表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/80

第三十一話

 母親のカタリーナと、娘のセシリアが激論を交わす。


 俺も時々意見を述べようとしたが、


「あんのォ」


 と手を挙げたところで二人分の目線で殺された。死にました。


 以降、正座してウクセンシェーナ母娘の口論を拝聴している次第。


(うーん、これ俺要る?)


 要らない。


 議論のパターンはおおむね一定だ。


 セシリアの方が熱心に俺の魅力をアピールし、カタリーナがこき下ろす。特に容姿とか、出自とか、容姿とか。反対! ルッキズム反対!


 一対九十九くらいでセシリアが押されているな。ごめんね、アピールポイントが少なくて。


「で・す・か・ら! この景一郎が居なければ、Sランク瞬間移動魔法は入手できなかったのです! 夫として十分な功績です!」

「フゥ……。バカバカしい。Sランクなどある訳ないではないか」

「本当です!」

「我がウクセンシェーナ家が保有する術式を、極東の辺境ダンジョン産が上回る? ありえない」

「まさか報告書を読んでいないのですか? 母様」


 カタリーナが肩をすくめて、セシリアの提出した報告書をはね除けた。


 どうやら、俺がSランクダンジョンを攻略したことは誤報、ということになっているようだ。


 それどころか、そもそもSランクなんてものは存在しないことに。


 カタリーナは保守的で古風な人のようだからな。自分たちが保有する魔術が劣るのは、なかなか認めにくいだろう。


「危険ですよ! Aランクは一部解析されているのですから。敵国にセキュリティの隙を突かれる恐れが――」

「ああもう、聞き分けのない娘ね」

「母様こそ! ちょ、ちょっと、まだ話は終わって――!」

「少し頭を冷やしなさい」

「――!」


 すいっ


 とカタリーナが杖を振るうと、一瞬にしてセシリアの姿が消えた。声の余韻だけが響く。


 簡単にやっているけれど、かなり高度な魔法だ。瞬間移動魔法の応用。強制転送。


 自分と他人では、魔法をかける難易度は桁違いだ。


 それを無理矢理成立させるとは。さっすがセシリアの御母様。


「ふもとまで飛ばした。やれやれ、ようやく静かになった。……さて、そこの下郎(げろう)

「へいっ!」


 そんな最強の魔女に、玉座から見下ろされる。


 即座に土下座。額を床に打ち付け、繰り返した俺を、誰が責められよう。


 だってさ、考えてみーや。セシリアはちゃんと、丁度ふもとの町へ飛ばされたんだろうけど。俺はマグマの中に飛ばされるかも。


 くわばら、くわばら。降伏だ。


 そんな降伏状態の俺に、意外にもカタリーナは対話の姿勢を見せた。


(おもて)をあげよ」

「ははっ」

「……不細工な顔。あの子、こんなののどこが()いのだか」

「不細工で申し訳ありませぇん!」

「フン。……ただ、ふむ。まぁ確かに修羅場はくぐって来ているか」

「おっ?」


 嬉しい。褒められた。


 他の執務をしながらの、ついでのような褒め方だったが。カタリーナはチラ、とこちらを見やってから、そう評価を下した。


 なんだ。


 さっきまでは我儘でじゃじゃ馬な一人娘を教育する母親の顔。こっちは別の顔。名家を率いる当主の顔か。


「私の目は節穴ではない。うむ、そこそこの手練れだ。妙に振れ幅が大きい魔力だが……? Bランクといったところか」

「ありがとうございます! じゃ、じゃ、じゃあ。娘さんとの婚姻の許可を」

「だが貴様はダメだ」

「何でェ?」


 褒められたのに。


 カタリーナは一も二もなく、俺の申し出を却下した。


「ウクセンシェーナは北欧の要石。出自は北欧神話に連なるものでなければならない」

「レイシスト……ってコト?!」

「それに。フン。どうやったかは知らぬが、あれは貴様に惚れすぎている」

「いやぁ~。そうなんっスよ」


 照れ照れ。


 心身ともに相性抜群でして。どうざんしょ、特別に結婚了承してもらえませんか。


「それが問題だ」

「ナンデ? 両想いなのに」

「両想いではよくない。ウクセンシェーナ家は常に、伴侶を支配しなければならない。入り婿は尻に敷き、顎で使うのが慣例である」


 価値観ヤバ。


 こんな家で育ったのだ。そりゃあセシリアも、あんな恐ろしい性格になるわ。


 この人(カタリーナ)は未亡人だからな。亡き旦那さんには同情するぜ。


「以上が結婚を認めぬ理由だ。他にも容姿や出自、才能などいくつか不足点があるが」

「基準満たしてOKな点は無いんスか?」

「え? うーん……?」


 そんなに難しい質問だった?


 先ほどまでは厳正な当主の雰囲気だったのに。


 俺の基準クリアな点を聞いた時は、きょとんと素朴に首をかしげている。これ、演技なし忖度なしのマジで、一個もOKな項目ないヤツじゃん!


 悲しい。


「ただ、まあ。うむ、下郎。名はなんと言ったか」

「へいっ。扶桑景一郎です!」

「うん。見込みはある」

「へいっ?」

「そうさな。まずはウクセンシェーナ家の庭師から始めよ。そこで功績があれば門番。電話番。執事。さらにあれば取次に引き上げてやろう。十世代後くらいには、ウクセンシェーナの人間と日常会話ができるのではないか?」

「十世代……三百年、くらい? 長くね?」

「ん。励みたまえ。では、下がってよろしい」


 話は以上。


 カタリーナにとっては最大限の譲歩と、賛美、褒美を贈ったらしい。


 『我ながら、なんて私は優しいんだろう』と、得意げな表情を浮かべている。


 これが褒美になるのが、世界規模の財閥本家の怖い所だ。庶民は口利いてやるだけで喜ぶと思ってやがる。ずるいことに。このおばさん、どや顔が可愛い。


 なんとか。


 なんとか、セシリアとの結婚を納得させなければ。手籠めにして、田舎に駆け落ちすることになってしまう。


 ん?


 あれっ?


 それもいいな。両想いなんだし。そもそもあの子の財産とか興味ないし。


 セシリアやヴァルキュリャ隊の代わりに、馬車馬のように世界各地を飛び回る必要も無くなるのでは?


(トゥルーエンドきたわ。駆け落ちエンディングでいこう)


 と、確信していたのだが。そうは問屋が卸さないのはいつものことだ。


 なんでだろう。いつからか波乱しかない人生になってしまった。


 うーむ、何が起きたのか一言で説明するのは難しい。


 ただ……そう、大きな崩落音と共に。まずはウクセンシェーナ城の天守全体が、四十五度ほど傾いた。


――

ウクセンシェーナ城の浮遊魔法:四方に伸びた鎖を介し、同家保有のダンジョン入り口を塞ぐように浮遊している。同家のAランク転送魔法を応用することで、万全なセキュリティを担保。理論上は浮遊状態が崩れることはありえない、と言われている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。 評価・ブックマーク・感想お待ちしています!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ