第三十八話
三章も最初はかなり苦労しますが、エンディング方針はいつも通りいきます。
どうぞお付き合いください。
「次。ダンジョン採掘部門の実績を」
本日も辛い時間が始まってしまった。
俺の勤め先である九条採掘株式会社の第一会議室。
この灰色無機質で情緒のない部屋に、社長の声がひびく。
「よろしい。ダンジョンの発生とBランク権能者の配置はあなたの案で進めて頂戴」
「はい、社長」
「次」
役員室。
と呼ばれるこの会社の首脳部。
そこはエリート中のエリートが集まる神域だ。ここでは一分足らずで数億、数十億の決断が繰り返される。
凡人で、学歴がゼロで、場違い極まりない俺は、部屋の隅っこで目立たないよう縮こまっている。長机の端の、さらに端。どうか居ないものとして扱ってほしい。
そんな願いは、毎回叶うことがない。
「最後は……扶桑くん」
「はいっ」
露骨に不機嫌そうな社長と、うわずった声で返事した俺。ミーティング参加者の目線が刺さる。全身串刺しの気分だ。
九条社長は先進的な人で、ミーティングの参加者を絞るタイプ。
全部で五人。俺以外は他も全員、優秀な人材ばかり。
人数が少ない分、俺のような不良社員は悪目立ちする。(――素行不良と言う意味ではない。不良品という意味だ――)
「ウクセンシェーナとの取引状況は」
「はいっ。こ、こちらのスライドで説明しゃやふ」
「……」
目線が冷たい。
九条楓。
大きく、純黒の瞳。くっきりと、意志の強そうな二重。
高く整った鼻筋。フェイスラインは細く、きめ細やかな肌。絶世の美女といって過言ではない。
豊かな黒髪は後頭部で丁寧に編みこまれている。
若くしてハーバード大学の経済学科を専攻し、日本に凱旋。この会社、いやその上の親会社である九条ホールディングスの次代の長だ。こんな子会社にいる理由は、親会社からの出向だから。さまざまなポストをあっという間に歴任し、いずれは本体のトップに就任する予定の財閥令嬢。
そんなエリートの御方と、なぜ庶民凡人が同席しているかというと。
理由は一つ。自分の実力じゃないから。とある事情で、下駄を履かせてもらっている。
「えーっ、こっ、このように、ウクセンシェーナとの取引量は、えーっ、右肩上がりです」
「……」
「えーっと、えー、今後の見積もりはぁ、えーっ――」
タァン!
「ひぃっ!」
楓が机をはたいた。
思わずプレゼンを中断。
おそるおそる、発表スライド用のPCを凝視していた目線を上げる。助けて。誰か助けて。
「こんな分かり切った棒グラフをダラダラ並べて、何がしたいの?」
「はっ、は、はいい!」
「我々はその辺に掃いて捨てるほどいる三流のコンサル企業ではないの」
「ひぃっ、はい」
「手持ちのデータをテンプレートに当てはめるなんて猿でもできる。次の利益に直結する分析を、一目で理解できる報告をして頂戴」
「はいぃ、気を付けます……」
「っ、ハァ――……」
威嚇するように、楓は長い溜息をついた。
『こんな基本的なことを社長に言わせるな』と顔には書いてある。
顔はトップ女優なんて歯牙にもかけないレベルで美人。なのに怖すぎる。
この年下クソ怖美人上司は俺のことが大嫌いだ。仕事人としてのレベルがまったく違う。時間の無駄で、邪魔だと思われている。
(このグラフとか、かな~り一生懸命作ったんだけど……)
泣けるぜ。
ミーティングのたびにこれだ。言っていることが全部、正論なのが辛い。
こんなん早々にクビを切られそうそうなものだが――
「コホン。次から、気を付けるように」
「まことにごめんなさい……」
楓には俺をクビにできない理由がある。
ウクセンシェーナとのコネだ。
楓にとっては不可解なことに。ウクセンシェーナ・グループとの取引は、俺を窓口に設定するよう先方から指名があった。
せっかくこぎつけた提携の話。これが上手く運べば、楓はここ子会社を跳び越えて本社・九条ホールディングスのトップになれる。いや、なる。規定路線だ。
苛立ちながらも俺を使うしかない。
じゃあ、俺から辞めてやる、こんな辛い仕事。というとそうもいかない。泣ける。
(例のSランクダンジョンは全然採掘していないからな……)
俺が担当しているダンジョン。
最奥のクリア報酬である『星の勾玉』はゲットしたが、他は手つかずの状態だ。類似のアイテムがあるかもしれないし、他にも有用なものがあるかも。手放すわけにはいかない。
そこに自由に入れるのは、俺が九条採掘の従業員だからだ。辞めてしまったら入れなくなる。
お互い手詰まり。
となると、俺は楓の叱責を受け続け、楓は俺の成果報告に苛立ち続けるという膠着状態が発生する。
こんな感じのサラリーマン生活。それとウクセンシェーナの私兵、セシリアたちの下僕、とやることは多い。三重生活はしんどいって。
ふらふらと着席したところで、楓の秘書がミーティングの終わりを告げた。
「社長、この後のご予定は午後一時から、Aランクダンジョン十五番の視察です。その後は島根・鳥取ほか中国地方全域のダンジョンを視察します」
「ええ」
「Aランクダンジョンが複数。一部未制圧のものもありますので、人員は計画通りに?」
「そうね。役員室は皆、参加するように」
「「はい、社長」」
我が社のダンジョン制圧は実のところ、楓のようなAランク権能者に依存するところが大きい。
俺はお邪魔なので退散しようと思っていたところ、秘書の人が続けてこう言った。
「いくつかウクセンシェーナが、取引項目に入れたがっているダンジョンがありますが……。アレ、どうします?」
「……はぁ。アレでも荷物持ちくらいはできるでしょう」
「了解しました。扶桑! 出張の準備を」
やっと針のムシロな時間から解放されたと思ったのに。
アレ呼ばわりされながら、俺の出張は決定した。
――
九条家:日本最大の財閥。総資産四千兆円超え。ウクセンシェーナと対等に張り合える数少ない存在。現当主高齢により、九条楓の次代就任が内定している。
役員室:九条採掘株式会社の頭脳にして心臓部。一昔前は社内政治が上手い老年男性が多かったが、九条楓によって一掃された。今は文武ともに優れた楓の近侍が就任。九条ホールディングスの子会社にしながら、経常利益二兆円以上を稼ぎ出す原動力となっている。