第四十二話
社長たちが行方不明になったダンジョン周辺に到着。
島根県東部。
人里離れた、木々が深くまで続いている小高い山のあたりだ。既に非常線が張られている。
(警官が居ない。非常線といっても公的機関のものじゃないな……)
パトランプなども光っていない。
恐らく九条ホールディングス本社、いやそのさらに上の九条家が即時対応した。財閥後継者の楓の危機だ。対応は早い。
現地についてすぐ、本社の警備担当を見かけたので到着を告げる。
「お疲れ様です。緊急連絡の招集で参りました」
「九条採掘の? 『役員室』の方?」
「そうです。扶桑といいます」
警備担当は不審そうに片眉を上げた。
「所属員は女性だけと伺っていましたが」
「今月の一日づけで、人事異動があったんです。これ、召集のメッセージ」
社員証とメッセージを見せたら警備担当は納得した。
一応、身分詐称はしていない……よな。うん。嘘は言っていない。メンバーなことは間違いない。雑用だけど。しかもクビの半歩前の。
警備担当は俺を上層部の人間だと思ったらしい。いくぶん腰が低くなった。
説明している時間が惜しいので、すまん。訂正しないでおこう。
「警察や陸自には、まだ詳細を伝えていません。本社の上層部の判断で、我が社独力で解決を図ります」
「この非常線は?」
「すべて九条の手によるものです。しばらくは我々だけが、なかを自由に動けます」
「いつまで第三者の介入を防げる」
「あと二日が限度かと」
短いじゃないか。
日本の最大財閥である九条家が、公務員どもを三日と押さえられない?
という俺の疑問に、苦々しく回答が返ってきた。
「SNSにボスモンスターの目撃情報が投稿。拡散を削除し切れません」
「目撃情報?」
「ヤマタノオロチ」
「げげぇ」
やはりか。イヤーな予感はしていた。
日本神話体系における超ド級のモンスター。
余裕でAランクの竜種か。まいったなー。
と、頭をかいていると、「ズム……ッ」と山の向こうで何かが動いた。
思わず指差す。
「今の見た?」
「えっ」
「ほらッ――……あ、あれ。居ない」
警備員が振り返ったのと同時に、俺も視線を戻す。しかし何もいなかった。忽然と。
まぼろし? いや。移動したんだ。巨大すぎて、移動幅もデカい。
確かに見た。
巨大な蛇の頭部。赤く、怪しく輝く両眼。チロリ、と動く舌。
居る。
居るじゃねえか、とんでもないのが。山と比べるくらいデカかった。
『まぁ~~……大蛇と言っても蛇であろ? 十尺とかぁ、百尺くらいではないか? あ、景一郎ぉ。ビール買ってきて』
とかご先祖は言っていたが。
ここに来る前に情報収集として大まかに聞いていたのだ。八つ首があって、八つ尻尾があるデカい蛇。サイズ感の予測に振れ幅があって怪しいなぁ、とは思っていた。
「あの、一尺ってどんくらいでしたっけ」
「は? はっ、えー。三分の一メートルくらいかと」
「百尺で三十メートル……」
あの頭部のサイズ。ゆうゆうと小山の頂上を越えるスケール。
余裕で数キロメートルくらいあるんじゃねーか? バカ先祖! 全然違うじゃないか! あ”ーくっそ強そー。また激戦かよぉ。
でもお給金もらっているしなあ。
困っているのは女子ばかり。やるかあ。しょうがない。
(それに、ちゃんと活躍すればクビにならずに済むかもな!)
そう、それが大事よ。いいところを楓社長に見せよう。
意を決してダンジョンの入口へ。
「注意を! ハイランクのモンスターが、入り口付近にも関わらずいるようです」
「はい。大丈夫なんで鍵開けて」
「開けます! 本当に気を付けて!」
「うん」
警備担当と言葉を交わし、入り口のセキュリティを解除して貰ってダンジョンへ。
今回はパーティーとの連携は不要だ。
もともとソロ攻略のほうが得意なんだよな。罠とか会敵もガンガン無視できるし。
ダンジョンの入り口を大股でくぐり、『生還の権能』が警戒を発する方向へ進む。こっちが奥か。
一気に進んでいると、モンスターたちがぞろぞろ集まってきた。囲まれたか。無視するには多いな。
カタカタ、カタ、カタカタ……
骨がこすれ、ぶつかり合う音が響く。
先日も見た骸骨タイプのモンスター。数がかなり多い。序盤でこれか。
相当ハイランクのダンジョン。Aランク上位、いや……このチリチリと額のあたりがひり付く感じ。もしかしたら……。
思案しているところに。飛びかかってきた一体目に、
バギギャッ!
頭部。
胸部。
正中線に拳を二連撃。
余波で大半の骨が粉砕し、ドロップしたアイテムを無視して歩みを進める。ドロップアイテムには鮮度があり、手早く加工したり保存しなければ商品価値が落ちる。品質がばらついて、最悪市場には出せないクズ魔法ゴミとなる。
が、今は無視だ。
「へっへっへ、採掘時の精製スキル? ってのは良い学校だと習うらしいけどなぁ。俺、田舎の公立だったからよォ」
バギギャッ!
「こーゆー方が、わかりやすくていいんだよなあ」
奥への道を塞いでる二体目に、瞬間。距離を詰めてかかと落し。
これも打ち捨てる。
次々と骨を砕き奥へ。
社の精製・加工エンジニアからすると卒倒モノの狼藉だが、非常事態ということで勘弁してもらうか。
――
ダンジョン採掘技術:手早くドロップアイテムを回収する、資源の鑑定を正確に早く行う、精製・保存加工を手早く行う、など。単純な戦闘力では補えない技術。扶桑景一郎は習得していない。