第四十四話
赤紫色のドラゴンが大きく両翼を広げた。
腐肉をまとう異形の竜。ゾンビ竜と名付けよう!
本質を突いているし、斬新で前例がなさそう。我ながら良い命名だ! そういうことにしておこう。申し訳ないがネーミングセンスはない。
毒とかヤバそうなので女子たちに近づけさせるわけにはいかん。俺が囮になろう。近くにいた式澤くろえを庇って下がらせて、間に入る。
竜が咆哮一つ。
爆音を浴びせつつ、前足を踏み下ろしてくる。
「くォッ! あただだだ」
そのスタンプを両腕で受け止める。受け止め、切れない。腕と大腿骨を犠牲にしながら、どうにか一瞬動きを止める。
そこに、
「セァアッ!」
楓の斬撃が決まる。前足を切り落とした。
「扶桑君! そんな、無茶を――」
「くっ……くう……。だ、だいじょうぶ。だいじょうぶ」
「! なるほど。再生術か」
「火力はあんまり期待しないでください。俺が敵の動きを止めるんで、社長がトドメを!」
「いいでしょう」
他の女子は庇いつつ、まだ余力のある楓と共に戦闘開始。
ゾンビ竜の残っているほうの前足に取り付き、全力で抑え込む。前足だけで象みたいにデカい。抑え込めたのはこれまた一瞬だった。
が、それで十分。ウチの社長は超強いんだから。
楓の追撃でまたしても前足を切り落とした。
はぁぁカッコイイ! 強い女性最高! そんなホイホイドラゴンを切り飛ばせるとか、すげえや。
あともう言わせてもらうけどさ。
黒髪ポニテ財閥令嬢剣士社長って、盛りすぎですねぇ。非常にいいよ。
「っしゃ~~社長ツェエ! はい竜ザコ余裕~~~~。このままガンガン――……! 社長危ない!」
「!」
空中でフォロースルーの体勢だった楓の背中を、押し出した。
一拍後に背骨に衝撃。最初に切り落として、復活した竜の前足がある。踏みつけが直撃。俺の脊椎を粉々にする。
「げぼー! こ、こいつもっ、骸骨たちと同じかあ」
復活するのか。
ゾンビだしな。
どうもこの辺り。島根県のダンジョンは、そういう骨とかゾンビとか復活タイプの敵が多いな。ダンジョンのモンスターやドロップアイテム、採掘資源は地域によって特性が似通っていることが多い。例えばエジプトのダンジョンだとミイラとかめっちゃいた。あれを思い出すぜ。
吹き飛ばされた先は竜の尻尾。
長く、鞭のようにしなる。ザラリと並んだ棘からは、瘴気が放たれていて気が遠くなる。
そんな竜の尾。巻き取られて動けない。
しまったな。俺の権能だと、こういう拘束される技はキツイ。どんなに回復しても身動きが出来ない。
「ぐええ。に、逃げてくださぁい、社長!」
「く、やむを得ないか。――『日と月の権能』」
そう唱えた瞬間。
瞬間、か。この表現ははたして正しいのだろうか。
だって、瞬間ってのはそう。一ミリ秒とか、一億分の一秒とかのことをいうだろう。つまり数えられるってことだ。
これは、目の前のこの現象は違う。そういう、長さとか間隔がある表現は当てはまらないのではないだろうか。
まったく予兆なく、ゾンビ竜は十等分されていた。
俺に巻き付いていた尾も。目の前にあったのに、斬られた瞬間は分からなかった。
「えっ? ……? この権能……! まさか、時間――」
「へぇ。分かるの。視力強化もあるのね」
「ウヒッ! う、後ろに社長が……? ええッ? いつの間に」
俺の動体視力はそのへんのスピード自慢なら捉えられる。
もっというと聴力強化もある。ので、今みたいに背後から楓の声が聞こえるはずがないのだ。
足音とか、風切り音とか、服の布がすれる音とか。普通の移動手段なら聞き逃しはしない。
だから確信できる。
「時間……操作」
「その通り」
「マジ、すか」
「十秒! 時間を止めたり、戻したりできる。それが私の『日と月の権能』」
そう言って楓は近づいてきた取り巻きのモンスターたち(――といってもBランク程度の手強い奴ら)に向けて、権能を発動。
次々に粉微塵にしていく。
(この権能。ただの時間操作じゃないな)
もっと高度だ。
十秒まで止めたり、戻したりすることが出来る。秒数は選べる。
さらに、これはあくまで予想だが、相手に停止や、戻したりを体感させることも、させないこともできる。
そんな感じがする。
「うぉっ!」
また時間が戻った。
これだ。これが強い。
一歩歩いたと体感した状態で、突然一秒戻される。例えるなら、「階段もう一段あると思ったのに無いんかーい」みたいなバランスの崩され方をする。
バスケットのアンクルブレイクをされたみたいに、敵モンスターが勝手に倒れていく。そこにトドメを刺すだけでいい。すご。
ただ、気になることがある。
権能というのはその個人オリジナルなものだ。本来、あまり他人に知らせたくはない。
だというのに。信頼できる部下以外に、つまり俺に見せた。
必要があったからだ。俺を含めた、総力を挙げないと脱出できない。そう考えているのか? こんな強いのに?
その理由の一端が、目の前に現れた。
「げっ、マジ?」
ゾンビ竜の群れだ。
一、二、……十匹。通常、一匹でも空母艦隊を出さないと討伐出来ないようなモンスターが。十匹。あまりふざけないでいただきたい。
「ッスー、アー。あの、あれ、何とかなります?」
「無理ね。魔力が持たない」
「そッスよね」
経営者で現実主義な楓が、あっさりと無理判定を下した。
一瞬だけ顔を見合わせて俺達は決めた。逃げよう。
「どぉああぁあぁぁああ! 逃げっ、逃げ! 逃げますよ皆さん」
「はぁ、なんて難易度なの……」
カッコよく救援に来たのは良いが。
どうにも役に立たないまま逃走を開始した。
――
『日と月の権能』:九条楓のA+ランク権能。時間停止、時間戻しを十秒程度できる。時間操作系は希少価値が高く、十代以上続く有力魔術家系でもめったに獲得できない。