第三十一話
母親のカタリーナと、娘のセシリアが激論を交わす。
俺も時々意見を述べようとしたが、
「あんのォ」
と手を挙げたところで二人分の目線で殺された。死にました。
以降、正座してウクセンシェーナ母娘の口論を拝聴している次第。
(うーん、これ俺要る?)
要らない。
議論のパターンはおおむね一定だ。
セシリアの方が熱心に俺の魅力をアピールし、カタリーナがこき下ろす。特に容姿とか、出自とか、容姿とか。反対! ルッキズム反対!
一対九十九くらいでセシリアが押されているな。ごめんね、アピールポイントが少なくて。
「で・す・か・ら! この景一郎が居なければ、Sランク瞬間移動魔法は入手できなかったのです! 夫として十分な功績です!」
「フゥ……。バカバカしい。Sランクなどある訳ないではないか」
「本当です!」
「我がウクセンシェーナ家が保有する術式を、極東の辺境ダンジョン産が上回る? ありえない」
「まさか報告書を読んでいないのですか? 母様」
カタリーナが肩をすくめて、セシリアの提出した報告書をはね除けた。
どうやら、俺がSランクダンジョンを攻略したことは誤報、ということになっているようだ。
それどころか、そもそもSランクなんてものは存在しないことに。
カタリーナは保守的で古風な人のようだからな。自分たちが保有する魔術が劣るのは、なかなか認めにくいだろう。
「危険ですよ! Aランクは一部解析されているのですから。敵国にセキュリティの隙を突かれる恐れが――」
「ああもう、聞き分けのない娘ね」
「母様こそ! ちょ、ちょっと、まだ話は終わって――!」
「少し頭を冷やしなさい」
「――!」
すいっ
とカタリーナが杖を振るうと、一瞬にしてセシリアの姿が消えた。声の余韻だけが響く。
簡単にやっているけれど、かなり高度な魔法だ。瞬間移動魔法の応用。強制転送。
自分と他人では、魔法をかける難易度は桁違いだ。
それを無理矢理成立させるとは。さっすがセシリアの御母様。
「ふもとまで飛ばした。やれやれ、ようやく静かになった。……さて、そこの下郎」
「へいっ!」
そんな最強の魔女に、玉座から見下ろされる。
即座に土下座。額を床に打ち付け、繰り返した俺を、誰が責められよう。
だってさ、考えてみーや。セシリアはちゃんと、丁度ふもとの町へ飛ばされたんだろうけど。俺はマグマの中に飛ばされるかも。
くわばら、くわばら。降伏だ。
そんな降伏状態の俺に、意外にもカタリーナは対話の姿勢を見せた。
「面をあげよ」
「ははっ」
「……不細工な顔。あの子、こんなののどこが好いのだか」
「不細工で申し訳ありませぇん!」
「フン。……ただ、ふむ。まぁ確かに修羅場はくぐって来ているか」
「おっ?」
嬉しい。褒められた。
他の執務をしながらの、ついでのような褒め方だったが。カタリーナはチラ、とこちらを見やってから、そう評価を下した。
なんだ。
さっきまでは我儘でじゃじゃ馬な一人娘を教育する母親の顔。こっちは別の顔。名家を率いる当主の顔か。
「私の目は節穴ではない。うむ、そこそこの手練れだ。妙に振れ幅が大きい魔力だが……? Bランクといったところか」
「ありがとうございます! じゃ、じゃ、じゃあ。娘さんとの婚姻の許可を」
「だが貴様はダメだ」
「何でェ?」
褒められたのに。
カタリーナは一も二もなく、俺の申し出を却下した。
「ウクセンシェーナは北欧の要石。出自は北欧神話に連なるものでなければならない」
「レイシスト……ってコト?!」
「それに。フン。どうやったかは知らぬが、あれは貴様に惚れすぎている」
「いやぁ~。そうなんっスよ」
照れ照れ。
心身ともに相性抜群でして。どうざんしょ、特別に結婚了承してもらえませんか。
「それが問題だ」
「ナンデ? 両想いなのに」
「両想いではよくない。ウクセンシェーナ家は常に、伴侶を支配しなければならない。入り婿は尻に敷き、顎で使うのが慣例である」
価値観ヤバ。
こんな家で育ったのだ。そりゃあセシリアも、あんな恐ろしい性格になるわ。
この人は未亡人だからな。亡き旦那さんには同情するぜ。
「以上が結婚を認めぬ理由だ。他にも容姿や出自、才能などいくつか不足点があるが」
「基準満たしてOKな点は無いんスか?」
「え? うーん……?」
そんなに難しい質問だった?
先ほどまでは厳正な当主の雰囲気だったのに。
俺の基準クリアな点を聞いた時は、きょとんと素朴に首をかしげている。これ、演技なし忖度なしのマジで、一個もOKな項目ないヤツじゃん!
悲しい。
「ただ、まあ。うむ、下郎。名はなんと言ったか」
「へいっ。扶桑景一郎です!」
「うん。見込みはある」
「へいっ?」
「そうさな。まずはウクセンシェーナ家の庭師から始めよ。そこで功績があれば門番。電話番。執事。さらにあれば取次に引き上げてやろう。十世代後くらいには、ウクセンシェーナの人間と日常会話ができるのではないか?」
「十世代……三百年、くらい? 長くね?」
「ん。励みたまえ。では、下がってよろしい」
話は以上。
カタリーナにとっては最大限の譲歩と、賛美、褒美を贈ったらしい。
『我ながら、なんて私は優しいんだろう』と、得意げな表情を浮かべている。
これが褒美になるのが、世界規模の財閥本家の怖い所だ。庶民は口利いてやるだけで喜ぶと思ってやがる。ずるいことに。このおばさん、どや顔が可愛い。
なんとか。
なんとか、セシリアとの結婚を納得させなければ。手籠めにして、田舎に駆け落ちすることになってしまう。
ん?
あれっ?
それもいいな。両想いなんだし。そもそもあの子の財産とか興味ないし。
セシリアやヴァルキュリャ隊の代わりに、馬車馬のように世界各地を飛び回る必要も無くなるのでは?
(トゥルーエンドきたわ。駆け落ちエンディングでいこう)
と、確信していたのだが。そうは問屋が卸さないのはいつものことだ。
なんでだろう。いつからか波乱しかない人生になってしまった。
うーむ、何が起きたのか一言で説明するのは難しい。
ただ……そう、大きな崩落音と共に。まずはウクセンシェーナ城の天守全体が、四十五度ほど傾いた。
――
ウクセンシェーナ城の浮遊魔法:四方に伸びた鎖を介し、同家保有のダンジョン入り口を塞ぐように浮遊している。同家のAランク転送魔法を応用することで、万全なセキュリティを担保。理論上は浮遊状態が崩れることはありえない、と言われている。