第四十一話
すごいや。座って待機しているだけでお給金が貰えるなんて。
「あはっ……あはっ……」
乾いた笑いと、湿った目尻。
最近、人に必要とされることが多くて調子にのっていました。カン違いしていました。
俺は素だと実力・実績低めのダメ社員でした……。
「はぁ、やることねぇなあ」
楓たちの指示があるまで待機。
島根支部の使っていない一室を間借りして、永遠に鳴らない呼び出し電話を待っている。「人手が必要になったら呼ぶ」と楓は言っていたけど、呼ばれるまでに手掛ける業務は特に与えられなかった。広辞苑は取りあえずパラパラ捲っておいた。
「へぇー、最後の単語って『ん坊』なんだぁ。ためになるー」
しん
とした部屋で一人だ。
ちょうどお昼の休憩時間。俺は推しVtuber『愛本ココア』のアーカイブを見て、メンタルをどうにか整えていた。
「チャンネル登録、よろしくねー☆」
「ふひひ……神……ココアchang is 神……ひひ。あ、時間だ……辞書、読むか……」
あと書かれている一ページ目から読み返しだ。
失格の烙印を社長直々に押され、業務時間はやることが無いから無駄業務。エクセルを開いたり閉じたり。昼休み中は泣きながら二次元の世界に没頭。
はたから見たらギリギリアウトか?
「まぁ、はたから見る人いないんですけど(笑)」
笑えない。
静まり返った待機室が、静寂で返答した。
やることないし。もう三日こんな感じで時間がすぎた。一応、連絡は携帯電話にかかってくるので外出できる。
呼び出しに応じられる程度に近くに居れば問題なかろう。ちょっと外に出てくるか。
……
…………
………………
二礼二拍手。
注意書きにこの大社では四回手を叩けと書いてあったので、あわててもう二回。
島根県。出雲市。大社町。
俺は出雲大社を訪れていた。
日本を代表する名所ではあるが、平日の昼間だからか人通りは少な目であった。境内を歩き、御本殿へお参りをすませ。そこからちょっと外れの社へ。
テキトーに家内安全を祈願していると――
社の中から声が聞こえた。
「どぅえ?! 景一郎! 景一郎ではないか」
「よう、ご先祖。遊びに来たぜ」
「なんで出雲におるんだ」
「出張で来たんよ。お仕事。ダンジョン採掘の」
相変わらず元気そうで安心した。
賽銭箱の向こうにいるのは、イザナミノミコト。俺の、というか日本人のご先祖様だ。なんかよーわからんのだけど、エイッてこの国を作った凄い神サマらしい。本人談。俺はあんまり信じていない。ちょっと神としての威厳がね……。
参拝客がまばらだからって、油断してせんべい食っていやがった。
あと昼間から酒を飲むな。社のなかで寝転がるな。
「ご先祖こそ、いつまでこっちいるの? 神在月だー、イザナギに会うー、とかいって出かけてったけど、もう十一月も後半だぞ」
「なんも知らんのう! お前は。神在月というのは旧暦で数えるの!」
「へー」
「もっと後まで続くのだ」
「じゃあ新暦だといつまでなん?」
「え? えー……っと、うーん……?」
なんも知らんなあ、相変わらず。
まあ元気ならそれでいいけど。
旦那さんに会いたくで地元の三重から出かけていってしばらく経つ。その間は俺がアンタのダンジョンを見回りしてたんだぞ。感謝してほしいくらいだ。あと竜が繁殖してヤバいことになっているから、早め帰って来て。火竜と風竜の間に出来た混血竜が手ぇつけられん。ガチ強い。毎回消し炭にされる。マジで本当に頼むから帰って来て。
滞在日程の適当さを誤魔化したかったイザナミは、話題を変えた。
後ろを振り返って大声で伴侶を呼んでいる。はしたないぞ。威厳とかないんか。
「イザナギー! おう、イザナギー! 景一郎が来た! 前に言ってたクソ子孫が来たぞ!」
「なんつー紹介してんのよ」
「おーい!」
「あー、呼ばなくていいって」
「なんでじゃ。生意気な子孫を紹介するわい」
「畏れ多いじゃん。イザナギ様って建国の神様なんだろ。俺みたいな一般人が気軽に話して良い相手じゃないって」
「わしもじゃ……わしも建国の神じゃ……」
アンタは畏れ多くない。
ただ、社の奥の方で「キラリ」と、一瞬だけ神棚が光って見えた。この角度だと日差しは入らない。神棚が発光しているのだ。
ありがたいことに、向こうからわざわざ会いに来てくれたのか。いつも『生還の権能』でお世話になっております。ちょっとした気恥ずかしさを覚えて会釈をする。
おうご先祖、ちゃんと仲直りできたんだな。よかったじゃん。
なんか嬉しいな。自分でも理由はよくわからないけど、嬉しいもんだ。俺も日本国民だからな。
「ま、会えてよかったよ。じゃあ月が替わったら、二柱で伊勢に戻ってこいよ」
「おう。あ! 次くるときは奉納品もってこい! 酒! 手ぶらで来るな、バカ子孫め死の国から呪うぞ。呪われろー」
「あいあい、じゃあね」
「お。そーいえば聞いたか景一郎」
「なんじゃいババア」
「ここ出雲のちょい東のほうでヤマタノオロチが出たらしいぞ」
「ヤマタノオロチぃ?」
なんだっけそれ。デカい蛇だっけ。蛇は好き。食うと美味いんだ。
「私らの息子が昔倒した奴なんだが、強いらしいぞ。ザコ子孫では無理だ。遭ったら逃げろ」
「ふーん……? まあ、俺がこっちで担当するダンジョンは精々DとかEランクかな。そんな強いやつとはお目にかかる機会が――」
その時。
スマホが着信で震えた。
緊急アラート。
『九条楓社長、行方不明。役員室所属は応答せよ』
べろべろに酔い始めたご先祖様の平穏っぷりが羨ましい。
また始まる修羅場の予兆に、俺は頭を抱えた。
――
ヤマタノオロチ:イザナギとイザナミの間の子、スサノオノミコトによって討伐された。ハイランクダンジョンではしばしば、神話や伝説上の怪物がボスモンスターとして営巣している。