第三十三話
敵の方が火力に勝る。
侵入してきた敵の暗殺部隊に、徐々に包囲されながら。俺は不利を自覚していた。
部屋の中央にある玉座を盾にしつつ、撃ち返す。
俺の背中に控えながら「なんとかせよ」と熱心(苦笑)な声援を送ってくれるカタリーナを守りつつ、撃ち返す。
「チッ、かなり手練れだな」
拳銃の装填の間に、思わず舌打ちしてしまった。
奴ら、いい腕していやがる。集弾率が高い。弾丸にこめられている魔力も多い。
カタリーナの重厚な玉座を盾にしていたが、ガリガリと削られていく。まずいな。
四十五度ほど傾いている床。それを降りるように。さらに部屋の後方へカタリーナを押し出し、戦況分析を伝える。
「新ソの、かなり鍛えている特殊部隊です。命乞いは通じないでしょう」
「ほう。分かるのか」
「北アフリカでも似たようなのが居ました。装備がいいでしょ?」
俗にいう、スペツナズってやつだ。
強いんだよね、こういう部隊の連中って。その証拠が一つある。
ドドドドドドッ
と玉座がくだける音。こんな風に、さっきから着弾の音しかしない。発射音がしないのだ。そういう小銃は高価だ。静音系の魔法処理をライフリング部分にしていて、奇襲や暗殺に使う。すごく高いし貴重。
一般兵には配られないシロモノだ。
「っていうわけで、選りすぐりの特殊部隊だと思います」
「ふーん。知らなんだ」
「え、知らなかったんすか?」
「ふむ。敵に自由に撃たせる前に殺すから、気にしたことがなかった」
こっちはこっちで頭おかしいこと言っているし。
「で、その装備がいい敵に、お前の銃で勝てるのか?」
「フッ……! よくぞ聞いてくれました、ご当主! お任せを」
俺は愛銃のリボルバーを掲げて必勝を宣言した。ぎらり、と鈍くステンレスが輝いた。
「スミス&ウェッソン製、M686プラスッ! シリンダ部分を強化材にすることで、357マグナム弾を七発! も連射可能。あのコルト・パイソンを凌駕する名銃っす!」
「早口ウザ……」
「ちょーかっこいい!」
「はぁ。男って愚かだなあ。カッコいいと敵を倒せるのか?」
敵をサクサクと迎撃しながら俺の相棒を紹介したのだが、イマイチ魅力が伝わらなかった。
なぜ……かっこいいのに……。
「だが腕はいいな、貴様」
「おん?」
「高いコヒーレントの魔力を弾丸に込めている。着弾と同時に魔力と物理的なダメージを炸裂させているわけか。防ぎにくいだろう、いい腕だ」
「うぇひ? え、えへへへ?」
「凡人にしてはな」
褒めるの下手か。
一言多いんだよ、おばさん。
内心で毒づきながら俺は敵を次々に撃ち倒していく。
銃の扱いは得意だ。得意にさせられた。平和なサラリーマンをやっていたのに、セシリアとかいう鬼教官に叩き込まれた。
『自分の入り婿が低能なわけがない』
という謎のこだわりのせいで、文武共に徹底的に教育されているのだ……。もう脳みそがとぅるとぅるのとぅーになるまで勉強・訓練の毎日である。でも婿と認めてくれるからこっちも必死。おかげで銃撃戦にはそこそこ自信がある。
包囲態勢の敵はこちらの反撃にひるんでいるようだ。良い調子。このままいけば――
と油断すると良いことがないと、最近気づいた。
「覚悟しろ、ウクセンシェーナの魔女め! 『城塞の権能』!」
「げッ! ご当主、なんかやばそうッス!」
「なんとかせよ」
ロシア語。語学も最近セシリアに叩き込まれた。
その詠唱が聞こえた途端。敵部隊が倒れなくなった。こちらの弾丸が弾かれる。
「チ、向こうにも権能者いるのか! 堅い!」
敵兵の周囲に無数の砂利のようなものが漂い、射線を邪魔してくる。強引に撃っても「ギギギギッ」と着弾までに弾かれ続けて、的に当たらない。
『城塞の権能』ね。
城塞ということは防壁・石垣を展開しているイメージか。
こっちの火力は精々護身用。上限がある。マズイな。
「防御系の権能です! どうしよ」
「なんとかせよ」
「うーんんん!」
チクショウ、この女。頼りになると思ったのに全然役に立たん。
魔力の接続が切れたからってサボってんじゃねえぞ。
一番最初の爆破。この天守を傾けたときの、吊るし鎖の切断で魔力も切られてしまったらしい。
鎖が四本もあるんだから冗長化しとけや。
「ん……まてよ」
「どうした」
「床、傾いてますよね。天守を支える鎖が切れたから」
「ああ。不便だ」
そうではなく。のんきか。
傾いている。四十五度も。
いや、四十五度しか傾いていない。奇襲で時間がなかったから、まだ一本しか切っていないのではないか?
そう気づいたときに作戦を閃いた。
もっと傾ければいいじゃないか。俺の有利な場所に引きずり込んでやる。
一か八かだが、部屋全体に聞こえるように叫んでみた。
「ええっ! なんですってご当主!?」
「わ。耳元で怒鳴るでない」
「ここを吊るしている鎖。残りの三本のうち二本落とされたら、とっておきの切り札も使えなくなるゥ?!」
「……?」
「すんげぇヤバイじゃないっすか! まずは鎖を死守しなきゃ!」
そんな設定はない、何言ってんだこいつ。とカタリーナの顔に書いてある。
綺麗な眉を怪訝そうに曲げている。違います、おかしくなったんじゃないんです。
さっきのセリフを伝えたいのはカタリーナにではなく――敵部隊に伝えたかった。
ほんの少しの間を置いて、爆発音。それも二つ。
左右からほぼ同時に。
「おっ、さすが特殊部隊。素晴らしい練度。手際のいい爆破だ」
「おい、お前。何がしたいのだ?」
「まぁまぁ。見ててくださいよ」
床がさらに傾いていく。
頭を打たないようにカタリーナの後頭部を抱えておく。
天守を吊るしている鎖が、残り一本しかなくなった。
つまり鎖の長さが伸びきるまで、この天守は落下していく。ダンジョンのより深くまで。
「本領発揮だ、『生還の権能』」
「ほう、階層が下がると能力が上がるのか」
「そういうことっス」
落下するのに応じて、全身に魔力が湧き出る。急速に。強烈な魔力が充溢していくのが自覚できた。
やはり単なる戦場よりも、ダンジョン下層に潜った方が効く。
五感も極限まで研ぎ澄まされていく。
ほぼ砕けた玉座。かろうじて残った背もたれに飛び乗り、振ってくる敵兵を狙う。ほぼ垂直になった床の傾きに合わせて一斉に降下してきた。
俺の乏しい火力相手なら、落下しながらでも戦えると考えたか。甘く見たな。
「やれることはやった。さぁ勝負だ」
先ほどとは桁違いの照準速度。装填速度。
照準をピタリと合わせることすらしない。振るうように愛銃を動かし、敵影を銃口でなぞりながら引き金を引く。
落下中の間。すべての敵兵の頭蓋にそうやって銃口を揃え、357マグナム弾を叩き込んだ。
『城塞の権能』で強化されていた防御も、敵兵がまとっている砂利の隙間を見切って刺しこんだ。動体視力が強化され過ぎて、砂利も、周囲全ても、ほとんど止まって見えた。
降ってくるのは敵兵士の死体ばかり。
「勝ちぃ! しゃおらぁ! どうっすか? ご当主」
「おぉ。なかなかやるな。うん、苦しゅうない」
「へへっ、これで娘さんとの結婚を認めて――」
「だが、これからどうするのだ?」
「ん?」
超完勝でしょ。
のはずなのに、カタリーナが少し心配そうにしている。どうしたの。
「まだ落ちているようだが」
「えっ」
本当だ。
着地。というか、鎖が張って止まった衝撃が伝わってこない。
バカでかい建物だが、そこまで鎖は長くはなかったような。これもう軽く数百メートル落ちてね。
「あ、あれっ? 俺、全部で四本あるうちの三本切れば十分だって言いましたよね?」
「ああ言った」
「じゃあ、なんでまだ落ちているんでしょ。新ソの奴らバカだから、全部切っちゃったのかな」
「うーむ。思うに、鎖一本では普通に支えきれないのではないか?」
「……あ」
ガラガラガラガラ
と崩落音が続く。落下も続く。
そのまま敵兵の死体と一緒に、俺達もダンジョンの奥底まで落ちていった。
――
リボルバーとオートマチック:単純な装填速度や、サプレッサーによる消音特性はオートマチックが優れる。一方、リボルバーは装填時の弾丸が露出しており魔力を込めやすい。弾丸の配置が円状で魔術的にも有利な構造をしている。S&W製M686プラスは七発装填の構造で、素数は魔術的に重視される数である。
『星の勾玉』の使用頻度:持ち主の才覚によるが、日に何度も使えるものではない。また、ある程度長い詠唱が必要のため、戦闘中の使用には莫大な魔力か習熟が必要。超ピンチな落下中にとっさに使うとかは無理だから、観念しよう。