第三十二話
地面が消えた。
そう錯覚するくらいに、突然の崩落。
突然、ウクセンシェーナ城の中央部。天守が大きく傾いた。
「わ、わァ……! わぁ!」
「襲撃か」
俺は手をバタつかせて、近くの柱にしがみつくのが精いっぱいだったが。
現ウクセンシェーナ家当主、カタリーナ・ウクセンシェーナは落ち着き払っていた。おもむろに玉座から立ち上がり、魔法杖を構える。
傾いた地面に足から魔力を巡らし、法線方向に直立している。完璧な迎撃態勢。
肝の座り方が違うな。
三十代半ばとまだ若いが、この人もセシリアと同じ。歴戦の魔法使いだ。
「恐らく天守を支える四本の鎖が一つ、切られたか。下郎、援護せよ」
「わ、た、た、っと。了解です! 他に衛兵は?」
「フン。娘が他言無用の大事な話というからな。人払いしている。だが、問題ない」
ギン、
ギン、ギン!
と強烈な魔力脈動とともに、カタリーナの周囲に魔法陣が展開される。
曼荼羅のように複数の円が立ち並んだ魔法陣。かなり高度な術式だ。読み解こうとしてみたが、ぜんぜんわかんない。こりゃあ問題ないわ。頼りになりそう。
さて、襲撃者についてだが。
「どんな勢力か分かりますか?」
「ふむ。アメリカがここまで強硬になるとは考えにくい。恐らく、新ソ連の連中だな」
「新ソ連……!」
新ソビエト連邦。
第二次世界大戦の終結後。間もなくソビエト連邦は崩壊した。
しかし、強力なスラブ神話のダンジョン採掘物・権能を背景に、新ソビエト連邦として復活。
以降、スウェーデンとは明確な敵対関係にある。
先日まで戦ってきた北アフリカ戦線。あれも、相手方の後ろ盾や武器供給をしていたのが新ソ連。
好戦的なやつらだ。
「それにしても妙だな……。ウクセンシェーナ城のセキュリティは完璧のはずだが。どこから入り込んだ?」
「複数の足音が来ます。数は、フル装備の歩兵が二十三人」
「ほう、五感強化に肉体強化か」
カタリーナが瞬時に俺の権能を察した。
冷静だ。二桁の敵数に全くひるんでいないようだ。俺もつられて落ち着きを取り戻せた。護身用の銃を構え、敵が飛び込んで来るのを待つ。
ものものしい足音が近づき、
バァン!
と大広間の扉が蹴り空けられた。突撃銃を構えた特殊部隊。屈強な兵士が十人以上。
一斉に敵が突入してきたところに、カタリーナの先制攻撃が炸裂した。彼女の周囲に浮かぶ魔法陣が、強く明滅。
ギャリリリリリリリリリリリリリリ
と、チェーンソーみたいに連続する金属音が響いた。
次々に転送されてくる大剣が、石造りの床に突き刺さっていく。敵兵を両断しながら。
強ぇえ!
一気に半分も減らした!
カタリーナの権能は『契約の権能』で戦闘タイプのものではない。だが、そもそもの魔法使いとしての地力が桁違いに高い。
戦闘に応用した転送魔法での、質量攻撃。熟達した北欧ルーン魔法で、残りの敵もガンガン燃やしている。強い。
こりゃ出番はなさそうだ。
「ヤッター! お母さまカッコイイー! やっちゃって下さいよォ!(三下)」
「フフン。当然だ」
「オラオラァ! 新ソの雑魚どもが! 死にたくなかったら降伏しやがれ!」
最高に下っ端のムーブをかましつつ、声援だけ送っておいた。
またしても、だが。言わせてもらおう。俺要る? これ。楽勝じゃん。
敵、もう半分しか残ってないよ。奇襲にしても少なすぎるっしょ。楽勝、楽勝。
と、思ったのだが。
様子がおかしい。
「ん?! 足音が増えた。まだ増えてます」
「……何?」
「追加で十、二十……二十。残っている第一陣と合わせて三十人」
「馬鹿な」
転送魔法。
向こうも使っていやがる。
いや、そう考えるのが自然か。このウクセンシェーナ城は関所をいくつも越え、万全なセキュリティに守られた要所。何十人も暗殺部隊を送れる場所ではない。
普通の手段では。
だったらひとっ飛びで出現できる術を使っている、と考えるのが自然。
だからか。だから装備がせいぜい突撃銃なのだ。彼らの技術では、重火器までは重すぎて瞬間移動できないのかも。
「って思うんですが」
「ありえない。ここで使える転送魔法は、我がウクセンシェーナの保有する最高ランクのものだけだ。そういう結界を張っている」
「……ご当主が言っている最高ランクって、Aランクですか?」
「そうだが」
「それってアメリカに解析されたって、セシリアさんが言ってたよ」
「ハッ。ありえん。あれは一部のセキュリティに技術的な欠けが見つかっただけだ。セシリアが既に穴を塞いだ」
「俺が持っているSランク技術を使って上書きしたんスよ。もしかして、ご当主のセキュリティはそれ反映してないんじゃ」
そんなわけないだろう。
とカタリーナが、無知な田舎者を見る目でこちらを見た。鼻で笑い飛ばしている。それに合わせて首元のペンダント、『星の勾玉』を見せてあげた。
百聞は一見に如かずといったところか。
この強大な存在感のマジックアイテムを見れば、Sランクの存在も納得するだろう。
カタリーナの落ち着き払った深海色の瞳が、初めて驚きの色を帯びた。
「え」
「え」
「実在したのか。Sランク。ちょっと見せなさい」
「はい」
「……うわっ。本物か……それは非常にまずい」
「えっ?」
「この城や私の魔術は、すべて……その……。回路をAランク転送魔法で接続しているのだ。それが一番、楽でな」
「えっ、えっ、えっ?」
「もしアメリカと新ソ連が裏で取引をしていたら。私を潰すために技術を共有していたら、魔力が切れる」
「マジで?」
「ああ」
またしても百聞は一見に如かず。
明滅していたカタリーナの魔法陣が、少しずつ輝きを失っていく。
だめそう。
咄嗟にカタリーナを抱えて、玉座の裏側へ。間髪入れずに敵の弾丸が降りかかってきた。
何発かは背中にめり込んだ。痛ぇ。
このおばさん、何ぼんやり突っ立っているんだよ。
「きゃっ」
「こっちへ! 下がって!」
「む。むう、狭い」
「いいから。頭出さないで」
不服そうに隠れた先の狭さに文句を言っている。贅沢言うな。
あ、そうか……、逃げたこととか無いのか。今まで。凄まじい才能と地位と実力のせいで、慣れていないんだ隠れるとか。
それにしても――
「新ソとアメリカが手を組むって、なんでそんな大国にばっかり恨まれるんスかぁ!」
「うーむ。ドカンと空母一隻沈めたのがそんなに気に入らなかったのか。死人は出ないようにしたのだが」
恨まれてる理由、それだわ。え、そんなことしてんの? 改めて頭おかしいわ、ウクセンシェーナ家。
くっそ~~やるしかねえか。ようやく休暇が取れたと思ったのに。せめてセシリアが援護に来るまで、彼女の実母を守らなければいけない。
愛銃を構え直し、照準よし。
先頭の敵兵の眉間を一撃。撃ち抜いた。あと二十九人。
――
この世界の現代史:魔法・ダンジョンの存在によって、特に第二次世界大戦後の勢力図が我々とは異なる。北欧はスウェーデン(北欧神話)が、中欧はヴァチカン(キリスト教)が、東欧から東は新ソビエト連邦(スラブ神話)が強い影響力を持つ。日本も敗戦により帝国体制は崩壊したが、日本神道により一定の勢力を確保。純科学・軍事力に基づくアメリカのプレゼンスは相対的に低い。