表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/80

第三十五話

 カタリーナの「かひゅっ、かひゅっ」という呼吸音が響く。


 冬のスウェーデン北部は夜が長い。


 夜明けまでの勝負、という取り決めは、どうもカタリーナにとって不利なほうに働いているようだ。長期戦はどう考えても選択ミスだろう。


 一戦終えて。シーツの上で、第二十三代ウクセンシェーナ家当主、カタリーナ・ウクセンシェーナが過呼吸に苦しんでいる。


 大変そうなので口を優しく塞いで、呼吸を整えててあげた。


「はっ……は……♥」

「カタリーナちゃん。これで俺の十戦十勝だけど、まだ続ける?」

「く、う……な、ぜ。ジャップは小さいと聞いていたのに……あの人よりも、ずっと大――」

「ほら、差別用語禁止だぞ」

「ぐぎ!」


 仰向けで力尽きているカタリーナの腹を、ぐりぐりと拳で(しつ)ける。


 ハートマークの刻印に魔力をパチパチッと流すと、「かひぃ」っと声にならないかすれた息を吐いた。ばたばたと両脚を広げながら一生懸命抵抗している。


 十分ほど水揚げされた魚みたいにバタつかせてから、魔力流しをほどいてあげた。化粧が涙と涎でぐちゃぐちゃだ。妻としてだらしない無作法だが、俺は優しいしまだ初日なので見逃してあげよう。


 さて。


「カタリーナ? 二人っきりの時の取り決め、忘れちゃったかな?」

「う、う、『当主として外向けに振る舞っている時は偉そうにしていいけどっ」

「はい」

「二人っきりの時は、年増が舐めた口利かないこと』!」

「覚えてるじゃん。なんで守らないの」

「あ゛あ゛ぁぎ――――!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチッ!


 あー、また気絶だ。


 北欧の、最上位貴婦人が白目むいていやがる。でも絵になるなあ。


 こう、横顔が良いよな。高い鼻のラインと、顎にかけての起伏が芸術的だ。うっかり見とれてしまった。


「おーい。起きろー」

「……………………かひゅ! ひっ、ひっ♥」


 昼は態度デカいくせに全然よわよわだな。(セシリア)と同じくらい弱い。


 まったく、前の夫とはどんな情けない夜をしていたのだ。どうせ弱っちい営みをしていたのだろう。それで(セシリア)(カタリーナ)に似てしまったのだ。


 これはウクセンシェーナの危機だな、危機。このままでは北欧の要石が緩んでしまう。


 俺がしっかり手綱を引き締め、ゆるみ切っただらしない血筋を鍛え、躾け直さなくてはならない。責務に決意をあらたにする。


「じゃ、もいっぱつ」

「もっ、もぉ降参っ、降参! 分かった、分かりました!」

「おォん?」

「セシリアとの結婚は、認める! 認めようじゃないか! こ、これでいいだろう」

「よーし、あっさり一人娘差し出したなー。あれ? でも、それじゃーまだ半分だよね」

「はいっ、わ、わたしも、わたしもお前の女になる――さっ、させてください! 結婚!」

「おっ、だいぶ分かって来たね」


 口調は少し矯正の余地あるが。先回りした察しの良さは(メス)として合格だ。


 飲み込みが早いじゃないか。物覚えが良い。セシリアもそうだが、元々賢いしやればできる子達なのだ。


 飼い(もち)主として鼻が高いぞ。


「じゃあセシリアとカタリーナは俺の妻ということで。さっそくこれも書いちゃおっか」

「こ、れは……」

「そ。ご存知、ウクセンシェーナの家系図ね」


 装飾が施された羊皮紙のスクロール。五百年以上前に製作された、非常に古いものだ。


 そのスクロールがキングサイズのベッドの上を転がり、カタリーナの前で開いて止まった。


 ウクセンシェーナ家系図。


 偉大な初代当主から二十三代ほど。脈々と繋がりしは、バルト帝国時代。三十年戦争。ナポレオン戦争。第一次、二次世界大戦も経験した由緒正しい家系。その記録原本。世に出せば国宝級の品だ。


 その嫡流。最先端にはセシリアと、その母カタリーナ、前夫の名前が並んでいる。


 そこに――


「さ、どうぞ。ご当主自ら、お書きください」

「う、う、うむ」


 カタリーナを四つん這いにさせて、ペンを握らせる。『契約の権能』の魔力を帯びた、極めて拘束力の高い羽ペン。


 このペン先をセシリアの隣の空白に。


「まずは俺の名前な。気持ち大きめに。セシリアの夫は?」

「扶桑……景一郎様……っ」

「よし。線で結んで。濃くね」

「我が娘セシリアの夫、と認める……!」

「次は?」

「次、次は……。だが、この線を書いたら本当に言い訳出来ない! 後世の歴史家に、わ、笑われてしまう!」

「ふーん。俺よりも自分の見栄のほうが大事なんだ」


 さすさす、さすさす


 っとカタリーナの頭部を撫でる。銀髪を一撫でするたびに、カタリーナの抵抗力は削ぎ落とされていった。


 上気し切った顔で、ギリギリと歯を食いしばり、ドロドロの感情に耐えている。持ち前の精神力の底力を見たぜ。


 が、手遅れっぽい。


「う、う、駄目だ! ご、ご先祖様、前夫(あなた)、ごめんなさい! もう駄目です!♥」

「おおっ? 三秒? 陥ちるの早くね?」

「この男っ! 相性が良すぎる!♥ 髪を撫でられるだけで無理! 遺伝子も、夜も、権能も!♥ 全部、全部勝てないっ……ごめんなさい乗っ取られます! 我が血筋はこの男に弱すぎる! ウクセンシェーナは、本日をもって、私の代で、この男に全部簒奪(さんだつ)されます!♥ 認めます!」

「おー、ご当主の宣言。お見事でした」


 パチパチ


 俺に褒められながら、完全降伏したカタリーナは線を書き足す。


 前の夫とは反対方向に。濃く、ずっと濃く。娘婿と自分を線でつなぐ。


「まだまだスペースあるからな。ここには何を書く予定何だっけ?」

「ここはっ、私の孫っ♥ それとこっちは、孫よりも若い実子♥ の名前を、書く予定です! キッチリ誕生日を書くので、バレます! 後世に順番滅茶苦茶なこと、全部バレちゃいます!♥♥」

「そっか。カタリーナの下品な本性が後世に伝わって、よかったなあ」


 よかったなあと思いました。


――

ウクセンシェーナ家系図(抜粋):

┌―――――┬ 二十三代・カタリーナ ―┬ (前夫)

扶桑景一郎- │――――┬―― 二十四代・セシリア

      ?    二十五代・?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。 評価・ブックマーク・感想お待ちしています!
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり直接的なエロよりたくさん想像出来るからこれからもギリギリのライン守ってもろて。 [一言] もっと優越感マシマシでおかわりお願いします!
[一言] なんでこれが全年齢なんだ… けど色々読み応えあって笑う。 ストーリーもざまぁも痛快だし。
[良い点] いいね! エロス的にいいね! とりあえず主人公が外道でないことがいいです。 浮気だめよ? ハーレムはいいけど他人の女とったらだめよ? [気になる点] これ血族錬成待ったなし? 娘生まれたら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ