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第三話

 先程までとはまったく雰囲気が違う。


 不敵な笑みをたたえて、セシリアはダンジョンの奥に歩みを進める。


 俺は殴られた衝撃から回復しつつあった。


「セシリア、さん……なんで、こんなこと」

「あら、気絶させるつもりで殴ったのに。もう立てるの」

「が、頑丈だけが取り柄なもんで。なぜこんな裏切りを」

「ふっ。ジャップに詳しく話すつもりはないの。ここがEランクダンジョン? ふふ、やはり極東の猿は魔術的にも遅れているのね。そんなに要らないなら貰ってあげましょう」

「う、ぐ」


 どうして。


 セシリアの口ぶりは、俺のことなど歯牙にもかけていない様子だった。


 俺だけならまあ、わかる。大したことないモブ男だ。


 が、技術交流に来たこの国まで見下しているような……。


「日本の文化が好きだって、言ってた。だからそんなに日本語が上手なんじゃ……取得が難しい言語なのに……」

「はァ? ふ、あはは!」


 嘲るような笑い方だった。セシリアの知らない側面。


 いや、よく考えろ。そもそも出会ったばかりではないか。俺はセシリアのことを何も知らない。


 天使みたいな外面以外、何も知らない。


「難しい? 馬鹿言わないで。それは凡人にとってでしょう。私、天才だから関係ない。潜入に必要だから半日で覚えマシータ」

「えぇ……」


 からかうように。セシリアはわざと語尾だけ、つたないイントネーションにしてみせた。


「確かに『難しい』。でもそれはゲルマン語やイタリック語から言語体系が遠いだけ。取得が難しいのは『面倒』って意味。『高度』だからではないの」

「え、え」

「ジャップってこの勘違いが多いのよねぇ」


 煩わしそうにセシリアは長髪をかきあげた。


 その後を追って、つまりダンジョンの入口から。


 じゃり、じゃり


 と何人かが侵入してくる。


 知らない人間。部外者だ。それも……


『遅い』

『悪い、セシリア様。追っていた車が、まかれた。詳細位置の特定に時間がかかった』

『ああ、追跡車か。ちっ、この猿が要らないことをね』

『ん? ああ、現地人か。拘束するか?』

『放っておきなさい。どうせ雑魚、何もできない』


 全員セシリアと似た特徴の顔立ちだった。


 色素は薄く、髪は金か白銀。瞳は灰や碧眼や薄い赤。日本人平均と比べてずいぶん背が高い。


 そして、ひとり残らずモデルや俳優のように美しい女性だった。


 五人、七人、いやまだ侵入してくる。ぞろぞろと二十人くらいいるぞ。


 俺のことは歯牙にもかけずに無視する者。鼻を鳴らしながら睨む者。あからさまに嘲笑う者。好意的なのは一人もいない。


(セシリアと同郷だ)


 セシリアとの親しげな様子に、俺はそう直感した。


 念の為持ってきていた翻訳機能付き電子辞書で、彼女たちの会話を聞く。


 自動の翻訳機能がスウェーデン語を選択した。


『ヴァルキュリャ隊、全員揃っている』

『よろしい。戦闘・採掘装備は』

『第二種まで装着。魔道具も大半が使用できる』

『あら? 税関をよく通せたのね。申請取るの面倒だったでしょう』

『ふっ……「日本の文化トノ交流のタメ、一生懸命がんばりマス!」……く、ちょろいもんだ』

『ははは、考えることは同じね。極東猿は西側の文化に媚びへつらう。せいぜい搾取してあげましょう』

『ああ』


 辞書に表示される翻訳結果が、彼女たちはこの国にとって敵であるとハッキリ示している。なんて口が悪い。


 他にも俺に向かって何フレーズか投げかけられたが、辞書には登録されていない罵倒だったのか翻訳不可だった。


 くすくすと馬鹿にされていることだけ分かった。


『本当にここで間違いないか?』

『ええ。技術部の進言は確度が高い。このダンジョンには未登録の『瞬間移動』に類する素材がある。転送系は我がウクセンシェーナ・グループが独占する。世界の流通を支配する』

『了解。……ん、妙だな』

『どうした』


 セシリアが側近と話している。上背も肩幅も、かなり体格のいい女性だ。


 二人で覗き込んでいるのは、おそらくダンジョン探査を補助する端末だ。どのくらいの難易度か、測定することが出来る。


『ダンジョンのランクが確定できない。針がふれる。……Aを超えて、S?』

『まさか』

『故障か。チ、別の端末でもダメだ』

『Sなんて存在しない、理論上のランクよ。おそらく、Bランクってところでしょう。さっさと制圧する』

『ああ』

『ねぇ副隊長。終わったら寿司食べましょう、寿司。あれだけは献上を認めてやっても良い』

『納豆は?』

『滅ぼす』

『現地人は寿司に混ぜるらしいぞ』

『極刑ね。死ぬほど罪深い』


 ヴァルキュリャ隊、と自称した面々が軽口をたたきながらダンジョンの奥に入っていく。


 索敵がとても手慣れた様子だ。銃や魔法杖を素早く四方に向け、制圧していく。


(ネットの噂で聞いたことがあるぞ……!)


 ヴァルキュリャ隊。


 ウクセンシェーナ・グループが抱える特殊戦術部隊。


 同グループの躍進に、彼女たちの影があり。スウェーデン国内に留まらず、世界各地の有力ダンジョンを強引に制圧・接収する実力者。


「……都市伝説じゃなかったのかよ……」


 俺はどうするか迷った。


 このまま逃げ出すか、それとも追いかけるか。


 逃げ出せばいい。


 あんないけ好かない女達なんて放っておけばいいじゃないか。どうせ俺にできることはない。彼女たちの狼藉を止める実力はない。


 ダンジョンのモンスターにセシリアたちが負けるかも? 遭難するかも?


 知らん。ザマア見ろだ。


(ううむ、でもなんかあったらマジで責任問題になるし……、いやもう割とアカンか?)


 産業スパイをみすみすダンジョンに通しちゃいましたとか、割とクビ? 億単位の賠償? 国際問題? ブタ箱? 切腹?


 平凡未満な有期契約サラリーマンにそんな重荷を押し付けるなよ……。


「ああ、もう!」


 頭を抱えながら奥に進む。混乱で判断がつかん。小走りで追いついたセシリアたちの眼前に、


 突然。


 巨大なモンスターが姿を現した。


 苔色が薄汚れたような肌。人間の五倍以上大きい。手に持つ巨大な金棒を振り回せば人間は簡単に肉片になる。


 大鬼。


 と呼ばれる種類のモンスターだ。ざっと現代戦車の百倍強い。


「ゴオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「げ、大鬼!? あいつめっちゃ強いですよ。下がって! セシリアさ――」


『死と戦争の権能。刺し殺しなさい』


 セシリアが指をふるい、魔術を発動した。


 次の瞬間。突如現れた大量の黒槍に、大鬼は四方八方から突き刺されて絶命した。


 ちぎれ落ちた鬼の首を、セシリアが蹴り飛ばして道を開ける。


 ……………………つっよ。


 うーむむむ……。上司への報告書になんて書こう。


 書き出しはこうだな。


 十月一日。ちょっとしたアクシデント発生しましたが下名は悪くありません。


――

大鬼:Bランクダンジョンボス。すぐやられたけど、本当は一匹で戦車連隊くらい強いぞ。Aランクダンジョンボスは竜とかがいて、一個艦隊くらい強い。

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