第三十九話
サラリーマン生活初の出張だ。
社長の楓たちはプライベートジェットからのヘリ。俺は鉄道だったのが格差を感じて辛いが。
それでもかなりウキウキする。駅では出雲そばを頂いた。
ウマイ!
普段働いている時間だとより美味い。
ふーむ、島根は田舎と聞いていたけど、松江城とか石見銀山とか見どころは多いじゃないか。
(帰りに時間あったら、こっそり観光しよう)
ガイドブック片手にそう決心。そんな楽し気な出張は、楓たちと合流して吹き飛んだ。
ダンジョン採掘の時間である。
事前分析で有望という洞穴を、少し潜った地点で。俺はヒイコラ走り回っていた。
「扶桑君、遅い! もっと手早く運んで頂戴」
「はい社長!」
「こっちも! 遅いぞ扶桑! さっさと動いて」
「わぁ……ァ……!」
怒鳴り声で呼ばれる。
ダンジョンの岩壁に女性陣の声がよく響く。そのたびに俺は走り回って、こけて、またまた走り回る。アイテムのレアリティに応じて選別。これも苦手だ。トロトロやっていると、獲得アイテムの運搬作業が追いつかない。
役員室は我が社の最精鋭メンバーが集まっている。
楓を含めて全員が、Aランク権能者の実力を持つ。同じ人数なら、例のヴァルキュリャ隊とも戦闘力でタメを張るだろう。
ダンジョンモンスターの処理速度もすさまじい。
「ひぃっ……。ひぅっ……! くぅ、もっと深いと、肉体強化で楽なんだけどなァ」
たぶんこのC~Bランク帯が一番しんどいな。
標高の低下によるパワーUPと、モンスターの強さUPが吊り合っていない。モンスターのほうがまだまだ強い。めんどうな権能を拾ってしまったもんだ。
Bランクといえばけっこうな難易度のはずだが――
「フッ!」
一閃。
楓が腰に差している打刀を抜き放った。
カタカタと骨を鳴らしながら近づいてくる骸骨の化け物たちを、まとめて一瞬で粉砕。骨の粉がダンジョンの壁面に「ばしゃああっ」と叩きつけられた。社内マニュアルだと骸骨系は復活に注意、と書いてあったのだが……。楓の太刀筋が強烈すぎて、立ち上がって来ない。
気持ちは分かるぜ。
俺の権能も復活系だけど。あんなのでシバかれたら立ち上がる気にならんよな。
キラリ、と楓の刀が輝いた。
名刀『桜橘』。
役員室のメンバーの戦闘力は極秘扱い。だが、これは有名なので知っている。
楓が振るう切れ味すさまじい刀。社に飾られている鎧竜の首は伝説だ。あれが飾られて以来……絶世の美女にして財閥令嬢とはいえ、楓にモーションをかける命知らずな男性社員は居なくなった。噂だと、この女ダイヤモンドとか斬れるらしい。
それと俺は持ち前の視力強化を活かし、もう一つの楓の長所にも気付いていた。抜かりなく。
戦闘中の楓は長髪を後ろで一つにまとめている。ポニテだ。個人的には名刀とかよりもこっちが素晴らしいと思いますね、はい。
思わず見惚れる。
「扶桑君、ぼさっとしないで」
「あ、あっす! あわわ……」
「はぁ……。アイテム選別と搬出に一人増やして! 式澤さん、出来る?」
「はい、社長! チッ、足引っ張んないでよ……。ちょっと、出口逆でしょ! あー、マジでコイツつっかえない……!」
「あがががが」
顔では愛想笑い。心では泣いた。
優秀な年下の同僚にあきれられると、胸のあたりがシクシクします。
このダンジョンは整備がまだ十分にされておらず、搬出の自動化がされていない。モンスターがアイテムや資源ドロップを手早く回収しないといけないのだが……。
そもそもダンジョン採掘のスキル・実績が無いんだな、これが。
担当のダンジョンでは逃げ回ってばかりいたからな。戦闘技能ばっかり鍛えてしまった。
戸惑って、同僚の足をひっぱってばかりいる。それとは対照的に、楓たちのパーティはダンジョンの最奥まですでに辿りついていた。
ボスエリア。
スゥ―― とあたりが一層暗くなる。青白い人魂がいくつも漂い始めた。
カタカタカタカタ…………
と、骨を鳴らして現れたのは、巨大な体格のボス。いや、違う。骸骨の集合体だ。
かなりデカいぞ。
このあたりは天井まで十メートルはあるが、そこに届くくらいデカい。強そう。
それがまばたきの間に、縦に真っ二つに割れた。いィや速いって。まだ戦力分析してるとこでしょ。
「む。さすがにしぶとい」
楓が小手調べに振るった初太刀。
それだけでもボスをざっくり両断したが、まわりの骨を集めて復活してくる。回復力がこいつの真髄か。攻略法。そうですねぇ、このタイプのはおそらく、骸骨ひとつひとつにあるコアを順番に叩いて――
「フゥ。おいで、『日と月の権能』」
そこからはよく、いや。
まったく見えなかった。(――五感強化をしているのにありえるのか? 少なくとも、マッハ2程度のモノは目で追える俺が、余韻すらわからなかった)
誓ってまばたきはしていない。
コマ落ちするように楓の姿は消えた。
そして同じようにまったく予兆なく、楓は全ての骸骨モンスターを粉々にしていた。
なんだそりゃ。強すぎでしょ。ウチの首脳陣ってなんか実力おかしいぜオイ。
「制圧完了。ダンジョンランク測定は?」
「確定しました。Bランクです」
「我々が出るまでもなかった、か。技術部門によると、Aランク上位のダンジョンがこの辺にあるはずなのだけど」
「採掘可能状態まで整備しますか?」
「いえ、あとは支部に任せましょう。塚原さん。支部に引き継ぐまで、簡単な復活防止の処理よろしく」
「了解」
「それが終わったら、……ハァ。ミーティングなんて無駄なこと、何度もしたくないんだけど」
言わなくても分かっているな。
と楓はこちらを一瞥した。
こりゃ多分お払い箱だな。結局圧倒されるだけで終わってしまった。
――
桜橘:九条楓の所有する日本刀。彼女の依頼に応じて、三重県の刀工が鍛えた名刀。ダンジョン由来の特殊な素材を用いている。試し斬りの際に道場の床が崩落して以来、楓以外には扱えない危険品とされる。