第四話
権能。
神が司る力だとか、そういうようなイメージで使われるフレーズだ。
ただ、ダンジョンが湧き、魔法の存在が公にも認められるようになった現在。
新しい意味が辞書に加わった。
『死と戦争の権能。刺し殺しなさい』
セシリアが厳かに唱えると、大型のモンスターは首を刎ねられて絶命した。
ざぐり
と首周りの筋がちぎれる音が聞こえ、一拍おいて頭部が転がり落ちる。
ダンジョンを潜っていると、神話における『神様』の力を獲得することがある。より深く潜れば、より強力な力を獲得できる。神格の高い権能は熟練者の証だ。
それが『権能』。
(強い! とんでもない手練れだ、この女)
獲得する権能はその国の文化に根ざしたものになる。だからこう予測した。
「北欧神話の系統か」
実はあまり賢い方ではない俺でも気づいた。セシリアは北欧、スウェーデン出身だ。
(北欧神話で、戦争……戦いを司る神……まさか)
俺の脳裏にとある主神の名前がよぎる。
もしそうだとしたら、セシリア・ウクセンシェーナは北欧神話体系で最も強い権能をもつことになるぞ。
まじかよ。つよいぞ。かっこいい。
切り落とした大鬼の首を蹴り飛ばし、セシリアは鼻で笑った。
取り巻きも一息ついた様子だ。
『ふっ、他愛ない。今のはこの国のオーガね?』
『ああ。そこそこ強力だな。Bランクダンジョンのボス相当だ』
『では、制圧完了か。採掘作業に移行する』
『ううむ、おかしくないか? セシリア様』
『ん?』
『ボスならもっとダンジョンの底に居るはずだ。こいつは大して潜らずに現れた』
『……確かに。多数湧くモブモンスターのように』
セシリアと、長身細身のセシリアより更に一回り大きい従者のような女性。
セシリアがヴァルキュリャ隊とやらの隊長だとすれば、こっちは副隊長だろうか。何か話し合っている。
難しいことはよくわからん。でも分かっていることを俺なりに忠告しておこう。
「あのー……セシリアさん?」
「ん。まだいたのね、ジャップ。もう帰っていいわよ」
しっしっ
と手で追い払われる。
眉を寄せ、臭いが不快だと言わんばかりに鼻を覆う。まるで野犬か獣扱いだ。ひどい。
「あ、あのですね。あんまり奥に行くとダンジョンの通路がごちゃごちゃに動いて帰れなくなりますよ。もう手遅れかもだけど」
「は?」
「ん?」
あれ。なんか話が通じない。
もうちょっと噛み砕いて伝えよう。
「つまりですね。入り口が分かんなくなっちゃうでしょ? ダンジョン踏破熟練者のセシリアさんなら知っているでしょ。もっと慎重に進みましょう」
と、いいながら俺は後ろを振り向く。
うわ。げ。
振り向いた先には、外から入ってくるはずの日光がまったくなかった。だってコイツらがズンズン先に行くんだもんな。
「やっべ。もうだいぶ通路動いちゃってるじゃん」
これ帰りのルート見つけるのすげぇ大変なんだよ。今日も残業じゃん……。
ウチの会社は残業代がでない。正確には、本社の方は百パーセントでる。けど契約社員の俺は契約上年俸制なので一円もでません。つら。
頭を抱えている俺の襟を、セシリアの取り巻きがつり上げた。
「ぐええ」
尋問官はセシリア本人。
偉そうに腕を組み、肩こりが心配になるくらい重たそうなバストを両腕に乗せ、クイと顎を上げて問いただしてくる。
「ジャップ、答えなさい。何をした」
「何をって……? え? え? 何もしてませぇん!」
「出口を塞いだのは貴様か。すぐに戻せ」
「え、え? 通路の動きはランダムで読めないので、戻せませぇん! 生まれてきてごめんなさい!」
「……?」
『セシリア様』
『嘘を言っているようには見えない』
人のことをつり上げたかと思えば、地面に叩き落とす。ひどい。
本日二度目の地べた腹ばい。土下寝、潰れたカエル体勢だ。
そんな俺の額を、セシリアは靴の裏で持ち上げて尋問を続ける。
「どういうこと? 答えなさい、お猿さん。このダンジョンは通路が動くの? 法則は?」
「普通はそうじゃないんですか?」
「そんなダンジョンの仕組み、聞いたことがない! なぜ、先に言わなかった」
「すーましぇん……俺、ダンジョンはココしか知らなくて……多分ランダム? です。すわせん、すわせんっ」
「なっ……!」
「生まれてきてごめんなさぁい……」
そうか。これは普通じゃないのか。
なんかさ、おかしいと思ったんだよね。
周りの世間話と比べて俺のダンジョンめっちゃしんどいんだもん。
ダンジョン難易度の測定は本社の査定部門がやる。そのときは入り口から進んですぐ行き止まりに突き当たった。
結果Eランク。それを管理する俺の年俸もEランク。ひどいや。
実質BとかAランクなんじゃないの。逃げ回って業務時間が終わるわけだ。
「どうすれば入り口に戻れる」
「えー、普段はサビ残して頑張ります。走りまわって気合で帰還ルート見つけます」
「ジャップ造語、カローシ……! これが噂の。なんて劣悪な生産性なの……」
『セシリア様!』
『どうした』
『敵、先程のオーガと同種。数は五! ……いや後方にも、合わせて十!』
『馬鹿な』
ヴァルキュリャ隊とやらが慌ただしくなってきた。
『馬鹿な。ダンジョンのボス相当の魔物が、こんな多数だと。まさかSランクっていう計測は故障ではなく……』
『総員、防御態勢! 任意に権能を展開せよ!』
『円形陣を敷け! セシリア様を守れ!』
『オーガ種、左方から更に十五体来ます!』
『戦争の権能ッ』
セシリアの魔法が発動。
優雅に指をふるった先ほどと違って、所作に余裕がない。冷や汗もかいている。
数が多すぎて捌ききれないようだ。十や二十どころの騒ぎじゃない。続々とくる。
百以上いそうだぞ。
一方こちらは補給無し。持久戦は不利だ。このままじゃみんなやられる。
ヴァルキュリャ隊は手練な様子をみせたが、四方を数で圧殺されては限界が来た。
『セシリア様、逃げ――あぐっ』
名も知らない隊員の一人が脇腹に金棒をくらう。
連撃。脳天に追撃が振り下ろされる。死んでしまう。
俺は選択を迫られた。
手練れとかなんのかんの言っても、随分若い見た目だ。年下。まさか十代。未成年じゃないのか。
あの子の一番近くにいるのは俺だ。
後ろの逃げ道に一番近いのも俺だった。
(くそっ、くそっ、くそっ!)
なんだよ。なんでこうなる。
俺はなんにも立場を与えられていない。学はねえし、才能もスキルも経験もない。
給料だってこの子たちの半分とかじゃねえのか。
え、もっと少ない? だったら泣くぞマジで。手取り十万円台前半を舐めんなよ。
そんな俺がなんで責任とって矢面に立たなきゃいけないんだ。そういうのは普段から金もらってる奴がやれよ。
「でもしょうがねえか、畜生め」
女の子が危ないんじゃ、しょうがねえか畜生。
土下寝の体勢からとっさに立ち上がり、隊員の子を突き飛ばす。
そのままカッコよく反撃――といけばよかったんだが、現実はそうもいかず。
こちとら凡人なんでな。
――ばごん!
間髪入らずに金棒が俺の額を叩き割った。
連撃の横薙ぎがもう一発。刃の無い金棒なのに、首は強引に千切り飛ばされた。
霞む視界で見えたのは、自分自身の首なし胴体だった。
――
オーディン:北欧神話の最高神。魔術に熟達し、死と戦争を司る。