第四十三話
駆けて。駆けて。駆け抜ける。
かなり長い。もう二十キロは走った。
それこそ、大蛇の首のように長いダンジョンだ。しかし構造は割と簡単。単に中心部へ、時々曲がりつつ一本道。緩やかな坂の洞穴が続いている。
その斜面を駆け下りるほどに、呼吸が整っていくのが分かる。走りながら息が整うのは奇妙な感覚だが。ダンジョンに潜ったなら、標高は低ければ低いほどいい。そういう権能だからな。
全力疾走をしていたところに、横合いから突然の敵。
止まっている暇はない。
「うぉぉおおアァッ!」
飛びあがり、膝蹴りを一発。頭部に叩き込んだ。
骸骨の集合体。Bランクダンジョンのボスモンスターが普通に徘徊しているのか。
予想が確信に変わる。
この感じ、この難易度は、Sランクダンジョン。
頭部を砕いて一瞬停止したモンスターが、小刻みに震え出した。別の骸骨頭部の目に、青白い人魂のような光が灯った。
「チッ……この骨、復活するか! デェァああ!」
バギッ バギッバギッ バツン!
着地と同時に正拳突き。
さらにフットワークを効かして、別の骸骨に裏拳を一発。二発。飛び蹴りをもう一発。
正確にコアへ拳を運び、デカ骨モンスターを沈黙させる。まずいな、一撃で潰せない。
時間がかかっては救助が間に合わないぞ。かなり奥まで来たはずだが。
急いて、駆けだした。そのダッシュ一歩目で、少し視界が開けた場所に出た。
「お? おっ、おっとっとっと……!」
段差の手前でギリギリ停止。セーフ。と思ったのに。
ギラリ!
と睨まれた感覚。冷たい、爬虫類のような視線が俺の身を貫いた。
なんだ、この感覚は。全周。三百六十度囲むように。一瞬、赤い蛇の眼がこちらを見た感じがした。コワっ。
きょろきょろと周囲を警戒していると、
ぐんっ
と突然。全身が引っ張られた。全身だ。
つまり胸倉とか腕を、見えない手で引っ張られたのとは違う。
大きな重力に引き寄せられるように、俺は横に吹っ飛んだ。なんだこのダンジョンギミック。初見。社のデータベースや事例で聞いたことも無い。
「んぎょえー!? あ、あいたたたたた……」
「え……。扶桑君?」
「むぉ?」
地べたで顔面をすり下ろしながら崖から落下。
すり傷だらけの顔を上げると、九条楓社長が居た。幸先いいな。救助対象発見だ。
岩陰に隠れて、周囲を警戒している。
他にも塚原椿、倉見眞帆、式澤くろえ。よし、全員いるじゃん。軽傷は負っているが動けないレベルじゃない。命に別条はなさそうだ。
ここまででも相当の難路だったろう。流石の実力者揃いだ。
ただ、数日ぶっ通しでも戦い続けてかなり消耗が見られる。ひとまず水と簡易食糧を渡す。
「あなた、一体どうしてここに……? いや、そもそもこの難易度をどうやって……」
「待機命令破ってすみません! 社長たちが行方不明って緊急アラートが来まして、探していました」
「! そう。定時連絡が途切れたから、か」
九条家の後継者。そんな楓ほどの立場になると、本社や財閥本家との連絡が途絶えると騒ぎになる。
もう三日も連絡不通となれば大騒ぎだ。
「外はどんな状況? 報告して頂戴」
「本社は動き出していて、警備の者が周囲を封鎖しています」
「そう。警察は? 出て来たら面倒だけれど」
「情報封鎖で介入させていません。あと二日は猶予があるかと」
「ん。よろしい。それで?」
「は」
褒めて貰えると思ったので両手でVサイン。
楓がさらなる情報をうながしてきたので「以上です!」と態度で示した。
「それだけ?」
「はい」
「……」
「……?(Wピース)」
「本社と連携して、他のハイランク権能者を応援として呼んだりは? ここまで切り拓いた道順を外に伝えて、救援ルートの確保をしたりは?」
「……。……?w」
「応援はあなただけ? 扶桑君」
「……もっ、もしかしてぇ。すみません! もしかして、あっそっかあ! 俺だけ来ても、あんま意味ない?」
額に手を当てて、ヒクヒクと口を震わせている。
女の子達の危機に慌てて駆け付けたが。Aランク上位の楓たちが苦戦しているところに、俺だけが来ても力になれるかな。なれないかも。
楓社長の呆れ笑いもこれ、何回も見たな。ごめん、ごめんやで……。
「はぁ! もう、あなたと話していると知恵熱が出そう! 予測できないことをしないで!」
「はいい」
「……はぁー、ただ。まあ。助けに来たことは殊勝です。水や食料に薬。うん、これは助かります。ありがとう」
「ふへ! ははぁっ!」
「それに、バカ――じゃなくて。ハサミの使い方を間違えていたのは私のようだし」
「えへへ(Wピース)」
ん。
つい照れたが。
バカ――もとい、ハサミ呼ばわりされた俺は、ピースをチョキチョキ動かしながら気付いた。
これはもしや褒められていない!
「ここまで独力で辿りつけるということは、戦闘系の権能だったのね。隠していたの?」
「隠していたというか」
発言権がなかったというか。
「いいでしょう。援護しなさい」
「了解! いい所を見せたら査定って上がります? クビ回避?」
「そうするから、援護なさい」
「了解!」
楓が打刀を抜いて構えた。
岩陰から見えた敵は、まずは――
竜が一匹。
俺達の目の前に現れた。
小手調べに竜かあ。
敵の強さの上がり幅がグン! とこう……早くないか。徐々に来いよ、徐々に。
――
九条ホールディングスの組織構成:
創業家・九条家(最大株主)←楓の実家
│
持ち株会社・九条ホールディングス
│
九条採掘株式会社(そのほかグループ会社が多数)
│
(子会社)←扶桑景一郎が在籍
日本敗戦の影響で一時は財閥解体が囁かれた。が、強力な権能者・魔法使い集団の九条家などにGHQは最後まで介入できず、財閥は現存している。