第四十話
ダンジョン制圧完了。
その後の反省会は、またしても針のムシロだった。
無駄なミーティングを避ける楓社長にとっても、俺の実力不足は無視できない課題だったらしい。俺達は一旦、近くの島根支部の事務所に戻ってきていた。
全部で四人の上司陣に取り囲まれて、尋問のようなミーティングが始まった。
上司と言っても、全員が年下女子というお辛い状態だ。
我が社、九条採掘株式会社は九条楓が経営に参画して以来、実力・成果主義。なので年齢と立場の逆転は珍しくない。念のため言っておくと、俺は逆転される側だ。
その上司の一人。
「フー……。扶桑さん」
「へい!」
「もう少し真面目に仕事してもらえませんか。攻略時の連携で、邪魔です。効率が悪いです」
塚原椿がこちらを睨みつけた。
美人だが、強面で目つきが悪い。社長の激務に付き合うためだろうか。常に眉根を寄せている、不機嫌そうな社長秘書だ。
秘書といっても単純なスケジュール管理だけではない。
社内の管理・監督を担当しており、スキなく厳しい視線の社員からは恐怖の対象だ。俺とかは階級が違い過ぎて、アリのように踏み擦り・潰され・捨てられてもおかしくない。
「……すみません、次は気を付けます。頑張ります……」
「次ですか」
「はい……! きっと!」
「人事ファイルによると。契約更新の月、近いですよね。次の年末ですか。今は十一月、と」
「あ、わわ……はい……」
「この勤務評価だと次はないと思いますけど」
「……はい、おっしゃる通りで……」
他はみな椅子に座っているが、俺一人だけ床に正座。握りしめたこぶしに、嫌な汗が広がる。
正論だ。
まずいぞ。
社長直々に悪印象を食らった契約社員なんて、鼻息一つで雇い止めである。ウクセンシェーナ・グループとの窓口なんて、まだ悪印象が浅かったからクビが繋がっているだけかもしれないのに。
助けを求めて目線を逸らす。
も、助けは一人もいなかった。目線を逸らした先はもう一人の上長。
倉見眞帆。
我が社の研究開発部門のチーフだ。手元の数値しか興味がない、と言わんばかりにこちらを無視している。
「………………………………」
完全なる無表情。無関心。
こっちも楓や椿に負けないほどの美人だが、愛想はゼロ。片肘ついてタブレットをいじっており、難しそうな外国語の論文に没頭している。こんな風にコミュニケーション能力に難ありな人物だが。最新の採掘技術を次々に開発する凄い女子。
例えば、ダンジョンの入り口に配置するセキュリティ・システムなんかも。最新バージョンは彼女が作っている。あれ、今まで一度も破られたことないんだって。すごいぜ。
まだ怖くはないので、助け舟を出してくれるかと思ったが。そう甘くはなかったか。
そして、さらに目線を逸らした先は――
「人数が増えて非効率になるって、あるんですねぇ。あんなダンジョン、普段なら半分の時間で制圧できるのに~」
猫撫で声で、もう一人の上長が俺を嘲け笑った。
式澤くろえ。
ダンジョンからの採掘品の精製~取引を一手に引き受けている。
フェミニンボブのインナーカラーは鮮やかな紫色。服もビジネスマンにはそぐわない派手さだが、実力がありすぎて誰も注意出来ない。
要はギャルだ。ギャルは怖い。学校に通っていた頃から、こういうイケてる一軍女子は苦手だ。
こっちを「チラリ」と見た後、「ぷぷっ」とわざとらしく音をたてて笑う。
社内でもずば抜けて(――つまり恐れられている楓や椿を差し置いても――)性悪な女だ。ここに集まって俺を糾弾している中でも、こいつが一番苦手。
他のメンバーは業務上の叱責。
だが、こいつはシンプルに俺を虐めて楽しんでいる。控えめに言って呪われて欲しい。
「えっと、お名前~……? 扶桑? さんって。この仕事何年やってるんでしたっけ。私より全然長いですよね~?」
「……無駄に長く生きててごめんなさァい……ッ!」
「ふふ、別の業界のほうがいいんじゃないかな~って。向き不向きがあるじゃないですか」
「うう」
「扶桑さんはもっと、簡単なお仕事が合っていると思うんですよぉ。雲の数を数えるとか」
ぐぎぎ……ぐぎぎ……悔しいです!
くろえは実のところ、俺に話しかけていない。
さっきからこちらを見ていないのがその証拠だ。視界の隅には入っているのだろうけど、意識には入っていない。楓たちとのガールズトーク的なやつの、ちょっとした話題の一つとしか思っていないのだ。次の瞬間には、再び俺の名前を忘れているだろう。
苛立ち。無視。嘲笑。
三者三様。いや社長の楓による呆れ、を含めると四者四様か。バリエーション豊かではある。
ただ、内容としては全会一致。不適。散々な評論だった。
悔しいがダンジョン探索は成果重視。文句を言うほど、愚かじゃない。
「明日のダンジョン探索業務からは、扶桑君なしでやりましょう。塚原さん、計画の修正は?」
「不要です。もともと、戦力に入れていませんので」
「結構」
「あっ、あのぉ。私めは何をすればよろしいでしょう。不肖、扶桑景一郎、なんでもやります! だからクビだけは勘弁してください!」
「ふーむ……。では、後方待機を。塚原さん、何か渡しておいて」
「では扶桑、この本を読むように。読み終わったら支部で待機」
秘書の塚原椿に渡されたのは広辞苑であった。
こうして俺の初出張は、初日にして全業務終了を宣告された。
――
役員室の陣容:階級差が大きいため扶桑景一郎はよく把握していなかったが、それぞれが下記各部門の責任者を務める。ただし、ダンジョン探索・開発は個人の実力に依存するところが大きい。そのため、執行役員になるほどの階級でも、しばしばハイランクの現場で活躍することが求められる。ダンジョン関連を業務にする以上、年功序列制度は廃止される傾向にある。
CEO…九条楓(18)。
CAO(総務部門の責任者)…塚原椿(18)。
CTO(技術部門の責任者)…倉見眞帆(20)。
COO(営業部門の責任者)…式澤くろえ(18)。