。めり込むぞ。しかも止まらない。あっという間に地面に収まっていく。
めり込んだというのは足がとか、そういう意味ではなく。全身が。もの凄い引力を受けて地面に引っ張られていく。
「引力!?」
まさか。こんなに離れていても。あのヤマタノオロチはダンジョンから離脱したとしても、引っ張り続けるのか。
(無限の、引力……!)
まずいっ、まずいぞ。身動きが取れなくなる。すでに全身が地面にすっぽり入ってしまった。
「くっ、『星の勾玉』! もう一回転送!」
そう一日に何度も使えるものではない虎の子なのだが、緊急事態だ。
行き先は一つ。
あの蛇のいる最深部に戻るしかなさそうだ。逃げるのではなく、討伐するために。
――
象徴としての蛇:生命力や脱皮の生態などから、広い地域で不死の象徴とされる。『生還の権能』も同様に不死。不死同士がぶつかる場合は、その強度を比べることで勝敗が決する。